【入門編】ポストモーテムとは?インシデントを学びと成長に変える、文化と実践プロセスを徹底解説

 2025,06,20 2025.07.26

はじめに

「また、同様のシステム障害が起きてしまった…」 「インシデント対応は完了したが、場当たり的な対策で根本的な解決になっていない気がする…」 「障害報告書は作成しているが、形式的で次の改善に活かせていない…」

企業のDX推進を担う皆様にとって、システムの安定稼働は至上命題です。しかし、どれだけ万全な対策を講じても、インシデント(システム障害やセキュリティ事案など、正常なサービス提供を妨げる出来事)を完全にゼロにすることは現実的ではありません。

重要なのは、インシデント発生後にいかにしてそこから学び、同じ過ちを繰り返さない仕組みを構築するかです。その鍵を握るのが、今回解説する「ポストモーテム(Postmortem)」です。

ポストモーテムは、単なる「反省会」や「犯人探し」の場ではありません。インシデントを組織全体の貴重な学習機会と捉え、システムの信頼性を継続的に向上させていくための極めて重要な文化であり、プロセスです。

この記事では、ポストモーテムとは何か、その本質的な重要性から、具体的な進め方、成功させるためのポイント、そして文化として定着させるための秘訣まで、網羅的に解説します。Googleが提唱するSRE(Site Reliability Engineering)の考え方にも触れながら、皆様がインシデントを「コスト」から「未来への投資」へと変えるための一助となれば幸いです。

ポストモーテムとは?インシデントを「学習資産」に変える文化

ポストモーテム(Postmortem)とは、直訳すると「事後検証」を意味し、インシデント発生後にその事象を体系的に振り返り、分析・記録する一連の活動を指します。

多くの企業で作成される「障害報告書」と混同されがちですが、その目的と根底にある文化が本質的に異なります。

  従来の障害報告書 ポストモーテム
主な目的 関係者への説明責任、事態の収束報告 組織的な学習、根本原因の特定、再発防止
焦点 「誰が」ミスを犯したか 「なぜ」その事象が起きたか(システムやプロセスの欠陥)
文化 個人の責任追及、非難 非難なき文化(Blameless Culture)、心理的安全性
成果物 報告・謝罪のための文書 未来のアクションに繋がる学習資産としてのドキュメント
 

最大の鍵は「非難なき文化(Blameless Culture)」

ポストモーテムを成功させる上で、最も重要かつ根幹をなすのが「非難なき文化(Blameless Culture)」です。

これは、インシデントを引き起こした個人を責めるのではなく、「なぜその人がミスをせざるを得ない状況だったのか」「それを許容してしまったシステムやプロセスに問題はなかったか」という視点で原因を分析する考え方です。

人間は誰でも間違いを犯すという前提に立ち、個人の責任を追及する雰囲気は、インシデントの根本的な原因解明を妨げます。担当者は萎縮し、保身のために正確な情報共有をためらうようになり、結果として表面的な対策に終始してしまうからです。

非難なき文化を醸成し、誰もが心理的安全性を感じられる場でオープンに議論することではじめて、事象の全体像が明らかになり、真の根本原因にたどり着くことができるのです。

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なぜ今、ポストモーテムが重要視されるのか?

ポストモーテムを実践することは、単なる再発防止に留まらず、企業の競争力強化に直結する多くのメリットをもたらします。

①真の根本原因特定と効果的な再発防止

その場しのぎの応急処置では、類似のインシデントが形を変えて再発するリスクが残ります。ポストモーテムでは、「なぜなぜ分析」のような手法を用いて事象を深掘りし、表面的な原因のさらに奥にある根本原因(Root Cause)を特定します。この根本原因にアプローチするからこそ、恒久的で効果の高い再発防止策を立案できるのです。

②ナレッジの共有と組織学習の促進

一回のインシデントから得られる教訓は、対応した当事者だけのものではありません。ポストモーテムを通じて得られた分析内容や対策、議論のプロセスをドキュメントとして記録・共有することで、インシデントは特定のチームの「失敗談」から、組織全体の「貴重な学習資産」へと昇華します。これにより、組織全体の技術力やインシデント対応能力の底上げが期待できます。

③システムと運用の信頼性向上 (SREの観点)

Googleが提唱・実践するSRE(Site Reliability Engineering)においても、ポストモーテムはシステムの信頼性を維持・向上させるための核となるプラクティスと位置づけられています。SREでは、インシデントをシステムの改善点を発見する絶好の機会と捉えます。ポストモーテムを回し続けることで、システムは継続的に強化され、より堅牢で信頼性の高いものへと進化していくのです。 

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④心理的安全性の醸成とチームの強化

「失敗しても非難されない」という安心感は、エンジニアが新しい技術や手法に挑戦する意欲を引き出します。ポストモーテムを正しく運用することは、組織の心理的安全性を高めることにも直結します。オープンな議論を通じて互いの理解が深まり、チームの結束力や問題解決能力の向上にも繋がるでしょう。

ポストモーテムの具体的な進め方

では、実際にポストモーテムはどのように進めればよいのでしょうか。ここでは、基本的な3つのステップに分けて解説します。

ステップ1:準備段階

インシデントが収束したら、可能な限り迅速にポストモーテムの準備を開始します。記憶が鮮明なうちに行うことが重要です。

  • ファシリテーターの決定: 議論を中立的な立場で進行させるファシリテーターを指名します。インシデントの直接の担当者ではない人物が望ましいでしょう。客観性を担保するために、第三者が担当することも有効な選択肢です。

  • 参加者の招集: インシデントの発見者、対応者、関連システムの開発・運用担当者など、原因究明と対策立案に必要なメンバーを幅広く集めます。

  • 客観的な情報収集: ログ、アラート、監視ツールのデータ、チャットのやり取り、作業履歴など、客観的な事実(データ)を可能な限り収集・整理し、時系列で何が起きたかをまとめます(タイムラインの作成)。

ステップ2:ポストモーテム会議の実施

集めた情報を元に、関係者で会議を実施します。「非難なき文化」を全員で再確認してから始めるのが効果的です。

  • 事実とタイムラインの共有: まず、収集した客観的なデータに基づき、インシデントの発生から収束までのタイムラインを全員で確認し、事実認識を合わせます。

  • 影響範囲の確認: ビジネスや顧客にどのような影響があったかを具体的に確認します。(例:サービス停止時間、影響ユーザー数、売上損失、問い合わせ件数など)

  • 根本原因分析: 「なぜそれが起きたのか?」を繰り返し問いかけ、根本原因を深掘りします。ここで重要なのは、個人のスキル不足や不注意を原因とせず、「なぜそのような作業が必要になったのか」「なぜチェック機構は機能しなかったのか」といったシステムやプロセスの問題に焦点を当てることです。

  • 改善アクションの洗い出し: 特定した根本原因に対し、「何をすれば再発を防げるか」という観点で具体的な改善アクションをブレインストーミングします。

  • アクションアイテムの決定と担当者の割り当て: 洗い出した改善アクションの中から、実施すべき「アクションアイテム」を具体的に定義し、担当者(オーナー)と期限(Due Date)を明確に設定します。「気をつける」「頑張る」といった曖昧なものではなく、「〇〇のシステムに、〜をチェックするアラートを追加する」のように、誰が見ても分かる具体的なタスクに落とし込むことが重要です。

ステップ3:事後対応とフォローアップ

ポストモーテムは会議をやって終わりではありません。アクションを実行し、次に繋げるプロセスが最も重要です。

  • ドキュメント化と共有: 会議の内容(タイムライン、根本原因、決定したアクションアイテムなど)をドキュメントにまとめ、組織内の誰もが閲覧できる場所に保管・共有します。ConfluenceやGoogle Workspaceなどのナレッジ共有ツールを活用すると良いでしょう。

  • アクションアイテムの追跡: 各アクションアイテムが期限内に確実に実行されているかを、ファシリテーターや担当マネージャーが責任を持って追跡します。JiraやAsanaのようなチケット管理システムで管理すると、進捗が可視化され、抜け漏れを防げます。

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ポストモーテムの質を高める実践的なコツ

形骸化させず、真に価値ある活動にするためには、いくつかのポイントがあります。

①迅速さを保つ

人間の記憶は曖昧になるため、インシデント収束後、可能な限り早く(理想は2〜3営業日以内)実施することが望ましいです。スピード感を持つことで、議論の質が高まり、次のインシデントを未然に防ぐことにも繋がります。

②「運が良かった点」も洗い出す

「たまたま早期に発見できた」「たまたま影響範囲が限定的だった」など、偶然に助けられた点(Good Luck)も洗い出すことで、これまで認識されていなかった潜在的なリスクを可視化できます。これは、より強固なシステムを構築する上で非常に重要な視点です。

③よくある失敗例(アンチパターン)を避ける

私たちの経験上、ポストモーテムが失敗する際には共通のパターンがあります。

  • 犯人探しになってしまう: ファシリテーターは、少しでも個人を責めるような発言が出た場合、すぐに軌道修正する役割を担います。

  • アクションアイテムが実行されない: 担当者と期限が曖昧なまま会議を終えてしまうと、改善は進みません。必ず明確な担当者と期限をセットで決定しましょう。

  • 一部のメンバーしか発言しない: 参加者全員が当事者です。ファシリテーターは、全員に意見を求めるなど、発言しやすい雰囲気作りを心がけることが大切です。

④テンプレートを活用する

毎回ゼロから構成を考えると、議論の質にばらつきが出たり、重要な観点が抜け落ちたりする可能性があります。組織で標準のテンプレートを用意し、それに沿って議論を進めることで、効率的かつ質の高いポストモーテムが実現できます。

【簡易テンプレート例】

  • タイトル: 〇〇障害に関するポストモーテム

  • 日付: 2025年XX月XX日

  • オーナー/ファシリテーター: 〇〇

  • 参加者: 〇〇, △△, ...

  • サマリー: (インシデントの概要とビジネスインパクト)

  • タイムライン: (発見から収束までの詳細な時系列)

  • 根本原因: (なぜなぜ分析などの結果)

  • アクションアイテム: (No, 内容, 担当者, 期限)

  • 運が良かった点: (潜在リスクの洗い出し)

  • 学んだこと: (組織としての学び)

ポストモーテム文化の醸成と導入の壁

ポストモーテムを一度実践するだけでなく、組織文化として根付かせることが不可欠です。

①経営層の理解とコミットメント

ポストモーテム文化を組織に根付かせるには、経営層やマネジメント層がその重要性を深く理解し、「ポストモーテムは必要な投資である」というメッセージを発信し続けることが不可欠です。必要な時間やリソースを確保することを約束し、率先して非難なき文化を体現する姿勢が求められます。

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②小さく始めて成功体験を積む

最初から全社で完璧な運用を目指す必要はありません。まずは特定のチームや小規模なインシデントから試験的に導入し、「インシデントから学んで改善できた」という成功体験を積むことが重要です。その成功事例を組織内で共有することで、徐々に他のチームへと展開していくことができます。

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③「報告」ではなく「共有」の場と位置づける

ポストモーテムは上長への「報告会」ではありません。関係者全員で学びを「共有」し、未来を良くするための「対話」の場です。この意識を全員で持つことが、心理的安全性の高い議論に繋がります。 ナレッジの共有や文化醸成には、誰もがアクセスしやすい情報基盤が役立ちます。 

まとめ:インシデントを未来への投資に変えるために

本記事では、インシデントを組織の成長の糧に変える「ポストモーテム」について、その本質から実践方法、文化として根付かせるコツまでを網羅的に解説しました。

  • ポストモーテムは「非難なき文化」の上で成り立つ、組織的な学習プロセスである。

  • 真の根本原因を特定し、具体的なアクションに繋げることが重要。

  • SREの観点からも、システムの信頼性を継続的に向上させるための核となる活動。

  • テンプレートの活用や、アンチパターンを避けることで議論の質を高める。

  • 経営層のコミットメントと、小さく始める工夫が文化醸成の鍵。

インシデントは、起きてほしくないものです。しかし、それを避けて通れない以上、いかにして未来の価値に変えるかが、これからの企業の競争力を大きく左右します。

ポストモーテムは、そのための最も効果的なアプローチの一つです。私たちXIMIX (NI+C) は、長年のSIerとしての経験を活かし、お客様の状況に合わせたご支援しています。

まずは小さなインシデントからでも、今回ご紹介した「非難なき」振り返りを試してみてはいかがでしょうか。その一歩が、より強く、しなやかな組織とシステムを築くための確かな礎となるはずです。

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