はじめに
デジタルトランスフォーメーション(DX)の波が全産業に及ぶ中、データは新たなビジネス価値を創出する源泉として、その重要性を増しています。
しかし、金融、医療、公共といった特に厳格なセキュリティやコンプライアンス要件が課される業界においては、「データ活用の推進」と「セキュリティの担保」という二つの命題が、時としてトレードオフの関係になりがちです。
「規制や監査基準をクリアしつつ、クラウド上で機密データを安全に活用するにはどうすればよいのか?」 「データ活用のメリットは理解しているが、セキュリティインシデントのリスクを考えると一歩踏み出せない」
このような課題意識を持つ、DX推進担当者や情報システム部門の決裁者の方も少なくないでしょう。
本記事では、こうした高度な課題に対し、Google Cloud を活用して「安全性」と「利便性」を両立させたデータ活用基盤をいかにして構築するか、その具体的な方法、リスク対策、そして実現へのステップを網羅的に解説します。多くの企業様をご支援してきた経験に基づき、実践的なポイントを詳説しますので、ぜひ貴社のDX推進にお役立てください。
なぜ、厳格なセキュリティ要件下でのクラウドデータ活用が重要なのか
かつて、機密性の高いデータを扱うシステムは、オンプレミス環境で運用するのが定石とされてきました。しかし、ビジネス環境の急速な変化に伴い、従来のインフラが持つ課題も浮き彫りになっています。
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俊敏性の欠如: 新規サービスの市場投入やデータ分析需要の急増に対し、オンプレミスではインフラ調達や拡張に時間がかかり、ビジネスチャンスを逃す可能性があります。
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コストの硬直化: 需要の増減に合わせて柔軟にリソースを最適化することが難しく、過剰投資や維持管理コストの増大を招きがちです。
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イノベーションの阻害: 最新のAI・機械学習サービスや高度な分析ツールを迅速に利用することが困難で、データからの価値創出が限定的になります。
Google Cloud のようなパブリッククラウドは、これらの課題を解決し、ビジネスの成長を加速させる強力なエンジンとなり得ます。特に、AI/MLサービスの「Vertex AI」やデータウェアハウスの「BigQuery」といった先進的なサービスを活用することで、これまで不可能だったインサイトの発見や、新たな顧客体験の創出が期待できます。
問題は、この強力なエンジンをいかに「安全」に使いこなすかです。セキュリティを確保しながらクラウドの恩恵を最大限に引き出すことこそ、現代の企業に求められる重要な経営戦略と言えるでしょう。
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Google Cloudが選ばれる理由:セキュリティ設計の根本的な優位性
「クラウドは安全か?」という問いに対し、Google Cloud は「設計思想」そのもので応えます。
データ活用基盤としてGoogle Cloudが選ばれる背景には、他のクラウドプロバイダーとも一線を画す、セキュリティへの徹底したこだわりがあります。
①ゼロトラスト・セキュリティの具現化
Google Cloud は、Google自身が長年社内で実践してきた「BeyondCorp」というゼロトラストモデルをベースに設計されています。
「社内だから安全」という従来の境界型防御の考え方を捨て、「あらゆるアクセスを信頼しない」ことを前提に、デバイスやユーザーの状態に基づいた動的なアクセス制御を行います。この思想が、プラットフォーム全体のサービスに組み込まれています。
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②グローバルな専用インフラと物理セキュリティ
Google Cloud のサービスは、Googleが独自に構築・運用する世界最大級のグローバルネットワーク上で提供されます。データはパブリックインターネットを経由する区間を最小限に抑えられ、盗聴や改ざんのリスクを低減します。
また、データセンターの物理セキュリティや、サーバーに搭載されるカスタムセキュリティチップ「Titan」など、ハードウェアレベルからの徹底したセキュリティ対策が施されています。
③セキュリティ運用の自動化とAIの活用
Googleほどの規模のインフラを保護するには、人手による運用だけでは不可能です。Google Cloud では、脅威の検知、分析、対応の多くが自動化・スケール化されています。また、最新の脅威インテリジェンスやAI技術を活用し、未知の脅威にも迅速に対応できる体制が整っています。
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金融・医療業界が直面する主要なセキュリティリスクとコンプライアンス
Google Cloud が堅牢な基盤を提供しているとはいえ、その上でデータをどう扱うかは利用者の責任です。特に金融・医療業界では、以下のリスクへの対策が不可欠です。
リスク①:不正アクセスと内部脅威
ID/パスワードの漏洩や設定ミスによる意図しない公開、さらには内部関係者による不正な操作など、データへのアクセス経路からの情報漏洩は最大のリスクです。
対策の方向性: 「ゼロトラスト」の原則に基づき、すべてのアクセスを信頼せずに検証します。強力な認証基盤の導入、アクセス権限の最小化、そして誰が・いつ・何にアクセスしたかを常に監視することが不可欠です。
リスク②:ランサムウェアなどのサイバー攻撃
悪意のある第三者によるシステムへの侵入、データの暗号化、そして身代金の要求といったサイバー攻撃は、事業停止に直結する深刻な脅威です。
対策の方向性: 多層的な防御が鍵となります。ネットワーク境界の保護、脆弱性管理、脅威検知システムの導入、そして万一の事態に備えたデータのバックアップと復旧計画(BCP)が求められます。
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リスク③:厳格なコンプライアンス・法規制違反
金融業界におけるFISC安全対策基準、医療業界における3省2ガイドライン(医療情報システムの安全管理に関するガイドライン)、個人情報保護法、GDPRなど、準拠すべき規制は多岐にわたります。データの保存場所(データレジデンシー)や処理方法が規制要件を満たしていない場合、事業継続に関わる重大な問題に発展しかねません。
対策の方向性: クラウドサービスが各種コンプライアンス認証(ISO 27001, SOC 2/3, FISC, 3省2ガイドライン対応状況など)を取得しているかを確認します。その上で、要件に応じてデータの保存場所を制御できる機能や、監査ログの取得・保管機能を活用します。
Google Cloudで実現するセキュアなデータ活用
これらのリスクに対し、Google Cloud はゼロトラストの考え方を具現化する多彩なセキュリティサービスを提供しています。
ここでは、データライフサイクル(収集・転送、保存、処理・分析、活用)の各段階で、どのように多層的な防御を構築するかを解説します。
基本方針:ゼロトラストと多層防御
単一の防御壁に頼るのではなく、「ネットワーク」「ID」「データ」「運用」といった複数の層でセキュリティ対策を講じることが基本です。
① ネットワークセキュリティ:VPC Service Controlsによる境界防御
データ活用基盤の最初の防衛線はネットワークです。VPC Service Controls は、BigQuery や Cloud Storage といったマネージドサービスの周りに仮想的な「サービス境界」を作成します。これにより、承認されたネットワークやIDからのアクセスのみを許可し、万が一認証情報が漏洩したとしても、境界の外部へのデータ持ち出し(データ漏洩)を強力に防ぎます。
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② ID・アクセス管理:IAMによる最小権限の徹底
ゼロトラストセキュリティの中核をなすのが、IDベースのアクセス制御です。Identity and Access Management (IAM) は、「誰が」「どのリソースに対して」「何をする権限を持つか」を詳細に定義します。役割(Role)ベースで必要最小限の権限のみを与える「最小権限の原則」を徹底することが基本です。さらに、デバイスの状態や時間帯といったコンテキストを考慮した動的なアクセス制御も可能です。
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③ データ保護(保存・転送):暗号化とCloud DLPによる機密データの保護
データそのものを保護することも極めて重要です。
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保存データと転送データの暗号化: Google Cloud では、データはデフォルトで暗号化されます。さらに、顧客管理の暗号鍵(CMEK)や外部キー管理(EKM)を利用することで、金融機関などの厳しい要件に対応した鍵管理が可能です。
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Cloud Data Loss Prevention (DLP): クレジットカード番号やマイナンバー、個人の病歴といった機密データを自動的に検出・分類し、マスキングやトークン化(意味を保ったまま別の文字列に置き換える)を行うことができます。これにより、機密情報そのものを秘匿化した上で、安全にデータ分析に活用することが可能になります。
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④ コンプライアンスとガバナンス:Assured WorkloadsとSecurity Command Center
規制要件への対応と組織全体のセキュリティ態勢を維持するためには、継続的な監視と統制が不可欠です。
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Assured Workloads: FISCやFedRAMPといった特定のコンプライアンス要件(データレジデンシーの保証、担当者の属人性制限など)を満たすための制御を自動的に適用するサービスです。
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Security Command Center: Google Cloud 環境全体のセキュリティリスク(脆弱性、設定ミス、脅威など)を一元的に可視化し、管理するためのダッシュボードです。潜在的な問題を早期に発見し、対処することが可能になります。
これらのサービスを適切に組み合わせることで、堅牢なセキュリティとガバナンスを効かせたデータ分析基盤を構築できます。
セキュアなデータ活用基盤を実現する実践ステップ
堅牢なアーキテクチャを理解しても、「何から手をつければよいか」が次の課題となります。ここでは、安全な基盤を構築するための実践的なステップを紹介します。
ステップ1:要件定義とセキュリティ・アセスメント
まずは目的の明確化です。「どのデータを」「何のために」活用するのかを定義します。同時に、自社のセキュリティポリシーや、FISC、3省2ガイドラインなどの業界規制に基づき、クラウド上で満たすべきセキュリティ要件を洗い出します。
ステップ2:アーキテクチャ設計とサービス選定
ステップ1の要件に基づき、具体的なアーキテクチャを設計します。前述したVPC Service ControlsやIAM、DLPといったサービスを、自社のデータフローに合わせてどのように組み合わせるかを決定します。この設計フェーズが、基盤全体のセキュリティ強度を左右する最も重要な工程です。
ステップ3:実装、テスト、移行
設計に基づき、環境を構築(実装)します。実装後は、意図した通りにセキュリティ制御が機能しているか(例:許可されていないネットワークからは本当にアクセスできないか、機密データは正しくマスキングされるか)をテストします。安全性が確認できた後、オンプレミスなどからのデータを移行します。
ステップ4:継続的な運用・監視と改善
セキュリティ基盤は「作って終わり」ではありません。Security Command Centerなどを活用して常に脅威や脆弱性を監視し、新たな脅威やビジネス要件の変化に合わせて設定を見直し、継続的に改善していく運用体制が不可欠です。
パートナー選定のポイント
特に金融・医療業界の厳格な要件を満たすセキュリティ基盤を、自社リソースだけで設計・構築・運用することは容易ではありません。専門知識を持つパートナーとの協業が成功の鍵となりますが、パートナー選定には以下の視点が重要です。
①高度な専門知識と実績の有無
Google Cloud のセキュリティサービスは多機能である一方、設定が複雑な側面もあります。各サービスを深く理解し、それらを組み合わせて堅牢なアーキテクチャを設計した実績、特に自社と近い業界での実績があるかは重要な判断基準です。
②業界特有のコンプライアンスへの理解
FISCや3省2ガイドラインといった業界規制が、Google Cloud のどの機能で、どのように技術的に担保できるかを深く理解している必要があります。
③設計から運用までの一貫したサポート体制
初期構築(SI)だけでなく、構築後の継続的な監視やセキュリティ設定の最適化といった運用(MSP)まで、ライフサイクル全体を一貫してサポートできる体制があるかも確認すべきポイントです。
XIMIXによるセキュリティ要件への伴走支援
ここまで、Google Cloud を活用したセキュアなデータ活用基盤の構築ポイントを解説してきました。しかし、これらの高度なセキュリティ機能を自社の要件に合わせて最適に設計・構築し、継続的に運用していくには、深い専門知識と豊富な経験が不可欠です。
「自社のセキュリティポリシーを、クラウドのどの機能で実現すればよいか判断できない」 「特定の要件を満たすアーキテクチャ設計を支援してほしい」 「インシデント発生時に迅速に対応できる運用体制を構築したい」
XIMIX は、Google Cloud のプレミアパートナーとして、数多くのお客様のDX推進をご支援してきました。特に、セキュリティやコンプライアンスが重視されるエンタープライズ領域におけるデータ活用基盤の構築では、豊富な実績とノウハウを有しています。
XIMIX の強み:豊富な実績と専門家チーム
私たちが、お客様のビジネス要件を深く理解した上で、以下のような一貫したサービスを提供します。
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セキュアアーキテクチャ設計: Assured WorkloadsやVPC Service Controlsなどを最適に組み合わせた、堅牢な基盤を設計します。
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構築・実装支援: 設計に基づき、設定ミスなく確実にセキュリティ機能を実装します。
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運用・監視サポート: 構築後のセキュリティ監視や、インシデント対応、設定の最適化まで伴走支援します。
机上の空論ではない、ビジネス価値に直結するセキュアなデータ活用環境の実現を、XIMIXが強力にサポートします。データ活用の推進とセキュリティの両立にお悩みでしたら、ぜひ一度、私たちにご相談ください。
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まとめ
本記事では、金融や医療といった厳しいセキュリティ要件を持つ業界において、Google Cloud を活用し、安全にデータ活用を進めるためのポイントを解説しました。
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背景: ビジネスの俊敏性とイノベーションのため、セキュリティを担保したクラウド活用が不可欠。
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Google Cloudの優位性: ゼロトラスト思想と堅牢なインフラが、セキュアな基盤の土台となる。
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リスクと対策: 不正アクセスやコンプライアンス違反等のリスクに対し、ゼロトラストの考え方に基づき対策を講じる。
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具体的なアーキテクチャ: VPC Service Controls、IAM、Cloud DLP、Assured Workloadsといったサービスを組み合わせ、多層的な防御を実現する。
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実現ステップ: 要件定義、設計、実装、運用という実践的なステップを踏むことが重要。
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成功の鍵: 自社単独での実現が難しい高度なセキュリティ実装は、業界知見と技術力を持つ経験豊富なパートナーとの協業が成功の鍵となる。
セキュリティは、データ活用を阻む「ブレーキ」ではなく、安心してアクセルを踏むための「高性能なブレーキシステム」と捉えるべきです。
適切なセキュリティ基盤を構築することで、企業は自信を持ってデータを活用し、DXを加速させることができます。本記事が、その実現に向けた一助となれば幸いです。
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