はじめに
近年、多くの企業で導入が進む Google Workspace は、ビジネスの生産性を飛躍的に向上させる一方、その利便性の裏側で悪意ある第三者によるサイバー攻撃の標的となりやすいという側面も持っています。
「自社のセキュリティ設定は本当に万全だろうか?」 「アカウント乗っ取り対策と言われても、何から手をつければ良いかわからない」
本記事は、こうした課題を抱えるDX推進担当者や情報システム管理者の方々に向け、Google Workspace のアカウント乗っ取りを防ぐための具体的なセキュリティ対策を、「なぜ必要か(リスク)」「必須の対策(基本)」「高度な対策と運用(応用)」のステップで網羅的に解説します。企業の重要な情報資産を守り、安全なDXを実現するための第一歩として、ぜひご活用ください。
アカウント乗っ取りの現実と企業が負う深刻なリスク
なぜ、Google Workspace のアカウントが執拗に狙われるのでしょうか。その理由は、そこに企業の重要な情報資産が集中しているからです。メール(Gmail)、ストレージ(Google ドライブ)、各種ドキュメントには、顧客情報、財務データ、技術情報など、漏洩すれば事業の根幹を揺るがしかねない情報が詰まっています。
実際にアカウントが乗っ取られた場合、企業は以下のような深刻なリスクに直面します。
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機密情報の漏洩: 顧客リストや開発情報が外部に流出し、損害賠償請求やブランドイメージの失墜に繋がる。
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金銭的被害: 経理担当者になりすまして不正送金を指示されたり、ランサムウェア(身代金要求型ウイルス)に感染させられたりする。
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事業の停止: データが改ざん・削除され、正常な業務遂行が不可能になる。復旧には多大なコストと時間が必要。
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信用の失墜と取引停止: セキュリティ体制の不備が露呈し、顧客や取引先からの信頼を失う。
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攻撃の踏み台化: 乗っ取ったアカウントから取引先へフィッシングメールが送信され、自社が「加害者」となってしまう。
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が発表した「情報セキュリティ10大脅威」においても、「フィッシングによる個人情報等の詐取」や「内部不正による情報漏えい」は依然として組織にとっての大きな脅威として上位に挙げられています。アカウント乗っ取りは、これらの脅威の直接的な原因となりうるのです。
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対策の土台となる3つの基本原則
具体的な設定に着手する前に、組織全体で共有すべきセキュリティの基本的な考え方があります。この土台がしっかりしているかどうかが、対策の実効性を大きく左右します。
①全てを疑う「ゼロトラスト」の概念
従来の「社内ネットワークは安全」という境界型セキュリティは、クラウドの普及した現代では通用しません。「いかなる通信も信頼しない(Never Trust, Always Verify)」というゼロトラストの考え方に基づき、全てのアクセス要求を検証し、権限を最小化することが不可欠です。Google Workspace を利用する上でも、この原則を基本にアクセス制御や認証方法を設計することが求められます。
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②一度きりで終わらない継続的な改善
サイバー攻撃の手口は日々巧妙化し、Google Workspace の機能も常に進化しています。セキュリティ対策は「一度設定すれば終わり」ではありません。最新の脅威情報を収集し、自社の設定や運用体制を定期的に見直し、改善し続ける姿勢が重要です。
③万が一に備えるインシデント対応体制
どれほど万全な対策を講じても、インシデント発生のリスクをゼロにすることはできません。アカウント乗っ取りの疑いが生じた際に、誰が、何を、どのように対応するのか。事前にインシデントレスポンスプラン(IRP)を策定し、報告体制や初動対応の手順を明確化しておくことが、被害の拡大を防ぐ鍵となります。
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【基本編】まず実践すべき必須のセキュリティ対策
ここでは、組織のセキュリティレベルを即座に引き上げるために、管理者と従業員が必ず実施すべき基本的な対策を解説します。
管理者が実行すべき必須の初期設定
従業員の意識だけに頼るのではなく、管理者側でシステム的な統制をかけることがセキュリティの第一歩です。
①セキュリティの要「多要素認証(MFA)」の利用強制
IDとパスワードだけの認証は、それらが漏洩すれば簡単に突破されます。多要素認証(MFA、Google Workspace では「2段階認証プロセス」)は、パスワード(知識情報)に加え、スマートフォンへの通知(所持情報)などを組み合わせることで、不正ログインを極めて困難にします。
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②強力なパスワードポリシーの強制
従業員が安易なパスワード(例: password123 や会社名)を設定することをシステム的に防ぎます。管理コンソールの「パスワード管理」にて、以下の設定を推奨します。
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最低文字数: 12文字以上を推奨
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複雑性: 大文字、小文字、数字、記号の使用を強制する
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パスワードの再利用: 過去に使用したパスワードの再利用を禁止する
③アクセス権限の最適化(最小権限の原則)
従業員には、その業務に必要な最低限の権限のみを付与する「最小権限の原則」を徹底します。特に、管理者権限は必要最小限の人数に限定してください。
また、退職者や異動者のアカウントを放置することは、不正アクセスの重大な温床となります。人事情報と連携し、不要になったアカウントを速やかに停止・削除する運用フローを確立することが不可欠です。
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【入門編】最小権限の原則とは?セキュリティ強化とDXを推進する上での基本を徹底解説
全従業員が実践すべき必須の対策
システム的な防御に加え、従業員一人ひとりの意識と行動が組織のセキュリティを支えます。
①巧妙化する「フィッシング詐欺」への警戒
攻撃者は、実在のサービス(Google、Microsoft、取引先など)や人物をかたって認証情報や個人情報をだまし取ろうとします。特に近年は生成AIの悪用により、極めて自然な文面のフィッシングメールも増えています。
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送信元の確認: 見慣れない相手や、普段と違う件名・文面のメールはまず疑う。
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安易なクリックの禁止: メッセージ内のリンクや添付ファイルを不用意に開かない。
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URLの目視確認: リンクにカーソルを合わせ、表示されるURLが正規のドメイン(例: google.com)か確認する。
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迷ったら報告: 少しでも怪しいと感じたら、自己判断せず情報システム部門にすぐ報告・相談する文化を醸成する。
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「ルールで縛る」から「文化で守る」組織へ。セキュリティ文化を醸成する5つのステップ
②推測されにくい「強力なパスワード」の運用
管理者がポリシーを強制しても、従業員自身の意識も重要です。
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独自性: 他のサービス(特にプライベート)とのパスワード使い回しは絶対に避ける。
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管理: 記憶に頼るのではなく、信頼できるパスワードマネージャーを活用する。
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パスキーの活用: 近年では、パスワードレス認証を実現する「パスキー」の利用も広がっています。パスキーは生体認証などを利用するため、フィッシングに強く、より安全な認証方法として推奨されます。
③安全でないWi-Fi環境での業務リスク認識
カフェやホテルなどの公共Wi-Fiは、通信が暗号化されていない場合が多く、通信内容を盗み見される危険性があります。機密性の高い情報を扱う際は利用を避けるか、必ずVPN(仮想プライベートネットワーク)を介して通信を暗号化しましょう。
④使用するデバイスとソフトウェアの最新化
利用するPCやスマートフォンのOS、Webブラウザ、セキュリティ対策ソフトは、常に最新の状態を保ちましょう。ソフトウェアの脆弱性を放置することは、攻撃者に侵入経路を与えることと同義です。
【応用編】セキュリティをさらに強化する高度な設定と運用
基本対策が完了したら、次はより高度な機能を用いて、脅威の検知と防御、そして継続的な運用体制を構築します。
①不正の兆候を早期に発見する「ログ監視とアラート」
不審なログイン(深夜や海外からのアクセスなど)や通常と異なる操作(例: 大量のデータダウンロード)を検知するため、アラートセンターや監査ログを活用した監視体制を構築します。
これにより、インシデントの兆候を早期に察知し、迅速な初動対応に繋げることができます。多くの管理者が「どこから見ればよいか分からない」と悩まれますが、まずは「ログイン監査ログ」や「管理アクティビティログ」から確認を始めるのが良いでしょう。Enterpriseエディション以上であれば、より高度な分析が可能です。
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【入門】Google Workspace 監査ログとは?基本的な確認方法とセキュリティ活用の考え方
②ゼロトラストを実現する「コンテキストアウェアアクセス」
これは、ゼロトラストの概念を具現化する強力な機能です。「誰が」アクセスしているかだけでなく、「どのような状況(コンテキスト)で」アクセスしているかに基づいて、アクセス制御を動的に変更します。
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(例)社内ネットワークからアクセスする場合は通常通り許可する。
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(例)海外や未許可のデバイスからアクセスする場合は、MFAを強制したり、アクセス自体をブロックしたりする。
これにより、利便性を損なわずにセキュリティ強度を大幅に高めることが可能です。
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Google Workspaceのコンテキストアウェアアクセスとは?セキュリティ強化の第一歩をわかりやすく解説
③情報漏洩リスクを管理する「サードパーティアプリ」の監査
従業員が各自の判断で連携を許可した外部アプリ(サードパーティアプリ)に過剰な権限(例: メールやドライブへのフルアクセス)が付与されているケースは少なくありません。
定期的に連携アプリの一覧を監査し、不要なものや信頼性の低いアプリへのアクセス許可を取り消すよう指導、または管理者側で制御する仕組み(アプリの許可リスト/ブロックリスト)が必要です。
④設定の穴を見つけるセキュリティ健全性のチェック
自社のセキュリティ設定がベストプラクティスに沿っているか、客観的な視点で評価することが推奨されます。Google が提供する「セキュリティ チェックリスト」の活用はもちろん、「セキュリティセンター」が非常に有効です。
ここでは、MFAの適用状況、パスワード強度、不審なメール設定(自動転送など)といった項目をGoogleが自動で評価し、改善点を指摘してくれます。
⑤全社の意識を底上げする「継続的なセキュリティ教育」
フィッシング詐欺の手口や社内ルールについて、定期的な教育や擬似訓練を実施することが不可欠です。技術的な対策をすり抜けるソーシャルエンジニアリングへの対抗策は、従業員の知識と意識の向上が最も効果的です。
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【入門編】社員に対するGoogle Workspaceのセキュリティ教育対策:意識向上と簡単な教育方法
高度なセキュリティ対策はパートナーの支援活用も有効
ここまで解説した対策は、Google Workspace のセキュリティを確保するために非常に重要です。しかし、中堅〜大企業においては、
「自社の設定が本当に最適化されているか、客観的な評価が欲しい」 「ログ監視やアプリ監査まで、情報システム部門のリソースが足りない」 「コンテキストアウェアアクセスやDLP(情報漏洩防止)など、高度な機能を使いこなしたい」
といった、より専門的な課題に直面することも少なくありません。
私たち XIMIX は、Google Cloud および Google Workspace のプレミアパートナーとして、長年にわたり数多くのお客様の導入から運用、セキュリティ強化までをトータルでご支援してまいりました。
豊富な実績を持つ専門家が、お客様の利用状況やビジネス要件を深く理解した上で、現状のセキュリティ診断から最適な設定のご提案、高度な機能の導入支援、継続的な運用サポート、従業員向けトレーニングまで、実践的なサービスを提供します。自社だけで対策を進めることに不安や限界を感じている場合は、ぜひ一度ご相談ください。
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まとめ
本記事では、Google Workspace のアカウント乗っ取りという深刻なリスクから企業の情報資産を守るため、管理者と従業員がそれぞれ実践すべきセキュリティ対策を、基本から応用までステップ立てて解説しました。
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基本原則: 「ゼロトラスト」を前提とし、対策は「継続的」に行い、万が一の「インシデント対応体制」を準備する。
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必須の対策: 管理者は「MFAの強制」「パスワードポリシー強化」「最小権限の原則」を徹底する。従業員は「フィッシングへの警戒」「強力なパスワード運用」を実践する。
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高度な対策: 「ログ監視」「コンテキストアウェアアクセス」「アプリ監査」などを通じて、脅威への対応力と運用体制を強化する。
今日のサイバー攻撃は非常に巧妙化しており、アカウント乗っ取りは決して他人事ではありません。技術的対策と人的対策の両輪で、組織全体のセキュリティレベルを継続的に向上させることが、ビジネスの安全と成長を守る鍵となります。
まずは本記事のチェックリストを参考に、自社で未対応の項目がないかを確認し、着実な一歩を踏み出しましょう。より専門的な知見や支援が必要な際には、お気軽に私たちXIMIXまでお問い合わせください。
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