【入門編】SREとは?ビジネスを止めないためのサイト信頼性エンジニアリング

 2025,07,14 2025.11.11

はじめに

デジタルトランスフォーメーション(DX)が加速する現代において、Webサイトや業務システムといったITサービスの安定稼働は、ビジネスの生命線と言っても過言ではありません。しかし、その「当たり前」を維持し、さらにビジネスを成長させるための攻めのIT投資を両立させることに、多くの企業が課題を抱えています。

「開発チームは新機能を早くリリースしたいが、運用チームはシステムの安定性を最優先したい」——このような組織間の対立が、ビジネスのボトルネックになってはいないでしょうか。

この記事では、こうした課題を解決するアプローチとして「SRE(Site Reliability Engineering:サイト信頼性エンジニアリング)」について、その基本から解説します。

本記事を最後までお読みいただくことで、以下の点が明確になります。

  • SREの基本的な概念と目的

  • 混同されがちな「DevOps」との本質的な違い

  • SREを実践する「SREエンジニア」の役割と必要なスキル

  • SREがビジネスにもたらす具体的な価値とメリット

  • SRE導入を成功させるための具体的なステップ

システムの安定運用とビジネスの加速という、一見相反する目標をいかにして両立させるのか。その答えがSREにあります。

SRE(Site Reliability Engineering)とは?

SRE(サイト信頼性エンジニアリング)とは、ソフトウェアエンジニアリングの手法を用いて、ITシステムの運用・管理を自動化し、信頼性を高めるためのアプローチです。

元々Google社内で実践されていた、システムの信頼性を維持・向上させるための方法論であり、文化でもあります。その核心は、従来の手作業や属人化に頼りがちだった「運用(Ops)」の世界に、ソフトウェア開発(Dev)のプラクティス(自動化、コード化、計測)を持ち込む点にあります。

SREの目的:サービスの信頼性と開発速度の両立

従来、システムの運用は手作業による設定変更や、障害発生後の場当たり的な対応(モグラ叩き)が中心でした。しかし、Googleが抱えるような大規模かつ複雑なシステムでは、こうした従来型の運用はすぐに限界を迎えます。

そこでGoogleは、インフラのコード化、自動化、そして計測といったソフトウェア開発の手法を運用業務に全面的に導入しました。これにより、システムの信頼性を客観的なデータに基づいて管理し、継続的に改善していくための仕組みを構築したのです。

SREが目指すのは、単にシステムを安定稼働させることだけではありません。その最終的な目的は、「サービスの信頼性を担保しながら、開発の速度を最大化する」ことにあります。

安定性を求める運用チームと、迅速性を求める開発チーム。SREは、この両者の間に「信頼性」という共通の目標とルールを設けることで、対立構造を解消し、ビジネス全体のゴールに向かって協力する体制を築きます。

なぜ、多くの企業でSREが注目されるのか?

Googleで生まれたSREが、なぜ今、多くの日本企業にとって重要な経営課題となっているのでしょうか。その背景には、DX推進に伴うビジネス環境の劇的な変化があります。

①DX推進で複雑化・巨大化するシステム

クラウドネイティブ技術やマイクロサービスの普及により、現代の企業システムはますます複雑化・巨大化しています。コンテナ技術やサーバーレスアーキテクチャの採用は、俊敏性を高める一方で、管理すべきコンポーネントを爆発的に増加させ、従来の手作業による運用管理を不可能にしつつあります。

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②ユーザー体験(UX)がビジネスの生命線に

ECサイトでの商品購入、オンラインバンキングでの取引、SaaS形式での業務アプリケーション利用など、あらゆる場面でサービスがオンラインで提供されるようになりました。システムの信頼性は顧客満足度やブランドイメージに直結する重要な要素となっています。ユーザーにとって「使いたいときに確実に使える」ことは、もはや最低限の品質要件なのです。

③攻めのIT投資を加速させるための土台作り

多くの企業は、AI活用やデータ分析といった「攻めのIT投資」で競争優位性を確立しようとしています。しかし、その土台となるITインフラが脆弱では、新しい挑戦はままなりません。SREによってシステムの信頼性を確保し、運用業務を自動化・効率化することは、エンジニアを日々の障害対応や手作業から解放し、より創造的で付加価値の高い業務へシフトさせるための不可欠なステップです。

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SREとDevOpsは何が違うのか?

SREとしばしば混同される言葉に「DevOps」があります。両者は密接に関連していますが、その焦点には明確な違いがあります。決裁者が押さえるべき本質的な違いを解説します。

DevOpsは「文化・哲学」、SREは「具体的な実践」

  • DevOps(デブオプス): 開発(Development)と運用(Operations)が協力し、組織のサイロ化(縦割り)をなくすことで、迅速なリリースと高い品質を実現しようとする「文化」や「哲学」を指します。CI/CDパイプラインの構築など、プロセス改善が中心となります。

  • SRE: DevOpsの理念を実現するための、Googleが提唱した「具体的な方法論・実践」です。「サービスの信頼性」という目標をデータで定義し、その達成にSREチームが明確な責任を負います。

よく「SREかDevOpsか」という二者択一で語られがちですが、これは本質的ではありません。Google自身が「SREは、DevOpsという哲学を実装するための一つの具体的な方法である」と述べている通り、両者は補完関係にあります。

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SREがDevOpsの「対立」をどう解決するか

DevOpsが目指す「開発と運用の協力」は、SREにおいて以下の仕組みで具体的に実装されます。

観点 DevOps (デブオプス) SRE (サイト信頼性エンジニアリング)
提唱するもの 開発(Dev)と運用(Ops)が協力する文化・哲学 DevOpsの理念を実現するための具体的な方法論・実践
主な関心事 組織のサイロ化をなくし、迅速なリリースを実現する サービスの信頼性をデータで定義し、維持・向上させる
責任の所在 チーム全体で品質に責任を持つ(概念的) 「信頼性」という目標に対し、SREチームが明確な責任を負う
アプローチ CI/CDパイプラインの構築など、プロセス改善が中心 SLO、エラーバジェットなど、データ駆動でのアプローチが中心

SREは、DevOpsが掲げる「開発と運用の対立構造の解消」という課題に対し、「SLO(サービスレベル目標)」と「エラーバジェット」というデータに基づく共通言語を提供することで、具体的な解決策を示したのです。

SREの仕組みを支える3つの重要コンセプト

SREは、精神論ではなく、データに基づいた具体的なプラクティスによって支えられています。ここでは、決裁者として知っておくべき3つの重要なコンセプトをご紹介します。

①SLI, SLO, SLA:信頼性を「見える化」する指標

これらは、サービスの信頼性を客観的に測定し、関係者間で合意を形成するための指標です。

  • SLI (Service Level Indicator / サービスレベル指標):

    サービスの信頼性を測るための具体的な測定項目です。例:「リクエストの応答時間」「エラー率」「システムの可用性(稼働率)」。

  • SLO (Service Level Objective / サービスレベル目標):

    SLIに対して設定する目標値です。例:「月間の稼働率を99.95%に保つ」「リクエストの99%を200ミリ秒以内に返す」。これは開発チームと運用チーム(SREチーム)の共通のゴールとなります。

  • SLA (Service Level Agreement / サービスレベル合意):

    SLOが未達だった場合に、顧客に対して行われる契約上の取り決め(返金など)です。SLAは通常、ビジネス的な取り決めであり、SREが直接注力するSLOよりも緩やかな値に設定されます。

SREでは、このSLOをビジネスの要求と照らし合わせて現実的なレベルで設定することが極めて重要です。100%の信頼性は非現実的であり、過剰な信頼性はコストを増大させ、開発のスピードを犠牲にするからです。

②エラーバジェット:「許容できる失敗」が挑戦を促す

エラーバジェット(Error Budget)は、SREの最も独創的なコンセプトの一つです。「100% - SLO」で計算されるこの値は、「許容できるサービスの停止時間やエラーの量」を意味します。

例えば、SLOが99.95%の場合、エラーバジェットは0.05%となります。開発チームはこの「予算」の範囲内であれば、新しい機能のリリースや意欲的なシステムの変更といった、リスクを伴う挑戦が許されます。

しかし、障害の発生などによってエラーバジェットを使い切ってしまった場合、新たな機能リリースは凍結され、開発チームとSREチームは信頼性の改善(障害の原因究明、再発防止策の実装)に共同で注力しなければなりません。

これにより、開発のスピードと信頼性のバランスを、感情論(「安定第一」vs「早く出せ」)ではなく、データに基づいて合理的にコントロールすることが可能になります。

③トイルの削減:自動化による反復作業の撲滅

トイル(Toil)とは、手作業で繰り返される、拡張性のない運用業務を指します。SREでは、以下のような特徴を持つ作業をトイルと定義します。

  • 手作業である(自動化されていない)

  • 反復的である

  • サービスの成長に比例して作業量が増える

  • 長期的な価値を生まない(一時しのぎの対応)

例えば、手動でのサーバー再起動、定型的なアラート対応、レポート作成などがこれにあたります。

SREは、こうしたトイルを徹底的に自動化し、削減することを目指します。SREエンジニアは、業務時間の多くをコーディングや自動化ツールの開発に費やすことが推奨されます。トイルを削減することで、エンジニアはより創造的な課題解決に時間を使えるようになり、ヒューマンエラーによる障害も減少します。

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SREエンジニアの役割と求められるスキル

SREは概念であると同時に、それを実践する専門の「役割」または「チーム」を指します。SREを成功させるには、従来の運用担当者とも開発者とも異なる、特有のスキルセットが求められます。

SREエンジニアの主な役割と業務内容

SREエンジニアは「信頼性の番人」であり、その業務は多岐にわたります。

  • SLI/SLOの設計と監視: ビジネス要件を理解し、適切な信頼性指標(SLI)と目標(SLO)を定義・監視します。

  • トイルの削減と自動化: 手作業の運用業務(トイル)を特定し、それを自動化するためのツールやスクリプトを開発します。

  • 障害対応と事後分析(ポストモーテム): 障害発生時の対応(オンコール)を主導し、再発防止のために「誰かを非難しない」文化に基づいた事後分析レポートを作成します。

  • システムの設計・構築: 開発チームと協力し、システム設計の段階から信頼性やスケーラビリティを担保するためのレビューや提案を行います。

  • キャパシティプランニング: サービスの成長を予測し、必要なITリソース(サーバー、ネットワークなど)を計画的に確保します。

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SREエンジニアに求められるスキルセット

SREエンジニアは、開発と運用の両方の領域にまたがる高度なスキルが求められます。

  1. ソフトウェア開発スキル(Dev):

    トイルを削減するための自動化ツールを開発する能力が不可欠です。プログラミング言語(Python, Goなど)や、IaC(Infrastructure as Code)ツールに関する知識が求められます。

  2. システム・インフラ運用スキル(Ops):

    OS、ネットワーク、データベース、クラウドプラットフォーム(Google Cloud, AWS, Azure)など、インフラ全般に関する深い知識と、障害発生時のトラブルシューティング能力が必要です。

  3. ソフトスキル:

    SREは開発チーム、運用チーム、時には経営層ともコミュニケーションをとる必要があります。SLOの合意形成を行う交渉力、事後分析をリードするファシリテーション能力、データに基づき合理的に説明する能力が重要です。

SRE導入がもたらすビジネス上の具体的なメリット

SREの導入は、単なるIT部門の効率化に留まらず、企業経営全体に大きなメリットをもたらします。

①収益機会の損失を防ぎ、顧客満足度を向上

システム障害によるサービス停止は、ECサイトの売上減や、SaaSの解約といった直接的な収益機会の損失に繋がります。SREによってシステムの信頼性が向上すれば、これらの機会損失を防ぎ、安定したサービス提供による顧客満足度・ロイヤルティの向上が期待できます。

②エンジニアの生産性を高め、イノベーションを促進

障害対応や手作業(トイル)から解放されたエンジニアは、新機能開発やサービスの改善といった、ビジネス価値に直結する業務に集中できます。エラーバジェットの仕組みは、安全な範囲での「挑戦」を許容し、開発サイクルを短縮させ、市場の変化に迅速に対応できるアジャイルな組織体制を育みます。

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③データに基づいた合理的な意思決定が可能に

SLOやエラーバジェットといった客観的なデータは、「新機能のリリースを強行すべきか、信頼性の改善を優先すべきか」といった難しい判断を、感情論ではなくデータに基づいて行うことを可能にします。これは、IT投資の優先順位付けなど、経営層の合理的な意思決定を強力にサポートします。

Google Cloudで実現するSREの実践

SREの概念はプラットフォームに依存しませんが、提唱者であるGoogleが提供するGoogle Cloudは、SREを実践するための強力なツール群を備えています。

①観測性の確保:Cloud Monitoring, Cloud Logging

SREの基本は、システムのあらゆる状態を測定し、可視化すること(観測性)です。Google Cloud の Cloud Monitoring は、SLI/SLOを簡単に設定・追跡する機能(SLO Monitoring)を標準で提供します。

また、Cloud Logging と組み合わせることで、膨大なログデータからシステムの健全性をリアルタイムに把握し、アラート設定や分析を容易にします。

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②自動化の推進:Cloud Build, Artifact Registry

CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デプロイメント)は、トイル削減と迅速なリリースに不可欠です。

Cloud Build はビルド、テスト、デプロイのプロセスを自動化し、Artifact Registry はコンテナイメージなどのアーティファクトを一元管理することで、安全で一貫性のあるデプロイメント(エラーバジェット内でのリリース)を実現します。

③障害の予兆検知:Vertex AIによるAIOpsの可能性

近年では、AIを活用してIT運用を高度化する「AIOps」が注目されています。Google CloudのAIプラットフォームである Vertex AI を活用すれば、過去の膨大なモニタリングデータやログを分析し、人間では気づけないような障害の予兆を検知したり、原因究明を支援したりといった、よりプロアクティブな信頼性管理が可能になります。

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SRE導入を成功させるための具体的なステップと注意点

SREは強力なアプローチですが、その導入は「文化変革」そのものであり、一朝一夕にはいきません。成功のためには、現実的なステップと注意点を理解しておく必要があります。

陥りやすい罠:ツールの導入が目的化してしまう

SRE導入において最も陥りやすい失敗は、Cloud Monitoring のような監視ツールを導入しただけで満足してしまうことです。

SREの本質はツールではなく、「信頼性」を共通言語とする組織文化の変革にあります。ツールはあくまでその文化を支える手段に過ぎません。

ステップ①:SREチームの編成と文化の醸成

全社一斉にSREを導入しようとすると、既存の組織からの反発や混乱を招きがちです。まずは、SREの理念に共感し、ソフトウェア開発スキルと運用知識の両方を持つ(あるいは意欲のある)人材を集め、小さなSREチーム(またはワーキンググループ)を編成することから始めます。このチームがSRE文化の伝道師となります。

ステップ②:スモールスタートでSLOを策定する

いきなり全てのサービスにSLOを導入するのではなく、まずはビジネス上最も重要なサービスを1つ(あるいは、失敗が許容されやすい新規サービスを1つ)選びます。そのサービスにおいて、ユーザーが何を最も重要視しているか(例:応答速度、稼働率)を分析し、最初のSLI/SLOを設定します。最初は完璧を目指さず、「計測を始めること」が重要です。

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ステップ③:観測性を確保し、トイルの削減に着手する

SLOを設定したら、それを測定するための監視ツール(Cloud Monitoringなど)を導入し、ダッシュボードで「観測可能」な状態にします。同時に、SREチームは既存の運用業務を棚卸しし、最も時間がかかっている手作業(トイル)を特定し、その自動化に着手します。

XIMIXによる支援案内

SRE導入は、技術的な専門知識と、組織変革を推進するノウハウの両方が求められます。

私たち『XIMIX』は、Google Cloudの深い知見を持つ専門家集団として、数多くの中堅・大企業のDXをご支援してきました。その経験に基づき、Google Cloudを活用したSRE実践のための技術的な環境設計・構築はもちろんのこと、お客様に伴走しながらトータルでサポートします。

SRE導入に関するご相談や、自社の現状アセスメントにご興味をお持ちでしたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。

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まとめ

本記事では、DX時代の新たな常識となりつつある「SRE」について、その基本概念からビジネス上の価値、具体的な導入ステップまでを解説しました。

  • SREは、システムの信頼性と開発速度を両立させるための、Google発の具体的な方法論です。

  • DevOpsが「文化」であるのに対し、SREはその文化を実現するための「実践」であり、SLOやエラーバジェットといったデータ駆動のアプローチを用います。

  • SREを実践する「SREエンジニア」には、開発と運用の両面にわたる高度なスキルが求められます。

  • SREの導入は、顧客満足度の向上やイノベーションの促進といった、直接的なビジネス価値に繋がります。

  • 導入成功の鍵は、単なるツール導入に留まらず、スモールスタートで「文化変革」として取り組むことです。

SREは、もはや一部の巨大テック企業だけのものではありません。システムの信頼性がビジネスの根幹をなす全ての企業にとって、検討すべき重要な経営戦略です。この記事が、貴社のビジネスをさらに加速させるための一助となれば幸いです。


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