はじめに
企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進において、クラウドサービスの活用はもはや不可欠な要素となっています。柔軟性、拡張性、コスト効率といったメリットを享受できる一方、「セキュリティは大丈夫だろうか?」という懸念を持つ方も少なくないでしょう。
特に、「クラウドのセキュリティは、サービス提供事業者がすべて担保してくれるのでは?」という誤解が、思わぬセキュリティリスクを招くことがあります。実は、クラウド環境の安全性を確保するためには、サービス提供事業者と利用企業がそれぞれの責任範囲を正しく理解し、適切な対策を講じることが極めて重要です。
この記事では、クラウドセキュリティの基本的な考え方である「責任共有モデル」に焦点を当て、特にクラウド利用の第一歩を踏み出す企業や、改めて基本を確認したい担当者の方に向けて、以下の点を分かりやすく解説します。
- なぜクラウドセキュリティにおいて「責任共有モデル」の理解が重要なのか
- サービスモデル(IaaS, PaaS, SaaS)による責任範囲の違い
- 利用企業が責任を持つべき具体的なセキュリティ対策
- Google Cloud における責任共有モデルの考え方
この記事を読むことで、自社がクラウド環境で担うべきセキュリティ責任を明確に理解し、取るべき対策の第一歩を踏み出すことができます。安全なクラウド活用によるDX推進のために、ぜひご一読ください。
クラウドセキュリティと「責任共有モデル」の基本
クラウドサービスを利用する上で、まず理解しておくべきなのが「責任共有モデル(Shared Responsibility Model)」という考え方です。これは、クラウド環境のセキュリティを維持するための責任を、クラウドサービスを提供する事業者(ベンダー)と、そのサービスを利用する企業(ユーザー)とで分担するという概念です。
「クラウド=ベンダーが全て管理してくれる」というイメージがあるかもしれませんが、実際には、提供されるサービスの形態によって、ユーザーが責任を持つべき範囲は異なります。この責任分担の境界線、いわば「責任分界点」を正しく認識しないままクラウドを利用すると、セキュリティ設定の不備や対策漏れが生じ、情報漏洩や不正アクセスといった重大なインシデントにつながる可能性があります。
例えば、自社で物理的なサーバーを管理・運用するオンプレミス環境では、サーバー機器の管理からOS、ミドルウェア、アプリケーション、データに至るまで、すべて自社でセキュリティ責任を負います。しかし、クラウドサービスでは、その一部をベンダーが担うことになるのです。
DXを推進し、クラウドのメリットを最大限に引き出すためには、この責任共有モデルを前提としたセキュリティ対策が不可欠と言えるでしょう。
サービスモデル別に見る責任範囲の違い (IaaS, PaaS, SaaS)
クラウドサービスは、提供されるリソースの範囲によって、主に以下の3つのサービスモデルに分類されます。そして、どのモデルを利用するかによって、ユーザーが負うべきセキュリティ責任の範囲も変わってきます。
関連記事:【クラウド導入の基本】いまさら聞けないIaaS・PaaS・SaaSの違い - 特徴から最適な選び方まで
IaaS (Infrastructure as a Service)
- 概要: サーバー、ストレージ、ネットワークといったITインフラ(基盤)を提供するサービス。ユーザーはOS以上のレイヤー(OS、ミドルウェア、アプリケーション、データ)を自由に構築・管理できます。
- ベンダーの責任範囲: 物理的なデータセンター、サーバー機器、ネットワークインフラなどの物理的なセキュリティ。
- ユーザーの責任範囲: OS、ミドルウェア、ランタイム、アプリケーション、データ、アクセス権限管理、ネットワーク設定(ファイアウォールなど)、脆弱性対策など、インフラより上の広範な領域。
- 例: AWS EC2, Google Compute Engine, Microsoft Azure Virtual Machines
IaaSは自由度が高い反面、ユーザーが責任を持つべきセキュリティ範囲が最も広くなります。OSのパッチ適用やミドルウェアの設定、アプリケーションの脆弱性対策など、オンプレミス環境に近いレベルでのセキュリティ管理が必要です。
PaaS (Platform as a Service)
- 概要: アプリケーション開発・実行環境(プラットフォーム)を提供するサービス。OSやミドルウェアはベンダーが管理し、ユーザーは主にアプリケーション開発とデータ管理に集中できます。
- ベンダーの責任範囲: IaaSの範囲に加え、OS、ミドルウェア、ランタイム環境の管理・セキュリティ。
- ユーザーの責任範囲: アプリケーション、データ、アクセス権限管理、アプリケーションレベルのセキュリティ設定など。
- 例: Google App Engine, AWS Elastic Beanstalk, Microsoft Azure App Service
PaaSでは、OSやミドルウェアの管理・セキュリティはベンダーに任せられるため、IaaSに比べてユーザーの運用負荷は軽減されます。しかし、開発したアプリケーション自体の脆弱性対策や、データ管理、アクセス制御などは、引き続きユーザーの責任となります。
SaaS (Software as a Service)
- 概要: ソフトウェア(アプリケーション)を提供するサービス。ユーザーはインターネット経由でソフトウェア機能を利用します。インフラからアプリケーションまで、基本的にベンダーが管理します。
- ベンダーの責任範囲: PaaSの範囲に加え、アプリケーションの管理・セキュリティ。
- ユーザーの責任範囲: データ、ユーザーアカウント管理、アクセス権限設定、サービスの設定(セキュリティ関連設定を含む)、クライアント端末のセキュリティなど。
- 例: Google Workspace, Microsoft 365, Salesforce
SaaSは、ユーザーがインフラやアプリケーション開発を意識する必要がなく、最も手軽に利用できるモデルです。しかし、「SaaSだからセキュリティは全てお任せ」というわけではありません。データの管理責任(どのような情報をSaaS上で扱うか)、アカウント管理(誰に利用を許可し、どのような権限を与えるか)、サービスの設定(用意されているセキュリティ機能を適切に設定・利用するか)などは、ユーザーが責任を持って行う必要があります。
このように、利用するサービスモデルによって責任範囲は大きく異なります。自社がどのモデルのサービスを利用しているか、あるいはこれから利用しようとしているかを把握し、それに応じたセキュリティ対策を計画することが重要です。
ユーザーが責任を持つべき主なセキュリティ対策
サービスモデルに関わらず、クラウド利用においてユーザーが共通して責任を持つべき、あるいは特に注意すべきセキュリティ対策領域がいくつかあります。ここでは代表的なものを挙げ、入門レベルで理解すべきポイントを解説します。
1. ID・アクセス管理 (IAM: Identity and Access Management)
- なぜ重要か? クラウドサービスへのアクセス権限を適切に管理することは、不正アクセスや内部不正による情報漏洩を防ぐ基本中の基本です。
- 具体的な対策例:
- 最小権限の原則: ユーザーやプログラムには、業務に必要な最低限の権限のみを付与する。
- 強固な認証: 推測されにくいパスワードの設定、多要素認証(MFA)の導入を検討・実施する。
- 定期的な棚卸し: 不要になったアカウントや権限を定期的に見直し、削除する。
- 特権ID管理: 管理者などの強い権限を持つアカウントは厳格に管理する。
2. データ保護
- なぜ重要か? クラウド上に保存・処理するデータ、特に機密情報や個人情報を保護することは、企業の信頼維持に直結します。
- 具体的な対策例:
- データの分類: 扱うデータの機密度に応じて、適切な保護レベルを設定する。
- 暗号化: 保管時(at rest)および通信時(in transit)のデータ暗号化を実施する。多くのクラウドサービスでは暗号化機能が提供されていますが、設定や鍵管理はユーザー責任となる場合があります。
- バックアップと復旧: データの損失に備え、定期的なバックアップと復旧手順を確立する。
3. 設定管理と脆弱性対策
- なぜ重要か? クラウドサービスの設定ミス(例: ストレージの公開設定誤り)や、OS・ミドルウェア・アプリケーションの脆弱性を放置することは、攻撃者に侵入の隙を与えます。
- 具体的な対策例:
- 安全な構成: クラウドサービスやOS、ミドルウェアを、セキュリティベストプラクティスに従って設定する。
- 設定ミスの検知: 設定変更の監視や、設定監査ツールを活用する。
- 脆弱性スキャン: 定期的に脆弱性スキャンを実施し、発見された脆弱性に速やかに対処(パッチ適用など)する。特にIaaSやPaaSを利用する場合は重要です。
4. ログ監視とインシデント対応
- なぜ重要か? 不正アクセスやマルウェア感染などのセキュリティインシデントを早期に検知し、迅速に対応するためには、ログの監視体制が不可欠です。
- 具体的な対策例:
- ログ収集と分析: クラウドサービスやOS、アプリケーションのログを収集し、異常がないか監視・分析する体制を構築する。
- アラート設定: 不審なアクティビティを検知した場合にアラートが通知されるよう設定する。
- インシデント対応計画: インシデント発生時の対応手順(報告、調査、封じ込め、復旧など)を事前に策定しておく。
これらの対策は、あくまで代表的なものです。実際には、利用するクラウドサービス、扱うデータの種類、業界の規制などに応じて、より詳細かつ多層的な対策が必要となります。
Google Cloud における責任共有モデル
Google Cloud も、他の主要なクラウドプラットフォームと同様に、責任共有モデルを採用しています。Google は、データセンターの物理的なセキュリティから、ネットワークインフラ、ハイパーバイザーに至るまで、堅牢な基盤セキュリティを提供しています。
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例えば、Google Workspace (SaaS) を利用する場合、Google はアプリケーションレベルのセキュリティやインフラの管理に責任を持ちますが、ユーザー側では、適切な共有設定、ユーザーアカウント管理、パスワードポリシー、データの分類と管理などに責任を持つ必要があります。
一方、Google Compute Engine (IaaS) を利用する場合は、Google はインフラの保護に責任を持ちますが、ユーザーは、OSのパッチ適用、セキュリティ設定、インストールするソフトウェアの脆弱性管理、ネットワークファイアウォールの設定、データの保護など、より広範な責任を負います。
Google Cloud は、ユーザーが責任範囲内のセキュリティ対策を実施できるよう、以下のような豊富なセキュリティ機能やサービスを提供しています。
- Identity and Access Management (IAM): 詳細なアクセス権限管理
- Cloud Logging / Cloud Monitoring: ログの収集、監視、アラート
- Security Command Center: セキュリティ状況の可視化、脅威検知、脆弱性スキャン
- ファイアウォール ルール: ネットワークトラフィック制御
- Cloud Storage の暗号化: データ保管時の自動暗号化
これらのツールを効果的に活用することで、ユーザーは自社の責任範囲におけるセキュリティリスクを低減できます。しかし、これらのツールを「適切に設定し、運用する」こと自体がユーザーの責任である点を忘れてはなりません。
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ここまで解説してきたように、クラウドセキュリティは「責任共有モデル」に基づき、利用企業側にも適切な対策が求められます。しかし、
- 「自社の責任範囲が具体的にどこまでなのか判断が難しい」
- 「どのような対策を、どのレベルで実施すれば良いのかわからない」
- 「セキュリティ対策を実施するための専門知識や人材が不足している」
といった課題を感じている企業も少なくないでしょう。特に、DX推進を加速させたい中堅〜大企業においては、セキュリティの確保はビジネス継続性の観点からも極めて重要です。
私たち XIMIX は、Google Cloud および Google Workspace の導入・活用支援サービスです。多くの企業様のクラウド活用をご支援してきた豊富な経験と実績に基づき、お客様の状況に合わせた最適なセキュリティ対策をご提案・実装します。
XIMIX が提供できる価値:
- セキュリティアセスメント: お客様のクラウド利用状況や要件に基づき、セキュリティリスクを評価し、責任共有モデルにおける責任範囲を明確化します。
- セキュリティポリシー策定支援: お客様のビジネスや規制要件に合わせたセキュリティポリシーやガイドラインの策定を支援します。
- ィソリューション導入・設定: Google Cloud が提供するセキュリティ機能を最大限に活用し、お客様の環境に合わせた適切な設定・実装を行います (IAM設計、ネットワークセキュリティ、ログ監視設定など)。
責任共有モデルを正しく理解し、自社で担うべき対策を着実に実施することは、安全なクラウド活用、ひいてはDX成功の鍵となります。しかし、その道のりは複雑で、専門的な知見が求められる場面も多々あります。
もし、クラウドセキュリティに関して少しでも不安や課題をお持ちでしたら、ぜひ一度XIMIXにご相談ください。お客様のビジネスを守り、攻めのDXを加速させるための最適なセキュリティ戦略を共に考え、実現いたします。
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まとめ
本記事では、クラウドセキュリティの基本となる「責任共有モデル」について、その重要性、サービスモデル別の責任範囲、そしてユーザーが取るべき具体的な対策について解説しました。
- クラウドセキュリティは、ベンダーとユーザーが責任を分担する「責任共有モデル」に基づいている。
- 利用するサービスモデル(IaaS, PaaS, SaaS)によって、ユーザーの責任範囲は異なる。
- ユーザーは、ID・アクセス管理、データ保護、設定管理、脆弱性対策、ログ監視など、自社の責任範囲における対策を適切に講じる必要がある。
- Google Cloud も責任共有モデルを採用しており、豊富なセキュリティ機能を提供しているが、それらを適切に設定・運用するのはユーザーの責任である。
クラウドの利便性を享受しながら安全性を確保するためには、この責任共有モデルを正しく理解し、自社が担うべき責任を果たすことが不可欠です。
DX推進においてクラウド活用は強力な武器となりますが、セキュリティ対策が不十分では、その効果を十分に発揮できません。本記事が、貴社の安全なクラウド活用に向けた第一歩となれば幸いです。より具体的な対策や、自社の状況に合わせたセキュリティ戦略にご関心のある方は、ぜひ専門家への相談もご検討ください。
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