はじめに
デジタルトランスフォーメーション(DX)が加速する一方で、サイバー攻撃は国家レベルの組織が関与するなど、年々巧妙化・高度化しています。ランサムウェアによる事業停止や、サプライチェーン全体を巻き込むインシデントは、もはや「対岸の火事」ではなく、企業の存続を揺るがす重大な経営リスクです。
このような状況下、ファイアウォールやウイルス対策ソフトといった従来の「境界型防御」や、問題が起きてから対処する「事後対応」だけでは、自社の資産を守り切ることは困難になりつつあります。
そこで今、世界中の企業経営者やCISO(最高情報セキュリティ責任者)が最優先で取り組み始めているのが「脅威インテリジェンス(Cyber Threat Intelligence, CTI)」の活用です。
本記事では、企業のDX推進を担う決裁者の皆様に向けて、脅威インテリジェンスの基礎概念から、その生成プロセス、そしてGoogle Cloud (Mandiant) を活用した最先端の対策までを網羅的に解説します。単なるセキュリティ用語の理解を超え、不確実なビジネス環境を勝ち抜くための「経営の羅針盤」として、いかに活用すべきかをご提案します。
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脅威インテリジェンス(CTI)とは何か?
脅威インテリジェンスとは、サイバー空間上に存在する膨大なデータから攻撃者の意図・能力・設備・攻撃手法などを収集し、分析・加工した「意思決定のための知識」のことです。
簡単に言えば、「自社にとって、誰が、いつ、なぜ、どのように攻撃してくる可能性があるか」を予測し、先手を打つための戦略的な情報資産です。
「脅威情報(データ)」と「インテリジェンス」の決定的な違い
多くの人が混同しやすいのが、「脅威情報(Threat Data)」と「脅威インテリジェンス(Threat Intelligence)」の違いです。この違いを理解することが、活用の第一歩です。
| 項目 | 脅威情報 (Threat Data) | 脅威インテリジェンス (Threat Intelligence) |
| 定義 | 攻撃に関連する断片的な事実やデータ | データを分析し、文脈(コンテキスト)を与えた知見 |
| 具体例 | 不審なIPアドレス、ドメイン、マルウェアのハッシュ値 | 「攻撃グループAが、製造業を標的に、脆弱性Bを悪用してランサムウェアCを展開している」という分析 |
| 性質 | 具体的だが、文脈がない | 文脈があり、アクション(対策)に直結する |
| 活用 | 自動ブロックリストへの登録など | 経営判断、セキュリティ戦略の策定、防御態勢の強化 |
例えるなら、「〇〇交差点で事故があった」という事実が「脅威情報」です。一方、「雨の日の夕方、〇〇交差点では視界不良により右折事故が多発しているため、迂回ルートを推奨する」という分析結果が「脅威インテリジェンス」です。
後者の方が、より具体的で効果的な回避行動(=リスク低減)に繋がることが分かります。
なぜ今、脅威インテリジェンスが経営課題となるのか?
現代のビジネスにおいて、脅威インテリジェンスが不可欠となっている背景には、以下の3つの要因があります。
1. 攻撃の産業化と分業化(エコシステムの拡大)
サイバー犯罪は今や巨大なビジネスエコシステムを形成しています。「RaaS(Ransomware as a Service)」のように攻撃ツールがサービスとして販売され、技術力のない攻撃者でも容易に高度な攻撃が可能になりました。
敵の解像度を上げ、その手口を知らなければ、防御は不可能です。
2. 「侵入されること」を前提とした対策へのシフト
どんなに強固な防御壁を築いても、100%の防御は不可能です。そのため、セキュリティ対策のトレンドは「侵入を防ぐ」ことから、「侵入をいち早く検知し、被害を最小限に抑える(検知と対応)」ことへシフトしています。
この「検知」の精度を高めるために、最新の脅威トレンドを知るインテリジェンスが必要不可欠です。
3. サプライチェーンリスクの増大
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の「情報セキュリティ10大脅威」でも常に上位にある通り、セキュリティ対策の甘い子会社や取引先を経由して本丸(大企業)を狙う攻撃が増加しています。
自社だけでなく、関連組織を取り巻く脅威状況を把握する視点が求められています。
脅威インテリジェンスの3つの種類と活用シーン
脅威インテリジェンスは、それを利用する対象者と目的によって、大きく3つの階層に分類されます。
①戦略的インテリジェンス(Strategic)
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主な利用者: 経営層、CISO、取締役会
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内容: 攻撃者の動機、地政学的リスク、業界ごとの攻撃トレンド、長期的な脅威予測。
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活用目的: 「今後3年で我々の業界にはどのようなリスクが高まるか?」といった問いに対し、セキュリティ予算の策定、投資判断、リスクマネジメント戦略を立案するために使用します。非技術的な言葉で語られることが特徴です。
②戦術的インテリジェンス(Tactical)
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主な利用者: セキュリティアーキテクト、IT管理者
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内容: 攻撃者の戦術・技術・手順(TTPs: Tactics, Techniques, and Procedures)。
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活用目的: 「攻撃者はどのような手口でシステムに侵入してくるのか?」を理解し、防御システムの設定見直しや、従業員へのセキュリティ教育、パッチ適用の優先順位付けなどに活用します。
③運用的インテリジェンス(Operational)
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主な利用者: SOC(Security Operation Center)、CSIRT、現場のアナリスト
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内容: 具体的な攻撃キャンペーン情報、IoC(侵害の痕跡:悪性IP、URL、ファイルハッシュなど)。
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活用目的: 「今発生しているアラートは本当に危険か?」を即座に判断し、ファイアウォールでの遮断や、侵入検知システム(IDS/IPS)での検知ルール作成など、日々の運用業務に直接適用します。
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インテリジェンス・サイクル:質の高い情報はこう作られる
脅威インテリジェンスは、単にデータを集めれば完成するわけではありません。一般的に以下の6つのステップ(インテリジェンス・サイクル)を回すことで生成・活用されます。ベンダー選定の際は、このサイクルが高いレベルで確立されているかを確認することが重要です。
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計画と方向付け (Planning & Direction): 自社が守るべき資産は何か、どのような情報を求めているか(要件定義)を明確にします。
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収集 (Collection): OSINT(公開情報)、ダークウェブ、ハニーポット、独自のセンサー網など、あらゆるソースから生データを収集します。
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処理 (Processing): 収集した膨大なデータを、分析可能な形式に整理・正規化します(ノイズの除去、翻訳、復号など)。
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分析 (Analysis): 専門のアナリストやAIがデータを分析し、文脈を与え、実用的なインテリジェンスへと昇華させます。
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配布 (Dissemination): 適切なタイミングで、適切な形式(レポート、APIフィードなど)にて利用者に届けます。
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フィードバック (Feedback): 提供された情報が役に立ったか、改善点はないかを評価し、次の計画へ反映させます。
脅威インテリジェンス導入がもたらす3つのビジネス価値
脅威インテリジェンスへの投資は、コストではなく、企業の競争力を高めるための戦略投資です。
価値1:プロアクティブ(予測・予防型)なセキュリティへの転換
最大の価値は、攻撃を受けてから慌てる「リアクティブ(受動的)」な姿勢から、攻撃の予兆を捉えて備える「プロアクティブ(能動的)」な姿勢への変革です。
例えば、同業他社で流行している攻撃手法を事前に把握できれば、自社が攻撃を受ける前に該当する脆弱性を塞いだり、監視を強化したりすることが可能です。これにより、インシデント発生率そのものを低下させることができます。
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価値2:セキュリティ投資対効果(ROI)の最大化
「セキュリティ対策に終わりはない」と言われますが、予算には限りがあります。
脅威インテリジェンスを活用すれば、「自社にとってリスクが低い脅威」と「喫緊の対応が必要な脅威」を明確に区別できます。結果として、過剰な対策を削減し、本当に守るべき箇所にリソースを集中させる「リスクベースアプローチ」が可能となり、投資対効果を最大化できます。
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価値3:インシデント対応(初動)の迅速化と被害抑制
万が一インシデントが発生した場合、脅威インテリジェンスは「有事の際の羅針盤」となります。
攻撃者の素性や目的(金銭目的か、情報の窃取か、破壊活動か)が推測できれば、とるべき対応策の優先順位を迅速に決定できます。復旧までの時間(MTTR)を短縮し、事業被害とレピュテーションリスクを最小限に抑えることが可能です。
導入成功の鍵とベンダー選定のポイント
脅威インテリジェンスの導入を成功させるためには、以下の「落とし穴」を避け、適切なパートナーを選ぶ必要があります。
よくある失敗パターン:情報の洪水(Information Overload)
最も多い失敗は、高価なフィードを契約したものの、大量のアラートやレポートが送られてくるだけで、現場が処理しきれずにパンクしてしまうケースです。
「情報を持っていること」と「情報を使いこなすこと」は別物です。
成功へのチェックリスト
自社に合ったサービスやパートナーを選ぶ際は、以下の観点を重視してください。
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情報源の広さと深さ: 表面的なWeb情報だけでなく、ダークウェブや実際のインシデント現場からの一次情報(生の情報)を持っているか?
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コンテキスト(文脈)の質: 単なるデータ提供だけでなく、「なぜ危険なのか」「どう対策すべきか」という具体的なアクションプランが提示されているか?
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既存システムとの連携: SIEMやSOAR、EDRなどの既存セキュリティ製品とスムーズに連携し、自動化が可能か?
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専門家による支援: 自社内に分析官がいなくても、解釈や運用をサポートしてくれる体制があるか?
Google Cloud (Mandiant) で実現する次世代のインテリジェンス活用
脅威インテリジェンスの分野において、現在、世界で最も注目されているのが Google Cloud です。その理由は、Googleが買収したMandiant(マンディアント)と、世界最大のマルウェアデータベースVirusTotalの存在にあります。
①世界最高峰の知見「Mandiant」の統合
Mandiantは、国家レベルのサイバー攻撃や大規模インシデントの調査・対応において、世界で最も信頼されている企業の一つです。彼らが最前線の現場で得た「生きた脅威情報」が、Google Cloudのセキュリティ製品(Google Security Operationsなど)に統合されています。
これにより、ユーザーはGoogleの検索能力とMandiantの分析能力を同時に手に入れることができます。
②生成AI「Gemini」によるセキュリティ運用の民主化
さらに、Google Cloudは生成AIにより、運用のあり方を変えつつあります。
専門用語で書かれた難解な脅威レポートや、複雑な攻撃の挙動を、AIが自然言語で要約・解説します。「この攻撃への対策案を教えて」とチャットで尋ねるだけで、専門家レベルのアドバイスが得られるのです。これは、セキュリティ人材不足に悩む多くの日本企業にとって、画期的なソリューションとなります。
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XIMIXの支援
脅威インテリジェンスは強力な武器ですが、それを使いこなすには、お客様の環境に合わせた実装と運用設計が必要です。
私たち『XIMIX』は、Google Cloud のプレミアパートナーとして、また豊富なSI実績を持つインテグレーターとして、お客様のセキュリティをご支援します。
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Google Security Operations (旧 Chronicle) の導入: 脅威インテリジェンスを中核に据えた、高速かつスケーラブルなセキュリティ分析基盤を構築します。
自社のセキュリティ対策を「リアクティブ」から「プロアクティブ」へ進化させたいとお考えの決裁者様は、ぜひ一度XIMIXにご相談ください。
XIMIXのGoogle Workspace 導入支援についてはこちらをご覧ください。
XIMIXのGoogle Cloud 導入支援についてはこちらをご覧ください。
まとめ
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脅威インテリジェンス(CTI)とは、攻撃者の動向を分析し、先手を打つための戦略的知見であり、単なるデータとは異なる。
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経営層(戦略)、管理者(戦術)、現場(運用)の3層それぞれに活用価値があり、DX時代の経営課題である。
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導入により、プロアクティブな防御、投資の最適化、迅速なインシデント対応が可能になる。
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成功の鍵は、質の高いインテリジェンス基盤を持つパートナー選びにある。Google Cloud (Mandiant) はその最適解の一つである。
サイバーリスクを恐れるだけでなく、インテリジェンス(知性)を持ってコントロールする。それが、これからの企業の在り方です。XIMIXと共に、強靭なセキュリティ体制を構築しましょう。
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