はじめに
Google Cloudをはじめとするクラウドサービスの活用が、DX推進の鍵であることは論を俟ちません。しかしその一方で、「クラウドのセキュリティは本当に万全なのか?」「自社の設定ミスで情報漏洩事故を起こさないか?」といったセキュリティへの不安は、特に中堅〜大企業において、導入や活用拡大の障壁となりがちです。
Google Cloudは、Google自身が世界中で利用する極めて堅牢なセキュリティ基盤上で提供されています。しかし、その恩恵を最大限に享受するためには、サービス提供者(Google)と利用者(ユーザー企業)の双方がそれぞれの責任を果たす「責任共有モデル」の深い理解が不可欠です。
つまり、Google Cloudが提供する豊富なセキュリティ機能を、利用者が自社のポリシーに合わせて適切に設定・運用することこそが、安全なクラウド活用の絶対条件なのです。
本記事では、Google Cloudのセキュリティ対策にこれから取り組む方、あるいは現在の対策に不安を感じているDX推進のご担当者様に向けて、「まずやるべき基本対策」から「組織として取り組むべき包括的アプローチ」までを網羅的に解説します。
この記事を通じて、Google Cloudセキュリティの確かな第一歩を踏み出し、安心してクラウド活用を推進するための知見を深めていただければ幸いです。
(重要: セキュリティの脅威や技術は常に変化します。本記事では基本的な対策と考え方を解説しますが、最新情報の収集と専門家への相談を継続することを強く推奨します。)
Google Cloudセキュリティの根幹「責任共有モデル」
具体的な対策を講じる前に、必ず理解すべきが「責任共有モデル (Shared Responsibility Model)」です。これは、クラウド環境のセキュリティ責任を、クラウド事業者と利用者の間で明確に分担するという、クラウドセキュリティの基本原則です。
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Google Cloudの責任範囲: データセンターの物理的セキュリティ、サーバー・ネットワーク機器といったインフラ、基盤ソフトウェアなど、「クラウドそのもの」のセキュリティは、Googleが責任を持ちます。
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利用者の責任範囲: クラウド上に構築するOS、ミドルウェア、アプリケーション、保存データ、ネットワーク構成(ファイアウォール)、そして「誰が何をできるか」を管理するアクセス権限(IAM)など、「クラウドの上の部分」については、利用者がセキュリティ対策の責任を負います。
「Google Cloudを使っていれば自動的に安全」というのは重大な誤解です。利用者が責任範囲を正しく理解し、適切な設定と運用を行うことこそが、セキュリティレベルを決定づけるのです。
関連記事:
改めて、クラウドセキュリティの「責任共有モデル」とは?自社の責任範囲と対策をわかりやすく解説
Google Cloudセキュリティ:最優先で取り組むべき5つの基本対策
数あるセキュリティ機能の中から、情報漏洩や不正アクセスといった重大インシデントを防ぐために、まず押さえるべき基本的な対策を5つご紹介します。これらは利用者責任範囲における「必須科目」と言えます。
① アクセス権限を適切に管理する (IAM)
IAM (Identity and Access Management) は、「誰(ID)が、どのリソースに、どのような操作(権限)をできるか」を制御する、セキュリティのまさに要です。ここの設定ミスが、深刻なセキュリティインシデントに直結します。
やるべきこと:
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最小権限の原則の徹底: ユーザーやプログラム(サービスアカウント)には、業務遂行に必要な最小限の権限(ロール)のみを付与します。例えば、「データを閲覧するだけ」のユーザーに「編集権限」や「削除権限」を与えてはいけません。
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事前定義ロールの活用: Google Cloudには「コンピューティング閲覧者」「ストレージオブジェクト作成者」など、一般的な役割に応じた権限をまとめた「事前定義ロール」が多数用意されています。まずはこれらを適切に割り当てることから始めましょう。
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カスタムロールは慎重に: 事前定義ロールで要件を満たせない場合に限り、必要最低限の権限を組み合わせたカスタムロールを作成・利用します。
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定期的な権限の見直し: 従業員の異動や退職、プロジェクトの終了に伴い、不要になったアカウントや権限は速やかに削除・変更する運用を徹底します。
【ポイント】 中堅〜大企業のお客様では、部署や役職、プロジェクトが複雑に絡み合い、IAMの権限設計が破綻しがちです。「管理が面倒だから」と過大な権限を与えてしまうケースも散見されます。私たちは、お客様の組織構造や業務フローを深く理解した上で、管理しやすく、かつ最小権限の原則を遵守したIAMポリシーの設計と、その運用体制の構築をご支援します。
関連記事:
【入門編】Google CloudのIAMとは?権限管理の基本と重要性をわかりやすく解説
【入門編】最小権限の原則とは?セキュリティ強化とDXを推進する上での基本を徹底解説
② 不正アクセスを水際で防ぐ (認証強化)
適切な権限管理とセットで、ユーザー認証の強化が不可欠です。IDとパスワードの漏洩による不正アクセスは、断固として防がなければなりません。
やるべきこと:
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多要素認証 (MFA) の必須化: パスワードに加え、スマートフォンアプリ(Google Authenticatorなど)や物理的なセキュリティキー(Titanセキュリティキーなど)を組み合わせた認証(MFA)を、特に管理者権限を持つ特権ユーザーに対して必ず有効化します。これは、情報処理推進機構(IPA)が発表する「情報セキュリティ10大脅威」でも常に上位に挙げられる「不正ログイン」への極めて有効な対策です。
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サービスアカウントキーの厳重管理: プログラムがAPIを利用する際に使う「サービスアカウントキー」は、万能の合鍵です。漏洩は致命的な被害に繋がるため、コードに直接書き込まず、Secret Manager などの専用サービスで安全に管理し、定期的にキーを更新(ローテーション)します。可能な限りキーを使わない認証方法への移行を検討しましょう。
③ ネットワークの入口を固める (VPCファイアウォール)
外部からの不審な通信を遮断するため、仮想ネットワーク(VPC)レベルでのファイアウォール設定は、自社システムを守る「城壁」の役割を果たします。
やるべきこと:
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デフォルトDenyの原則: 明示的に許可した通信以外は、すべて拒否(Deny)する設定を基本とします。不要なポートは原則としてすべて閉じます。
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必要な通信のみ許可: WebサーバーであればHTTPS(ポート443)、管理用のSSH接続であれば特定のIPアドレスからのみポート22を許可するなど、業務上不可欠な通信プロトコル、ポート番号、送信元IPアドレスの範囲を限定して許可ルールを作成します。
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定期的なルールの棚卸し: システム変更などで不要になった許可ルールが放置されると、それが新たなセキュリティホールになり得ます。定期的にルールを見直し、常に最小限の状態を維持します。
関連記事:
デフォルトDenyとは?Google Cloudで実現するセキュリティの要諦
④ 重要データを確実に保護する (暗号化)
万が一、データが外部に漏れたとしても、その中身を解読されなければ被害を最小限に抑えられます。暗号化は、そのための「最後の砦」です。
やるべきこと:
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保管時の暗号化 (Encryption at Rest): Cloud Storageや永続ディスクに保存されるデータは、デフォルトでGoogleが管理する鍵によって暗号化されています。この標準機能が有効であることを基本とし、特別なコンプライアンス要件がなければ、まずはこのGoogle管理の暗号化を信頼しましょう。
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転送時の暗号化 (Encryption in Transit): 利用者とGoogle Cloud間、あるいはサービス間のデータ通信は、TLSによって自動的に暗号化されます。ユーザーが独自に構築したアプリケーションにおいても、HTTPS通信(SSL/TLS)を徹底することが重要です。
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【検討】顧客管理の暗号鍵 (CMEK): より厳格なコンプライアンスやセキュリティポリシーが求められる場合、暗号鍵をユーザー自身がCloud KMSで管理する「CMEK (Customer-Managed Encryption Keys)」の利用を検討します。ただし、鍵の管理責任も利用者側となるため、厳格な運用体制を構築した上で導入を判断する必要があります。
⑤ 何が起きているかを把握し、備える (ログ監査)
セキュリティインシデントの早期発見や原因究明には、操作ログの記録と監視が欠かせません。「誰が」「いつ」「何をしたか」を把握し、問題の予兆を捉え、迅速に対応するための基盤となります。
やるべきこと:
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監査ログ (Cloud Audit Logs) の有効化: 「誰が」「いつ」「どのリソースに」「何をしたか」を記録する監査ログは、セキュリティの根幹情報です。特に管理者権限の操作やデータのアクセスに関するログは必ず有効化し、規定された期間(例:1年間)保管します。
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ログの集約と監視 (Cloud Logging): ログは Cloud Logging に集約されます。不正操作の疑いがあるアクティビティ(例: IAMポリシーの意図しない変更、ファイアウォールルールの無効化など)がないか、定期的に確認するプロセスを構築します。
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【推奨】ログベースのアラート設定: 特定の不審なログ(例:特権操作の実行、MFAなしでのログイン試行)が記録された際に、担当者に自動で通知するアラートを設定します。これにより、インシデントへの初動対応を大幅に迅速化できます。
包括的なセキュリティ体制へ:Google Cloudの高度な防衛機能
基本の5項目は、いわば「最低限の守り」です。中堅〜大企業が本格的にクラウド活用を進める上では、より高度で包括的なセキュリティ体制の構築が不可欠です。ここでは、そのために活用すべき主要なサービスを紹介します。
① 脅威と脆弱性を一元管理する (Security Command Center)
Security Command Center (SCC) は、Google Cloud環境全体のセキュリティ状況を可視化し、脅威の検出、脆弱性の特定、コンプライアンス遵守状況の確認を一元的に行うための「セキュリティ司令塔」サービスです。
SCC Premiumを有効化すると、以下のような強力な機能が利用可能になります。
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脅威検出 (Threat Detection): マルウェアの検出、不審なネットワーク接続、アカウントの侵害試行など、リアルタイムの脅威を検出します。
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脆弱性スキャン (Vulnerability Scanning): 仮想マシンやコンテナイメージに潜む既知の脆弱性をスキャンし、対処の優先順位付けを支援します。
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設定ミス・コンプライアンス違反の検出: 「ファイアウォールで危険なポートが開いている」「MFAが無効になっている管理者アカウントがある」といった設定ミスや、各種コンプライアンス基準(CISベンチマークなど)からの逸脱を自動で検出します。
SCCを活用することで、セキュリティリスクをプロアクティブに発見し、対処することが可能になります。多岐にわたるセキュリティ対策の状況を把握するため、まず有効化を検討すべきサービスです。
② WebアプリケーションとAPIを保護する (Cloud Armor)
WebサイトやAPIを外部に公開している場合、DDoS攻撃やSQLインジェクション、クロスサイトスクリプティング(XSS)といったWebアプリケーションへの攻撃から保護する WAF (Web Application Firewall) が必須です。
Google Cloudでは Cloud Armor がその役割を担い、世界最大級のGoogleのネットワークエッジ(末端)で脅威をブロックします。これにより、自社のアプリケーションに攻撃が到達する前に、悪意のあるトラフィックを排除できます。
③ ゼロトラストアクセスを実現する (Identity-Aware Proxy)
Identity-Aware Proxy (IAP) は、従来のVPNに代わる、ゼロトラストモデルに基づいたアクセス制御サービスです。
「社内ネットワークだから安全」という考え方を排し、ユーザーのIDとコンテキスト(どのデバイスから、どの場所からアクセスしているか等)を厳密に検証し、許可されたユーザーのみがアプリケーションにアクセスできるようにします。これにより、VPN機器の管理負荷をなくし、より強力で柔軟なリモートアクセス環境を実現します。
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④ 機密情報を安全に管理する (Secret Manager)
前述のサービスアカウントキーや、データベースのパスワード、APIキーといった機密情報(シークレット)を、プログラムのコードや設定ファイルに直接記述するのは、漏洩リスクが極めて高く非常に危険です。
Secret Manager は、これらの機密情報を安全に保管し、バージョン管理やIAMと連携した厳密なアクセス制御(「このプログラムだけが、このDBパスワードを取得できる」など)を提供します。
⑤ データ漏洩を組織レベルで防ぐ (VPC Service Controls)
機密性の高いデータを扱うプロジェクトにおいて、内部関係者による意図しない、あるいは悪意のあるデータ持ち出し(例:機密データを個人のPCや外部のストレージにコピーする)を防ぐための強力な機能が VPC Service Controls です。
承認されたネットワークやID以外からGoogle Cloudのサービス(Cloud StorageやBigQueryなど)へのアクセスを禁止する「仮想的な境界線」を作成し、データ漏洩リスクを組織レベルで大幅に低減します。
セキュリティは「仕組み」で維持する:組織的な取り組み
最新のセキュリティツールを導入するだけでは万全ではありません。セキュリティレベルを継続的に維持・向上させるためには、技術的な対策と組織的な取り組み(ポリシー、体制、教育)が両輪となって機能する必要があります。
①定期的な設定レビューと脆弱性診断
一度設定して終わりではなく、ビジネス環境の変化(新サービスの開始、組織変更など)に合わせて、IAMポリシーやファイアウォールルールを定期的に見直すプロセスを確立します。また、Security Command Centerなどを活用して定期的な脆弱性スキャンを実施し、新たな脅威に常に対応できる体制を構築します。
②クラウド利用に関するセキュリティポリシーの策定
クラウド利用の「交通ルール」を明確に文書化し、全社で共有します。データの重要度に応じた分類基準(例:公開、社外秘、機密)、アクセス権限の申請・承認フロー、インシデント発生時の報告ルートなどを具体的に定めます。
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【入門編】クラウド利用規定・ガイドライン策定ガイド|進め方から必須項目、注意点まで網羅解説
③従業員への継続的な教育
セキュリティポリシーの内容や、フィッシング詐欺などの新たな脅威に対する意識向上のため、従業員への教育(eラーニング、研修など)を継続的に行います。DXを推進する上で、全社のセキュリティリテラシー向上は不可欠な投資です。
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【入門編】セキュリティ教育の重要性とは?失敗しない進め方と投資対効果
④インシデント対応体制の構築
万が一インシデントが発生した際に、誰が責任者となり、どのような手順で調査、復旧、報告を行うのかを定めた「インシデントレスポンスプラン(IRP)」を準備しておくことが重要です。定期的な訓練(抜き打ちテストなど)も有効です。
関連記事:
クラウド時代のインシデント対応計画(IRP) – 押さえておくべき留意点と実践ポイント
XIMIXによる伴走支援:セキュリティの不安を解消し、安全な活用を
「基本的な対策は理解できたが、自社の複雑な環境に最適化するのは難しい」 「Security Command Centerを導入したが、日々のアラートにどう対処すべきか分からない」 「組織的なセキュリティポリシーの策定から専門家の支援が欲しい」
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まとめ
本記事では、Google Cloudのセキュリティ対策について、初心者がまず取り組むべき5つの基本から、組織として目指すべき包括的なアプローチまでを網羅的に解説しました。
▼ 最優先で取り組むべき5つの基本対策
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アクセス権限を適切に管理する (IAM)
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不正アクセスを防ぐ (認証強化)
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ネットワークの入口を守る (VPCファイアウォール)
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データを保護する (暗号化)
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何が起きているか把握する (ログ監査)
クラウドセキュリティは「責任共有モデル」に基づき、利用者自身の主体的な対策が成功の鍵を握ります。まずはこれらの基本を確実に押さえ、さらにSecurity Command Centerの活用や組織的な体制構築へとステップアップしていくことが、安全なクラウド活用への王道です。
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