なぜクラウドのインシデントは繰り返されるのか? 失敗から学ぶ、インシデント率が高い組織の5つの特徴と対策

 2025,07,24 2025.07.24

はじめに

クラウド活用がビジネスの成長に不可欠となる一方、多くの企業でクラウド環境のインシデント(障害やセキュリティ事案)が後を絶ちません。監視ツールを導入し、対策マニュアルを整備しているにもかかわらず、なぜインシデントは繰り返し発生するのでしょうか。

表面的な原因は「設定ミス」や「リソース枯渇」かもしれませんが、その根底には、より深刻な組織構造や文化に起因する問題が潜んでいるケースが少なくありません。対症療法的な対策を繰り返すだけでは、ビジネスの安定性と成長を阻害する根本的なリスクを抱え続けることになります。

本記事では、これまで数多くの中堅・大企業のDX推進を支援してきた専門家の視点から、クラウドのインシデント率が高い組織に共通する5つの特徴を分析します。その上で、SRE(Site Reliability Engineering)の考え方を軸に、技術と組織の両面からインシデントを未然に防ぎ、万一の際にも迅速に復旧できる体制を構築するための実践的なアプローチを解説します。この記事を通じて、貴社のクラウド運用を一段上のレベルへ引き上げるための具体的なヒントを得られるはずです。

【特徴1】技術的負債の放置と場当たり的なシステム改修

インシデントが多発する組織の最も顕著な特徴の一つが、技術的負債への無頓着さです。

  • "とりあえず動く"の代償: ビジネスのスピードを優先するあまり、場当たり的な修正や継ぎ接ぎの開発が繰り返され、システム全体の複雑性が増大。ドキュメントも整備されず、担当者しか仕様を理解できない「ブラックボックス化」が進行します。

  • 影響範囲の不透明性: このような環境では、些細な変更が予期せぬ箇所で重大な障害を引き起こすリスクが常に付きまといます。影響範囲の特定に時間がかかり、結果として復旧時間(MTTR: Mean Time To Repair)が長期化する傾向にあります。

意思決定の場面では短期的な開発コストが優先されがちですが、長期的に見れば、技術的負債はインシデント対応コストの増大という形でビジネスに重くのしかかります。定期的なリファクタリングやアーキテクチャの見直しといった負債返済の活動を、コストではなく「未来の安定性を確保するための投資」として位置づける経営判断が不可欠です。

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【特徴2】サイロ化した組織とコミュニケーション不足

クラウド活用が進むと、開発、運用、セキュリティ、そして各事業部門といった複数のチームが関わるようになります。しかし、これらのチーム間の連携が取れていない「サイロ化」した組織では、インシデントのリスクが格段に高まります。

  • 責任の押し付け合い: 開発チームは「インフラの問題」、運用チームは「アプリケーションのバグ」と、障害発生時に責任の所在が曖昧になりがちです。原因究明が遅れるだけでなく、チーム間の対立を生み、再発防止に向けた協力体制が築けません。

  • 情報の非対称性: 各チームが持つ情報や知見が共有されないため、全体最適の視点でのアーキテクチャ設計やセキュリティ対策が困難になります。例えば、開発チームが新しいサービスで利用するクラウドサービスのリスクを、セキュリティチームが把握していないといった状況は典型的な例です。

このような組織課題の解決には、チーム横断での情報共有を促進する文化の醸成と、ツールによる仕組み化が有効です。

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【特徴3】形骸化したインシデント管理プロセス

インシデント管理のプロセスが定義されていても、それが形骸化していては意味がありません。

  • 曖昧な役割と責任: インシデント発生時の報告ルート、意思決定者、各担当者の役割(誰が、何を、いつまでに行うか)が明確に定義・周知されていないケースです。これにより初動が遅れ、被害が拡大します。

  • 振り返り(ポストモーテム)の欠如: 最も重要なのが、インシデント収束後の振り返りです。多くの現場では、目先の復旧作業に追われ、「なぜそのインシデントが起きたのか」という根本原因の分析と、再発防止策の徹底がおろそかになりがちです。個人への責任追及に終始し、プロセスやシステムの改善に繋がらない「非難文化(Blame Culture)」が根付いている組織は特に危険です。

効果的なインシデント管理は、インシデントを「学習の機会」と捉える文化から始まります。SREが提唱する「非難のないポストモーテム(Blameless Postmortem)」を実践し、組織全体でインシデントから学び、継続的にシステムとプロセスを改善していくサイクルを確立することが重要です。

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【特徴4】自動化への抵抗と手作業への依存

クラウドの価値を最大化する鍵は「自動化」にありますが、この取り組みが遅れている組織もインシデントを誘発しやすくなります。

  • 手作業に潜むヒューマンエラー: サーバーのプロビジョニング、アプリケーションのデプロイ、設定変更といった定型作業を手作業に頼っていると、ヒューマンエラーは避けられません。IPA(情報処理推進機構)の調査でも、クラウドの障害原因として設定ミスは常に上位に挙げられています。

  • 再現性の欠如と復旧の遅延: 手作業による環境構築は、手順の抜け漏れや担当者による差異を生み、環境の再現性を著しく低下させます。障害発生時に迅速に正常な環境へ切り戻したり、新規に環境を立ち上げたりすることが困難になり、事業継続性に大きな影響を与えます。

IaC (Infrastructure as Code) を用いた構成管理の自動化や、CI/CD (継続的インテグレーション/継続的デリバリー) パイプラインの導入は、ヒューマンエラーを削減し、迅速かつ確実なデプロイと復旧を実現するための必須の取り組みと言えます。

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【特徴5】リスクとコストのバランスを欠いた経営判断

最後の特徴は、経営層や決裁者の視点に関わる問題です。

  • 過度なコスト削減圧力: クラウド移行の目的が短期的なコスト削減に偏りすぎると、可用性やセキュリティを担保するために必要な投資(冗長構成、高度なセキュリティサービス、専門人材の育成など)が疎かになります。結果として、一度の重大なインシデントで削減したコストをはるかに上回る事業損失を被る可能性があります。

  • ビジネスリスクとしての認識不足: クラウドのインシデントを単なる「情報システム部門の問題」と捉え、事業継続計画(BCP)における重要なリスクとして認識していないケースです。インシデントによる機会損失やブランドイメージの毀損といったビジネスインパクトを正しく評価し、対策の優先順位を判断する視点が欠けています。

決裁者には、クラウドの安定運用に関わる投資を、コストではなく「事業継続性と信頼性を確保するための保険」として捉え、リスクとコストのバランスを適切に判断するリーダーシップが求められます。

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SREの思想に基づく根本的なインシデント対策

これまで挙げた5つの特徴は、互いに複雑に絡み合っています。これらの課題に根本から対処し、信頼性の高いシステムを実現するためのアプローチが、Googleが提唱する SRE (Site Reliability Engineering) です。SREは、運用の問題をソフトウェアエンジニアリングの手法で解決するアプローチであり、単なるツール導入ではなく、文化、組織、プロセス全体の変革を目指します。

技術的なアプローチ:自動化とオブザーバビリティの徹底

  • IaC (Infrastructure as Code) の徹底: TerraformやCloud Deployment Managerを用いてインフラ構成をコードで管理し、誰がいつ実行しても同じ環境が再現される状態を目指します。これにより、設定ミスを撲滅し、迅速な環境復旧を可能にします。

  • CI/CDパイプラインの構築: Cloud BuildやJenkinsなどを活用し、テスト、セキュリティスキャン、デプロイのプロセスを自動化します。人手を介さないことで、迅速性と安全性を両立させます。

  • オブザーバビリティ (可観測性) の確保: Cloud Monitoring、Cloud Logging、Cloud Traceといったツールを組み合わせ、システムの内部状態を多角的に把握できるようにします。メトリクス(数値)、ログ(記録)、トレース(処理の追跡)を統合的に分析することで、インシデントの予兆検知や原因究明を迅速化します。

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組織・プロセス的アプローチ:SLOとエラーバジェットの導入

  • SLO (Service Level Objective) の設定: 「稼働率99.9%」といった曖昧な目標ではなく、「リクエストの99.95%が500ms以内に処理される」のように、ユーザー体験に基づいた具体的な信頼性の目標値を設定します。これにより、開発と運用が共通の目標に向かって協力する基盤ができます。

  • エラーバジェット (Error Budget) の活用: SLOから導き出される「許容できる不信頼性(100% - SLO)」をエラーバジェットと定義します。開発チームは、この予算の範囲内であれば、新機能のリリースを積極的に行うことができます。一方で、インシデントの発生でエラーバジェットを使い切ってしまった場合は、新機能開発を一時的に停止し、信頼性向上のための作業に集中するというルールを設けます。これにより、開発のスピードとシステムの信頼性のバランスをデータに基づいて合理的に判断できるようになります。

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【最新動向】生成AIはインシデント対策をどう変えるか

現在、生成AIの進化はインシデント管理のあり方を大きく変えようとしています。特に Gemini for Google Cloud のようなサービスは、これまでの対策をさらに高度化します。

  • インシデント原因の迅速な特定: 大量のログやメトリクスデータから、自然言語で問い合わせるだけでインシデントの根本原因や影響範囲の要約を生成。専門家が数時間かけていた分析作業を数分に短縮します。

  • 対応策の自動提案: 検知されたインシデントのパターンに基づき、過去のナレッジベースや公式ドキュメントを参照し、具体的な復旧手順やコマンドを自動で提案します。

  • IaCコードの自動生成・修正: 「この構成の脆弱性を修正するTerraformコードを生成して」といった指示で、セキュアなインフラ構成コードを生成。ヒューマンエラーのリスクをさらに低減します。

これらの技術は、インシデント対応の属人化を解消し、対応の迅速化と質の向上に大きく貢献します。

インシデントに強い組織への変革を成功させるために

SREの導入やツールの活用は重要ですが、それだけで組織が変わるわけではありません。変革を成功に導くには、特に以下の2点が重要です。

  • 経営層の強いコミットメント: SREの導入や文化醸成は、短期的な成果が出にくい場合があります。経営層がその重要性を理解し、継続的に支援する姿勢を示すことが不可欠です。

  • 外部専門家の活用: SREやクラウドネイティブ技術には高度な専門知識が求められます。自社だけで全てを賄うのが難しい場合は、知見を持つ外部パートナーの支援を仰ぐのが成功への近道です。特に、中堅・大企業における複雑な既存システムとの連携や、組織横断での合意形成といった課題に対しては、客観的な視点と豊富な支援経験を持つ専門家の存在が大きな力となります。

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まとめ

クラウドのインシデントが頻発する背景には、単なる技術的な見落としだけでなく、「技術的負債」「組織のサイロ化」「形骸化したプロセス」「手作業への依存」「経営層の認識不足」といった根深い組織的課題が存在します。

これらの課題に根本から対処するには、SREの思想に基づき、技術・組織・文化を一体で変革していくアプローチが不可欠です。自動化やオブザーバビリティの向上といった技術的な取り組みと、SLOやエラーバジェットを用いたデータドリブンな意思決定、そして「非難のない文化」の醸成を両輪で進める必要があります。

インシデントは、もはや情報システム部門だけの問題ではありません。ビジネスの根幹を揺るがす経営リスクです。本記事が、貴社のクラウド環境の信頼性を高め、ビジネスの安定成長を実現するための一助となれば幸いです。


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