はじめに
Google Cloudを安全かつ効率的に活用する上で、避けては通れないのが「権限管理」です。「誰が、どのクラウドリソースに、どこまでの操作を許可されるのか」を適切に管理することは、情報漏洩や意図しない設定変更といった重大なセキュリティリスクを防ぐための根幹となります。
そのGoogle Cloudにおける権限管理の中核を担うサービスが、「IAM (Identity and Access Management)」です。Google Cloudの利用を開始すると必ず目にする言葉ですが、「具体的に何をするもの?」「どういう仕組みで動いているの?」と疑問に思う方も少なくないでしょう。
本記事では、Google CloudのIAMについて、「そもそもIAMとは何か」という基本概念から、その重要性、IAMを構成する要素、そしてセキュリティの要となる「最小権限の原則」まで、企業のDX推進を担う決裁者層や実務担当者の方にも分かりやすく解説します。さらに、具体的な設定ステップや企業のユースケースにも触れ、セキュアなクラウド活用に向けた実践的な知識を提供します。
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Google Cloud IAMとは?セキュアなクラウド利用の鍵
IAMは「Identity and Access Management」の略称です。その名の通り、Google Cloud上で「誰(Identity)」が「どのリソース(Resource)」に対して「どのような操作(Access/権限)」を許可されるかを一元的に管理・制御するためのサービスおよび仕組み全体を指します。
これは、企業のオフィスセキュリティに例えると分かりやすいかもしれません。社員証(Identity)を持つ人(誰が)が、特定の部屋(リソース)への入室(アクセス)を許可される、という仕組みです。IAMは、この仕組みをクラウド上で実現し、デジタル資産を保護する役割を担います。
なぜ、IAMによる厳格な権限管理が重要なのか?
クラウド利用が加速する現代において、IAMによる適切な権限管理は、単なる推奨事項ではなく、ビジネスを守るための必須要件です。その理由は以下の通りです。
①セキュリティインシデントの防止
最も重要な目的は、セキュリティの向上です。不正アクセスや内部関係者による意図しない操作、情報漏洩のリスクを大幅に低減します。仮に一つのアカウントが侵害されたとしても、権限が最小限に絞られていれば、被害の拡大を食い止めることができます。
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②ヒューマンエラーによる障害の低減
必要以上の権限を持つユーザーが、誤って本番環境の重要なデータベースを削除・変更してしまう、といったヒューマンエラーは事業継続に深刻な影響を与えます。「とりあえず全員に管理者権限を付与する」といった安易な設定は、このようなリスクを増大させる非常に危険な行為です。
③内部統制とコンプライアンスの強化
企業のセキュリティポリシーや業界規制(コンプライアンス)に準拠した、厳格なアクセス制御を実現します。誰がいつ、何を実行したかの監査証跡(ログ)が記録されるため、ガバナンス(統制)を強化し、企業の信頼性を担保します。
④安全なコラボレーションの実現
複数の部署や外部の協力会社が関わるプロジェクトにおいて、各担当者が必要な情報にのみアクセスできる環境を構築し、安全で効率的な共同作業を促進します。
IAMを構成する4つの基本要素
Google Cloud IAMは、主に「プリンシパル」「リソース」「ロール」「IAMポリシー」の4つの要素で成り立っています。これらの関係性を理解することが、IAMを使いこなすための鍵となります。
①プリンシパル (Principal):誰が?
操作を行う主体(アクター)を指します。主なプリンシパルは以下の通りです。
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Googleアカウント: 個人のGmailアカウントや、Google Workspace / Cloud Identityで管理される企業ユーザーのアカウントです。
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サービスアカウント: 人ではなく、アプリケーションやCompute EngineのVMインスタンスなどが、他のGoogle Cloud APIを呼び出す際に使用する特別なアカウントです。自動化処理など、プログラムによる操作の際に不可欠です。
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Googleグループ: 複数のGoogleアカウントやサービスアカウントをまとめたグループです。ユーザーの入退社や異動の際も、グループのメンバーシップを更新するだけで済むため、効率的で間違いの少ない権限管理に繋がります。 XIMIXの支援現場でも、役割ベースのGoogleグループ作成を強く推奨しています。
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Google Workspace / Cloud Identity ドメイン: 組織全体のユーザーに対して一括で権限を付与する場合などに使用します。
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②リソース (Resource):何に?
操作の対象となるGoogle Cloudの構成要素を指します。リソースは階層構造になっており、上位リソースに設定した権限は、下位のリソースに継承されます。
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組織 (Organization): 企業全体の最上位階層。ここに設定したポリシーは、組織内のすべてのリソースに適用されます。
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フォルダ (Folder): 組織内で部署や環境(開発、本番など)ごとにプロジェクトをグループ化できます。
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プロジェクト (Project): VMインスタンスやストレージなど、具体的なリソースを作成・管理する基本単位です。
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各種サービスリソース: Compute EngineのVMインスタンス、Cloud Storageのバケット、BigQueryのデータセットなど、個々のサービスが提供するリソースも権限設定の対象となります。
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③ロール (Role):何をできる?
「どのような操作を許可するか」を定義する、権限(パーミッション)の集合体です。IAMには、用途に応じて様々なロールが用意されています。
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事前定義ロール (Predefined Roles): Googleが特定の役割(例: Compute Engineの管理者、ネットワークの閲覧者、ストレージのオブジェクト作成者)を想定して事前に用意したロール群です。非常に数が多く、「roles/compute.viewer」「roles/storage.objectAdmin」のように命名規則が決まっています。権限管理の基本は、まずこの事前定義ロールの中から最適なものを選択することです。
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基本ロール (Basic Roles): 従来からある「オーナー (Owner)」「編集者 (Editor)」「閲覧者 (Viewer)」の3つです。これらは権限が非常に広範で(特にオーナーと編集者はほぼ全ての操作が可能)、後述する「最小権限の原則」に反するため、現在ではテスト環境など特別な理由がない限り使用は推奨されません。
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カスタムロール (Custom Roles): 事前定義ロールでは権限が過不足する場合に、必要な権限(パーミッション)だけを厳選して独自に作成できるロールです。企業の厳格なセキュリティ要件に応えるために有効ですが、管理が複雑になる側面もあります。
IAMポリシー (Policy):権限設定の定義
IAMポリシーは、上記3つの要素を結びつけ、「どのリソースに対して、どのプリンシパルに、どのロールを付与するか」を定義する設定そのものです。このポリシーがリソースにアタッチ(紐付け)されることで、実際のアクセス制御が有効になります。
最も重要な考え方:最小権限の原則 (Principle of Least Privilege)
IAMを運用する上で、絶対に守るべき最も重要な考え方が「最小権限の原則」です。
これは、「ユーザーやサービスアカウントには、その役割やタスクを遂行するために必要最小限の権限のみを付与する」というセキュリティの基本原則です。例えば、アプリケーションのログを閲覧するだけの担当者に、サーバー(VMインスタンス)を停止・削除できる権限は不要です。
特に注意が必要なのが、前述した「編集者(Editor)」ロールの安易な利用です。このロールは多くのサービスに対する変更権限を含むため、付与されたアカウントが万が一漏洩した場合、攻撃者にシステムを広範囲にわたって破壊されたり、情報を窃取されたりするリスクが飛躍的に高まります。
特別な理由がない限り基本ロールの使用は避け、より粒度の細かい事前定義ロールやカスタムロールを活用し、最小権限を徹底することが、セキュアなクラウド環境の第一歩です。
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Google Cloud IAMの基本的な設定ステップ
ここでは、IAMポリシーを設定する際の基本的な流れを解説します。
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対象リソースの選択: まず、権限を付与したいリソース(プロジェクト、ストレージバケットなど)をGoogle Cloudコンソールで選択します。
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プリンシパルの追加: IAMの管理画面から「アクセス権を付与」または「プリンシパルを追加」を選択し、権限を付与したいユーザー(Googleアカウント)やGoogleグループ、サービスアカウントのメールアドレスを入力します。
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ロールの割り当て: プリンシパルに割り当てるロールを選択します。検索フィルタを使い、「Compute Viewer」や「Storage Object Creator」など、目的に合った事前定義ロールを探して割り当てます。
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(任意)条件の追加: 特定の条件下でのみ権限を有効にしたい場合(後述の「高度な機能」を参照)、IAM Conditionsを設定します。
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保存: 設定内容を確認し、保存するとIAMポリシーが適用されます。
【ユースケース別】IAM設計・運用プラクティス
ここでは、企業でよくあるシナリオに基づいた、より実践的なIAMの設計・運用プラクティスを紹介します。
ケース1:部署・役割に応じた権限管理
経理部、開発部、マーケティング部など、部署や役割ごとに必要な権限は異なります。
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解決策: 部署や役割ごとにGoogleグループを作成し、そのグループに対して適切な事前定義ロールを割り当てます。例えば、「開発者グループ」には特定のプロジェクトに対する「Compute Engine 管理者」ロールを、「監査担当者グループ」には組織全体に対する「セキュリティレビュー担当者」ロールを付与します。これにより、人事異動の際はグループのメンバーを変更するだけで済み、管理が大幅に簡素化されます。
ケース2:外部の協力会社への権限付与
プロジェクト単位で外部の協力会社に作業を委託する際、必要以上のアクセス権を与えたくない場合があります。
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解決策: 協力会社用に専用のGoogleアカウントまたはサービスアカウントを用意してもらい、そのプリンシパルに対して、作業対象のプロジェクトに限定した、かつ作業内容に即した最小限のロール(例: VMの閲覧のみならroles/compute.viewer)を付与します。プロジェクト完了後は、速やかに権限を剥奪することが重要です。
ケース3:アプリケーション用サービスアカウントの管理
VMインスタンス上で稼働するアプリケーションが、Cloud Storageにファイルを書き込む必要があるケースです。
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解決策: アプリケーション専用のサービスアカウントを作成し、そのサービスアカウントにのみ、対象のストレージバケットに対する「ストレージオブジェクト作成者(roles/storage.objectCreator)」ロールを付与します。ユーザーアカウントの認証情報をコードに埋め込むといった危険な行為を避け、安全にAPIアクセスを実現できます。
IAMをさらに強化する高度な機能:条件付きIAM
IAM Conditions(条件付きIAM)は、ロールの割り当てに特定の条件を追加できる強力な機能です。これにより、コンテキストアウェアなアクセス制御が可能になります。 例えば、以下のような条件を設定できます。
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特定のIPアドレスからのみアクセスを許可する
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特定の曜日や時間帯のみ操作を許可する
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リソースに特定のタグが付いている場合のみアクセスを許可する
これにより、「平日の業務時間中、かつ社内ネットワークからのみ本番環境へのアクセスを許可する」といった、よりきめ細やかでセキュアな権限管理が実現できます。
XIMIXによるプロフェッショナルな設計・運用支援
「最小権限の原則は理解できたが、数百あるロールから最適なものを選ぶのは難しい」「自社の複雑な組織構造に合った権限設計のベストプラクティスが知りたい」「定期的な権限の棚卸しまで手が回らない」——。
IAMの設計・運用は、企業のセキュリティガバナンスの根幹をなす重要な業務であり、深い知識と経験が求められます。
私たち「XIMIX」は、Google Cloudの正規パートナーとして、お客様の権限管理に関するあらゆる課題に対し、豊富な実績とノウハウに基づいたプロフェッショナルな支援を提供します。
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IAM設計コンサルティング: お客様の組織構造や業務内容、セキュリティポリシーをヒアリングし、最小権限の原則に則った最適なIAMアーキテクチャ(Googleグループ活用、カスタムロール設計、フォルダ構成など)をご提案します。
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権限設定・移行支援: 設計に基づいた具体的なIAMポリシーの設定作業や、既存環境からのセキュアな権限移行を、経験豊富なエンジニアがサポートします。
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運用・監査サポート: 定期的な権限レビュー(棚卸し)の仕組み作りや、監査対応のご支援も行います。
Google CloudのIAM設定やガバナンス強化に関するご相談は、ぜひXIMIXにお任せください。お客様のビジネスを支える、セキュアで効率的な権限管理体制の構築をご支援します。
XIMIXのGoogle Workspace 導入支援についてはこちらをご覧ください。
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よくある質問(Q&A)
Q1. 「オーナー」「編集者」ロールを使ってはいけないのですか?
A1. 絶対に使ってはいけないわけではありませんが、極めて慎重になるべきです。これらの基本ロールは権限が非常に広範なため、意図しない操作やセキュリティインシデントのリスクが非常に高くなります。個人での検証やごく小規模なプロジェクトの初期段階などを除き、企業での本番運用では、より具体的な事前定義ロールやカスタムロールを使用することを推奨します。
Q2. ユーザーが増えてきて権限管理が複雑になってきました。どうすれば良いですか?
A2. Googleグループの活用が最も効果的な解決策です。 「開発担当」「インフラ担当」「閲覧のみ」といった役割ベースでグループを作成し、ユーザー個人ではなくグループに対してロールを付与します。これにより、管理対象がユーザー数から役割(グループ)数に集約され、管理が格段に楽になります。
まとめ
今回は、Google Cloudの権限管理の要である「IAM」について、その基本概念から重要性、構成要素、そして最も重要な「最小権限の原則」まで、具体的な設定ステップやユースケースを交えて解説しました。
IAMを適切に設定・運用することは、Google Cloud環境を不正アクセスや誤操作から守り、ビジネスを安全に推進するための基盤です。「誰が」「何に」「何をできるか」を常に明確に定義し、必要最小限の権限のみを与えることを意識してください。
権限管理は一度設定して終わりではなく、組織の成長や変化に合わせて継続的に見直していく必要があります。本記事が、皆様のGoogle Cloud IAMへの理解を深め、セキュアで効果的な権限管理を実践する一助となれば幸いです。
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