はじめに
「デジタルトランスフォーメーション(DX)推進のため、クラウド導入を本格的に検討している」 「IaaS、PaaS、SaaSといった言葉は聞くが、それぞれの違いが明確に理解できていない」 「結局のところ、自社の目的を達成するにはどのサービスを選べば良いのだろうか?」
企業のDX推進が不可欠となる現代において、多くの企業のIT担当者様や決裁者様がこのような疑問やお悩みを抱えています。特に、既存システムとの連携や全社的なガバナンスが求められる中堅〜大企業にとって、クラウドサービスの選定は極めて重要な経営判断です。
クラウドサービスは、提供される機能や管理範囲によって、大きくIaaS (イァース)、PaaS (パース)、SaaS (サース) の3種類に分類されます。これらの違いを正しく理解し、自社の目的やIT環境、技術スキルに合わせて最適なサービスを選択することが、クラウド導入成功の第一歩です。
本記事では、数多くの企業のクラウド導入をご支援してきたNI+C(XIMIX)の知見に基づき、クラウドの基本的な概念から、IaaS・PaaS・SaaSそれぞれの特徴、メリット・デメリット、そして自社に最適なサービスを選ぶための実践的なポイントまで、分かりやすく解説します。
クラウドコンピューティングの基本
まず、IaaS・PaaS・SaaSを理解する前提となる「クラウドコンピューティング」の基本をおさらいしましょう。
オンプレミスとの決定的な違い
従来、企業がシステムを構築する際は、自社内にサーバー等のハードウェアを設置・運用する「オンプレミス」が主流でした。
これに対し「クラウドコンピューティング」は、インターネットを経由して、外部のサービス事業者が提供するITリソース(サーバー、ストレージ、ソフトウェアなど)を利用する形態です。物理的な機器を自社で保有・管理する必要がなく、必要な時に必要な分だけリソースを利用できる点が最大の特徴です。
関連記事:
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一目でわかる!IaaS・PaaS・SaaSの違い
3つのサービス形態の最も大きな違いは、「誰が・どこまで管理するか」という管理範囲(責任範囲)にあります。
この違いを、身近な「オフィスビル」に例えてみましょう。
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IaaS (Infrastructure as a Service): 土地とインフラ(電気・水道・ガス)を借りるイメージです。建物の設計や内装、家具の配置はすべて自由に行えますが、その分、建物の建設から管理まですべて自分たちで行う必要があります。
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PaaS (Platform as a Service): 内装工事前のオフィス区画を借りるイメージです。建物の骨格や電気・空調設備は用意されているため、壁紙や床材を選び、家具を配置するだけで事業を開始できます。設計の自由度はある程度制限されますが、建物の維持管理はビル側が行ってくれます。
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SaaS (Software as a Service): 家具付きのサービスオフィスを借りるイメージです。デスクや椅子、インターネット環境まですべて整っており、契約すればすぐに業務を開始できます。手軽な一方で、部屋のレイアウトや備え付けの家具を自由に変更することはできません。
このように、SaaSに近づくほどユーザー側の管理負担は減りますが、自由度は低くなります。逆にIaaSは自由度が高い分、ユーザーが管理すべき範囲が広くなります。この「管理範囲の違い」が、各サービスの特徴やメリット・デメリット、そして最適な用途に繋がっていきます。
IaaS (Infrastructure as a Service) とは?
IaaSは「Infrastructure as a Service」の略で、サーバー、ストレージ、ネットワークといったITインフラをインターネット経由で提供するサービスです。
特徴:高い自由度と柔軟性
ユーザーは提供されたインフラ上に、OSやミドルウェア、アプリケーションを自由にインストールして利用できます。オンプレミス環境に最も近い構成をクラウド上で実現できるため、既存システムからの移行がしやすいという利点があります。
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メリット:
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設計の自由度が非常に高い: OSやミドルウェアを自由に選択でき、独自のシステム要件にも対応しやすい。
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インフラ管理からの解放: 物理的な機器の購入や保守、データセンターの管理が不要になる。
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柔軟なリソース調整: ビジネスの需要に応じて、CPUやメモリ、ストレージのスペックを迅速に変更できる。
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デメリット:
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高度な専門知識が必須: OS以上のレイヤー(ミドルウェア、セキュリティ設定、アプリケーションなど)は全てユーザーの管理責任となり、専門スキルを持つ人材が必要。
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運用負荷が高い: OSのアップデートやパッチ適用、セキュリティ対策などを自社で行う必要がある。
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こんなケースに最適
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既存のオンプレミス環境を、構成を大きく変えずにクラウドへ移行したい場合
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独自の開発環境や特殊なソフトウェアを利用したい場合
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アクセス数の変動が激しいWebサイトや、大規模なデータ処理基盤を構築したい場合
代表的なサービスには、Google Cloudの「Compute Engine」、Amazon Web Services (AWS) の「Amazon EC2」などがあります。
関連記事:Compute Engine(GCE)とは?仮想サーバーの基本からメリット、用途まで【入門編】
PaaS (Platform as a Service) とは?
PaaSは「Platform as a Service」の略で、アプリケーションの開発・実行に必要なプラットフォーム(環境)を提供するサービスです。
特徴:開発効率の最大化
IaaSのインフラに加え、OS、ミドルウェア、データベース、開発ツールといった環境一式が提供されます。開発者はインフラやOSの管理をサービス事業者に任せ、アプリケーションの開発そのものに集中できます。
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メリット:
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開発のスピードアップ: 開発環境の構築が不要なため、すぐにコーディングを開始でき、開発期間を大幅に短縮できる。
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運用負荷の大幅な軽減: インフラ、OS、ミドルウェアの管理や保守を気にする必要がない。
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開発への集中: 開発者が本来注力すべきアプリケーションの価値向上にリソースを集中できる。
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デメリット:
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ベンダーロックインのリスク: 特定のPaaSに最適化して開発すると、他のクラウド環境への移行が困難になる可能性がある。
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自由度の制限: 提供される開発言語やミドルウェア、フレームワークが限定される場合がある。
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関連記事:クラウドの「ベンダーロックイン」とは?回避戦略とDX推進における基礎知識
こんなケースに最適
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Webアプリケーションやモバイルアプリを迅速に開発し、市場に投入したい場合
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開発環境の構築・管理コストを削減したい場合
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インフラ管理の専門家が社内にいないが、自社でアプリケーション開発は行いたい場合
SaaS (Software as a Service) とは?
SaaSは「Software as a Service」の略で、特定の機能を持つ完成されたソフトウェアをインターネット経由で提供するサービスです。最も身近なクラウドサービスと言えるでしょう。
特徴:導入の手軽さと運用の容易さ
ユーザーはアカウントを契約するだけで、すぐにソフトウェアの機能を利用できます。ソフトウェアのインストールやアップデート、インフラの保守管理はすべてサービス事業者が行います。
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メリット:
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即時導入・利用が可能: PCとインターネット環境さえあれば、場所やデバイスを問わずすぐに利用を開始できる。
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管理が一切不要: ソフトウェアのアップデートやセキュリティ対策は自動で行われ、ユーザー側の運用負担はない。
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コスト管理が容易: 多くは月額・年額の利用者数に応じたサブスクリプションモデルで、コスト予測がしやすい。
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デメリット:
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カスタマイズ性の低さ: 提供される機能やデザインの範囲内でしか利用できず、原則として個別カスタマイズはできない。
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連携の課題: 複数のSaaSを利用する場合、サービス間のデータ連携がスムーズに行えないことがある。
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こんなケースに最適
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メール、グループウェア、Web会議システムなどのコミュニケーションツールを導入したい場合
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CRM(顧客管理)、SFA(営業支援)、会計ソフトなど、特定の業務を効率化したい場合
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専門的なソフトウェアを、管理の手間なくすぐに利用したい場合
代表的な例として、 Google Workspace(Gmail, Google Drive, Google Meetなど) や、Salesforce、Microsoft 365などが挙げられます。
関連記事:改めて知りたい「Google Workspace とは」- 機能・メリット・活用法をDX視点で解説
【一覧比較】IaaS・PaaS・SaaSの相違点まとめ
ここまでの内容を比較表で整理します。「ユーザーが管理する範囲」と「サービス事業者が管理する範囲」の違いに注目してください。
項目 |
IaaS (Infrastructure as a Service) |
PaaS (Platform as a Service) |
SaaS (Software as a Service) |
オンプレミス |
概要 |
ITインフラを提供 |
アプリ開発・実行環境を提供 |
ソフトウェア機能を提供 |
すべて自社で保有・管理 |
身近な例え |
土地とインフラを借りる |
内装工事前のオフィスを借りる |
家具付きオフィスを借りる |
自宅を建てる |
ユーザー管理範囲 |
アプリケーション、データ、ミドルウェア、OS |
アプリケーション、データ |
基本的に設定のみ |
すべて |
事業者管理範囲 |
ネットワーク、ストレージ、サーバー、仮想化 |
ネットワーク~OSまで |
ネットワーク~アプリケーションまで |
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自由度・柔軟性 |
高い |
中程度 |
低い |
最も高い |
導入の手軽さ |
専門知識が必要 |
比較的容易 |
非常に容易 |
時間とコストがかかる |
適した用途 |
既存システム移行、開発・検証環境 |
Webアプリ開発、データ分析基盤 |
業務ツール、顧客管理(CRM)など |
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代表的なサービス (Google Cloud) |
Compute Engine |
App Engine, Cloud Run, GKE |
Google Workspace |
- |
自社に最適なクラウドサービスを選ぶための5つのポイント
各サービスの特徴を理解した上で、自社に最適な選択をするためには、以下の5つのポイントを総合的に検討することが不可欠です。
① クラウド利用の目的と要件を明確にする
最も重要なのは「クラウドで何を達成したいのか?」という目的を具体化することです。 「サーバーのコストと運用負荷を削減したい」のであればIaaS、「新しいWebサービスを迅速に立ち上げたい」ならPaaS、「情報共有を活性化させたい」ならSaaS、といったように目的によって最適な選択肢は自ずと絞られます。
関連記事:DXにおける適切な「目的設定」入門解説 ~DXを単なるツール導入で終わらせないために~
② 必要なカスタマイズ性と自由度を判断する
オンプレミス環境と同等の自由な構成が必要な場合はIaaSが適しています。一方、標準的な機能で十分であり、すぐに利用を開始したい場合はSaaSが最適です。多くの企業様では、この中間であるPaaSが開発効率と運用負荷のバランスに優れているケースも少なくありません。
③ 社内の技術スキルと運用体制を見極める
IaaSを運用するには、サーバーやネットワーク、セキュリティに関する専門スキルを持つエンジニアが不可欠です。もし、そうした人材の確保が難しい場合は、インフラ管理を事業者に任せられるPaaSやSaaSが現実的な選択肢となります。
④ セキュリティ要件と責任共有モデルを理解する
クラウドを利用する上でセキュリティは最重要項目です。前述の「管理範囲」は「責任共有モデル」とも呼ばれ、どこまでがサービス事業者の責任で、どこからがユーザーの責任になるのかを明確に定義しています。自社のセキュリティポリシーを満たせるか、業界の規制に対応できるかを確認し、ユーザー側で行うべき対策を計画する必要があります。
関連記事:改めて、クラウドセキュリティの「責任共有モデル」とは?自社の責任範囲と対策をわかりやすく解説
⑤ TCO(総所有コスト)を比較検討する
初期費用だけでなく、運用にかかる人件費や学習コストまで含めたTCO (Total Cost of Ownership) で比較検討することが重要です。一般的に、自由度が高いIaaSは運用管理コストが増加する傾向にあります。料金体系も従量課金や定額制など様々ですので、利用量や期間を予測し、予算に合わせたシミュレーションを行いましょう。
【中堅〜大企業向け】ハイブリッド/マルチクラウドという選択肢
近年、中堅〜大企業を中心に、単一のクラウドサービスだけでなく、複数のサービスを適材適所で使い分ける戦略が主流になっています。
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ハイブリッドクラウド: オンプレミス環境と特定のパブリッククラウド(IaaS/PaaS)を連携させて利用する形態です。機密性の高いデータはオンプレミスに置き、外部向けのWebシステムはクラウドで構築する、といった使い分けが可能です。
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マルチクラウド: 複数の異なるクラウドサービス(例: Google CloudとAWS)を組み合わせて利用する形態です。各クラウドの強みを活かしたり、ベンダーロックインを回避したりする目的で採用されます。
こうした高度な構成を検討する場合、各サービスの特性を深く理解し、全体を管理・統合する高度な知見が求められます。
関連記事:
マルチクラウドとシングルクラウド、それぞれのメリット・デメリットと選定のポイントを解説
マルチクラウドを加速するGoogle Cloudの真価:AWS/Azureとの最適な使い分け
クラウド選定・導入にお悩みならXIMIXへ
ここまでIaaS、PaaS、SaaSの違いと選び方を解説してきましたが、 「自社のビジネス課題に、どのサービスが最適なのか専門家の意見が聞きたい」 「具体的な導入計画やコストの試算を手伝ってほしい」 「ハイブリッドクラウドの構築など、複雑な要件に対応できるパートナーを探している」 といったお悩みをお持ちではないでしょうか。
私たちXIMIXは、Google CloudおよびGoogle Workspaceの導入・活用を支援するNI+Cの専門チームです。長年にわたるシステムインテグレーションの実績と、Google Cloudプレミアパートナーとしての高度な専門知識を活かし、お客様のビジネスを成功に導きます。
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クラウド導入アセスメント: お客様の現状とビジネスゴールを丁寧にヒアリングし、IaaS、PaaS、SaaSの中から最適なサービスの選定と、実現に向けたロードマップ策定をご支援します。
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Google Cloud 導入支援: Compute Engine (IaaS)でのインフラ構築から、App Engine (PaaS)等を用いたアプリケーション基盤、BigQueryによるデータ分析基盤の構築まで、設計から運用保守まで一貫してサポートします。
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Google Workspace導入支援: スムーズな導入はもちろん、組織への定着化や活用促進まで伴走します。
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まとめ
今回は、クラウドサービスの基本となるIaaS、PaaS、SaaSについて、それぞれの特徴と選び方のポイントを解説しました。
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IaaS: インフラを提供。自由度は最も高いが、専門的な運用スキルが必要。
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PaaS: 開発・実行プラットフォームを提供。開発効率に優れるが、環境の制約がある。
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SaaS: ソフトウェア機能を提供。導入・管理は容易だが、カスタマイズは困難。
どのサービスが最適かは、企業の目的、技術力、予算、そして将来の事業戦略によって大きく異なります。それぞれのメリット・デメリットを正しく理解し、自社の状況と照らし合わせて慎重に選択することが、DX推進、そしてビジネス成長を加速させるための鍵となります。
この記事が、皆様のクラウド活用への理解を深める一助となれば幸いです。
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