なぜクラウドのインシデントは繰り返されるのか? 失敗から学ぶ、インシデント率が高い組織の5つの特徴と対策

 2025,07,24 2025.08.25

はじめに

クラウド活用がビジネス成長の生命線となる現代において、多くの企業がクラウド環境でのインシデント(システム障害やセキュリティ事案)に頭を悩ませています。高度な監視ツールを導入し、詳細な対策マニュアルを整備しているにもかかわらず、なぜインシデントは繰り返し発生するのでしょうか。

表面的な原因は「人的な設定ミス」や「予期せぬリソース枯渇」かもしれません。しかし、私たちNI+Cが数多くの中堅・大企業のDX推進を支援してきた経験から見えてきたのは、その根底に、より深刻な組織構造や文化に根差した問題が潜んでいるという事実です。

対症療法的な対策を繰り返すだけでは、ビジネスの安定性を蝕む根本的なリスクを抱え続けることになります。

本記事では、インシデントが頻発する組織に共通する「5つの特徴」を深掘りし、その上で、Googleが提唱するSRE(Site Reliability Engineering)の考え方を軸に、技術と組織の両面からインシデントを未然に防ぎ、しなやかに復旧できる体制を構築するための実践的アプローチを解説します。

この記事が、貴社のクラウド運用を一段上のレベルへ引き上げるための、具体的な行動のきっかけとなることを願っています。

なぜクラウドのインシデント対策は複雑化するのか

対策を講じているはずなのにインシデントが減らない背景には、クラウド時代特有の難しさがあります。

①手軽さが生む設定ミスと構成の複雑化

クラウドは、数クリックで高度なインフラを構築できる手軽さが魅力です。しかし、その裏返しとして、一つ一つの設定項目が持つ意味を正確に理解しないまま利用することで、意図しないセキュリティホールやパフォーマンスのボトルネックを生み出すリスクがあります。また、様々なサービスを組み合わせることでシステム全体の構成が複雑化し、変更がどこに影響を及ぼすかの把握が困難になりがちです。

関連記事:
クラウドの設定ミスが招く深刻なリスクとは?原因と今すぐできる対策を徹底解説【入門編】

②スピード重視の開発と運用の乖離

ビジネスの変化に対応するため、アジャイル開発に代表されるように、アプリケーションのリリースサイクルは高速化しています。しかし、運用チームの体制やプロセスがそのスピードに追いついていない場合、十分な検証が行われないまま変更が本番環境に適用され、インシデントの引き金となるケースが少なくありません。

【診断】インシデント率が高い組織に共通する5つの特徴

貴社の組織に当てはまる項目はないか、チェックしてみてください。これらは単なる個別の事象ではなく、相互に関連し合ってインシデントを誘発する組織的な「病巣」とも言えるものです。

特徴1:技術的負債の放置と場当たり的なシステム改修

インシデントが多発する組織の最も顕著な特徴は、技術的負債への無関心です。

"とりあえず動く"が招く未来のコスト

ビジネスのスピードを優先するあまり、場当たり的な修正や継ぎ接ぎの開発が繰り返され、システムは日に日に複雑化します。ドキュメントは更新されず、特定の担当者しか仕様を理解できない「ブラックボックス化」が進行。このような状態では、些細な変更が予期せぬ箇所で重大な障害を引き起こすリスクが常に付きまといます。影響範囲の特定に時間がかかり、結果として復旧時間(MTTR)も長期化します。

短期的な開発コストを優先する判断は、長期的にはインシデント対応という莫大なコストで企業に跳ね返ってくるのです。

関連記事:「技術的負債」とは何か?放置リスクとクラウドによる解消法案を解説

特徴2:サイロ化した組織とコミュニケーション不足

開発、運用、セキュリティ、事業部門。クラウド活用は多くのチームの連携を必要とします。しかし、チーム間の壁が高い「サイロ化」した組織では、インシデントのリスクが格段に高まります。

責任の押し付け合いと情報の非対称性

障害発生時に、開発は「インフラの問題」、運用は「アプリのバグ」と責任の所在が曖昧になり、原因究明が遅れます。さらに、各チームが持つ情報や知見が共有されないため、全体最適の視点でのシステム設計やセキュリティ対策が困難になります。チーム横断での情報共有を促す文化と仕組みがなければ、組織としての力は発揮できません。

関連記事:組織の壁を突破せよ!硬直化した組織でDX・クラウド導入を成功させる担当者の戦略

特徴3:形骸化したインシデント管理プロセス

プロセスが定義されていても、それが実践されなければ意味がありません。

「非難文化」が学習の機会を奪う

インシデント発生時の報告ルートや各担当者の役割が曖昧で、初動が遅れる。これは典型的なパターンです。しかし、最も深刻なのは、インシデント収束後の「振り返り(ポストモーテム)」の欠如です。多くの現場では根本原因の分析より個人への責任追及が優先され、「誰が悪いか」で話が終わってしまいます。このような「非難文化(Blame Culture)」では、組織はインシデントから何も学べず、同じ過ちを繰り返すことになります。

関連記事:【入門編】ポストモーテムとは?インシデントを学びと成長に変える、文化と実践プロセスを徹底解説

特徴4:自動化への抵抗と手作業への依存

クラウドの価値を最大化する鍵は「自動化」にあります。この取り組みの遅れは、インシデントを直接的に誘発します。

ヒューマンエラーは必ず起きる

サーバー構築、デプロイ、設定変更といった定型作業を手作業に頼る限り、ヒューマンエラーは避けられません。IPA(情報処理推進機構)の調査でも、クラウド障害の原因として設定ミスは常に上位です。また、手作業による環境構築は再現性が低く、障害発生時に迅速かつ確実に正常な状態へ復旧させることを困難にします。

関連記事:【入門編】Infrastructure as Code(IaC)とは?メリット・デメリットから始め方まで徹底解説

特徴5:リスクとコストのバランスを欠いた経営判断

最後の特徴は、経営層や決裁者の視点に関わる問題です。

コスト削減が招く巨大な事業損失

クラウド移行の目的が短期的なコスト削減に偏りすぎると、可用性やセキュリティを担保するために不可欠な投資(冗長構成、高度なセキュリティサービス、専門人材の育成など)が疎かになります。その結果、一度の重大インシデントで、削減したコストをはるかに上回る事業損失やブランドイメージの毀損を被る可能性があります。クラウドの安定運用は、コストではなく「事業継続性を守るための保険」として捉えるべきです。

関連記事:セキュリティインシデントが発生するとどうなるか?影響範囲を徹底解説、対策不備が招く事業存続の危機とは

SREの思想に基づく根本的なインシデント対策

5つの特徴は、互いに複雑に絡み合う根深い課題です。これらに根本から対処し、信頼性の高いシステムを実現するためのアプローチが、Googleが提唱する SRE (Site Reliability Engineering) です。SREは、運用の問題をソフトウェアエンジニアリングの手法で解決するアプローチであり、単なるツール導入ではなく、文化、組織、プロセス全体の変革を目指します。

関連記事:【入門編】SREとは?ビジネスを止めないためのサイト信頼性エンジニアリング

技術的アプローチ:自動化とオブザーバビリティの徹底

SREでは、信頼性を高めるために、まず技術的な基盤を整備します。

①IaC (Infrastructure as Code) の徹底

Terraformなどを用いてインフラ構成をコードで管理し、誰がいつ実行しても同じ環境が再現される状態を目指します。これにより、手作業による設定ミスを撲滅し、DR(災害復旧)時にも迅速な環境復旧を可能にします。

②CI/CDパイプラインの構築

Cloud Buildなどを活用し、テスト、セキュリティスキャン、デプロイのプロセスを自動化します。人手を介さないことで、ヒューマンエラーを削減し、迅速かつ安全なリリースを実現します。

③オブザーバビリティ (可観測性) の確保

Cloud Monitoring, Logging, Traceといったツールを組み合わせ、システムの内部状態を多角的に把握できるようにします。「メトリクス(数値)」「ログ(記録)」「トレース(処理の追跡)」を統合的に分析することで、インシデントの予兆検知や原因究明を劇的に迅速化します。

関連記事:オブザーバビリティとは?意味、背景、重要性、Google Cloudでの実現方法を解説

組織・プロセス的アプローチ:データに基づく意思決定

SREの真髄は、技術だけでなく、組織のあり方や意思決定のプロセスを変革する点にあります。

①SLO (Service Level Objective) による共通目標の設定

「稼働率99.9%」といった曖昧な目標ではなく、「ユーザーのリクエストの99.95%が500ms以内に処理される」のように、ユーザー体験に基づいた具体的な信頼性の目標値(SLO)を設定します。これにより、開発と運用が「ユーザーにとっての価値」という共通の目標に向かって協力する土台ができます。

②エラーバジェットによる開発速度と信頼性の両立

SLOから導き出される「許容できる不信頼性(100% - SLO)」をエラーバジェット(エラー予算)と定義します。開発チームは、この予算の範囲内で、新機能のリリースといった挑戦を積極的に行えます。一方で、インシデント発生で予算を使い切った場合は、新機能開発を一時停止し、信頼性向上の作業に集中する、というルールを設けます。これにより、開発のスピードとシステムの信頼性というトレードオフの関係を、感情論ではなくデータに基づいて合理的に判断できるようになります。

】生成AIはインシデント対策をどう変えるか

Gemini for Google Cloud に代表される生成AIの進化は、インシデント管理のあり方を大きく変革する可能性を秘めています。

①原因究明と対応策提案の超高速化

大量のログやメトリクスデータに対し、自然言語で問い合わせるだけで、インシデントの根本原因や影響範囲の要約を瞬時に生成。これまで専門家が数時間かけていた分析作業を数分に短縮します。さらに、検知されたインシデントに基づき、過去のナレッジや公式ドキュメントを参照し、具体的な復旧手順やコマンドを自動で提案することも可能です。

②IaCコードの自動生成・修正

「この構成の脆弱性を修正するTerraformコードを生成して」といった指示で、セキュアなインフラ構成コードを自動生成。ヒューマンエラーのリスクをさらに低減し、インフラの信頼性を継続的に向上させます。

これらの技術は、インシデント対応の属人化を解消し、対応の迅速化と質の向上に大きく貢献することが期待されています。

インシデントに強い組織への変革を成功させるために

SREの導入やツールの活用は重要ですが、それだけで組織が真に変わるわけではありません。私たちNI+Cがお客様をご支援する中で、変革の成否を分けるのは特に以下の2点だと確信しています。

①経営層の強いコミットメント

SRE導入や文化醸成は、短期的な成果が出にくい場合があります。システムの安定性がビジネスの基盤であるという重要性を経営層が深く理解し、目先のコストや開発スピードだけでなく、長期的な視点で信頼性向上への投資を継続的に支援する姿勢が不可欠です。

関連記事:DX成功に向けて、経営層のコミットメントが重要な理由と具体的な関与方法を徹底解説

②外部専門家の戦略的活用

SREやクラウドネイティブ技術には高度な専門知識が求められます。特に、複雑な既存システムとの連携や、部門を横断した合意形成といった課題に対しては、客観的な視点と豊富な支援経験を持つ外部パートナーの活用が成功への近道です。

XIMIXでは、Google Cloudに関する深い知見と、多くのお客様の組織変革を支援してきた経験に基づき、技術的な環境構築から運用改善、組織文化の醸成までを一気通貫でご支援します。

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まとめ

クラウドのインシデントが頻発する真の原因は、技術的な見落としだけでなく、「技術的負債」「組織のサイロ化」「形骸化したプロセス」「手作業への依存」「経営層の認識不足」といった、根深い組織的課題にあります。

これらの課題に根本から対処するには、SREの思想に基づき、技術・組織・文化を一体で変革していくアプローチが不可欠です。自動化やオブザーバビリティといった技術的基盤を整備し、SLOやエラーバジェットを用いてデータに基づいた意思決定を行う。そして何より、失敗を学びの機会とする「非難のない文化」を醸成する。この両輪を回していくことが、真にインシデントに強い組織への道筋です。

インシデントは、もはや情報システム部門だけの問題ではありません。ビジネスの根幹を揺るがす経営リスクです。本記事が、貴社のクラウド環境の信頼性を高め、ビジネスの安定成長を実現するための一助となれば幸いです。

クラウド運用の高度化やインシデント対策にお悩みではありませんか? 専門家が貴社の状況に合わせた最適な解決策をご提案します。


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