はじめに
デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進が多くの企業にとって喫緊の課題となる中、その中核技術としてクラウドサービスの活用は不可欠な要素となっています。しかし、「クラウドを導入すれば全ての課題が解決する」といった単純な話ではなく、事前の適切な評価と計画なしに進めてしまうと、期待した効果が得られないばかりか、予期せぬコスト増や運用負荷の増大に繋がるリスクも否定できません。
「自社に最適なクラウド環境は何か?」「導入による具体的な効果は?」「潜在的なリスクはどこにあるのか?」このような疑問や不安を抱え、クラウド導入の第一歩をためらっているご担当者様もいらっしゃるのではないでしょうか。
本記事では、そうした課題をお持ちの企業様に向けて、クラウド導入プロジェクトの初期段階で極めて重要な役割を果たす「フィジビリティスタディ(Feasibility Study:実現可能性調査)」に焦点を当てます。フィジビリティスタディの基本的な概念から、なぜ重要なのか、具体的な進め方、評価すべき項目、そして成功に導くための留意点までを、クラウド導入を検討し始めた方にも分かりやすく解説します。
この記事を読むことで、フィジビリティスタディの全体像を理解し、自信を持ってクラウド導入の検討を進めるための一助となれば幸いです。
フィジビリティスタディとは何か?
フィジビリティスタディとは、新しいプロジェクトや計画、システムの導入などを検討する際に、その実現可能性を多角的に調査・分析・評価するプロセスを指します。日本語では「実行可能性調査」や「採算性調査」などと訳されることもあります。
特にクラウド導入におけるフィジビリティスタディは、単に「技術的にクラウドへ移行できるか」を調査するだけではありません。ビジネス目標との整合性、期待される効果、必要な投資とリターン、潜在的なリスク、運用体制への影響など、幅広い観点から実現性を見極めるための重要な工程です。
このスタディを通じて、企業は以下のような問いに明確な答えを得ることができます。
- 目的の明確化: なぜクラウドを導入するのか?それによって何を達成したいのか?
- 現状分析: 現在のIT環境、業務プロセス、組織体制の課題は何か?
- 選択肢の評価: どのようなクラウドサービス(IaaS, PaaS, SaaS)、導入形態(パブリック、プライベート、ハイブリッド)が最適か?
- 影響範囲の特定: クラウド導入が既存システムや業務、組織にどのような影響を与えるか?
- 投資対効果(ROI)の試算: 導入に必要なコストと、それによって得られる経済的効果はどの程度か?
- リスクの洗い出しと対策: 技術的、運用的、セキュリティ的なリスクは何か?それらにどう対応するか?
フィジビリティスタディは、いわばクラウド導入プロジェクトにおける「羅針盤」のようなものです。明確な方向性を示し、プロジェクトが暗礁に乗り上げるのを防ぎ、成功へと導くための道筋を照らしてくれます。
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なぜクラウド導入にフィジビリティスタディが重要なのか?
「とりあえずクラウドを使ってみよう」というアプローチは、特に中堅・大企業においては大きなリスクを伴います。フィジビリティスタディを省略したり、不十分なままプロジェクトを進行したりすると、以下のような問題が発生する可能性があります。
- 期待した効果が得られない: 明確な目的や効果測定の指標がないまま導入し、投資に見合う成果が出ない。
- コストの超過: 想定外の利用料増や、既存システムとの連携改修費用などが嵩み、予算を大幅にオーバーする。
- 技術的な問題の発生: 既存システムとの互換性問題や、パフォーマンス不足、セキュリティ脆弱性などが導入後に発覚する。
- 運用負荷の増大: 新しい技術に対応できる人材が不足していたり、運用体制が整備されていなかったりして、かえって管理が煩雑になる。
- 経営層や関係部門の合意形成の失敗: 導入の意義やメリット、リスクが十分に共有されず、プロジェクトが途中で頓挫する。
フィジビリティスタディを適切に実施することは、これらのリスクを事前に特定し、対策を講じる上で不可欠です。主な重要性を以下にまとめます。
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①意思決定の質の向上
客観的なデータと分析に基づいて、クラウド導入の可否や最適なアプローチを判断できます。これにより、感覚的な判断や一部の声の大きな意見に左右されることなく、企業全体として合理的な意思決定が可能になります。
②リスクの低減
技術的、経済的、運用的なリスクを事前に洗い出し、評価することで、予期せぬトラブルの発生を抑え、対策を計画に織り込むことができます。
③投資対効果の明確化
導入に必要なコストと、それによって得られる定量的・定性的な効果を予測し、投資の妥当性を評価できます。これにより、経営層への説明責任を果たしやすくなります。
④関係者間の共通認識の醸成
プロジェクトの目的、範囲、期待効果、リスクなどを関係者間で共有し、共通認識を形成することができます。これは、プロジェクトを円滑に進める上で非常に重要です。
⑤プロジェクト計画の精度向上
フィジビリティスタディの結果は、具体的なプロジェクト計画(スケジュール、体制、予算など)を策定する際の確かな基盤となります。
多くの企業様をご支援してきた経験から、クラウド導入の初期段階におけるフィジビリティスタディの丁寧な実施が、その後のプロジェクトの成否を大きく左右すると断言できます。
クラウド導入におけるフィジビリティスタディの進め方【ステップ解説】
フィジビリティスタディは、一般的に以下のステップで進められます。企業規模やプロジェクトの特性によって詳細は異なりますが、基本的な流れを理解しておくことが重要です。
ステップ1: 準備・計画フェーズ
まず、フィジビリティスタディ自体の目的、範囲、期間、体制、予算などを明確にします。
- 目的設定: 何を明らかにするためのスタディなのか(例:特定の業務システムのクラウド移行の是非、全社的なクラウド活用方針の策定など)。
- 範囲定義: 調査対象とする業務、システム、期間などを具体的に定めます。
- 体制構築: プロジェクトオーナー、リーダー、各部門からの担当者を選任し、役割分担を明確にします。必要に応じて外部の専門家(コンサルタントなど)の活用も検討します。
- 情報収集計画: どのような情報を、誰から、どのように収集するかの計画を立てます(ヒアリング、アンケート、既存資料分析など)。
ステップ2: 現状調査・分析フェーズ
定義された範囲に基づき、現状のIT環境、業務プロセス、関連コスト、組織体制などを詳細に調査・分析します。
- ITインフラ調査: サーバー、ネットワーク、ストレージなどの構成、性能、保守状況、コストなどを把握します。
- アプリケーション調査: 対象となる業務システムの種類、機能、データ構造、他システムとの連携状況、ライセンス契約などを確認します。
- 業務プロセス分析: クラウド化を検討している業務の流れ、課題、関連する部門や担当者を明確にします。
- コスト分析: 現状のIT関連コスト(ハードウェア、ソフトウェア、人件費、運用費など)を詳細に把握します。
- セキュリティ・コンプライアンス要件確認: 業界特有の規制や社内規定など、遵守すべきセキュリティ・コンプライアンス要件を整理します。
ステップ3: クラウドソリューションの検討・評価フェーズ
現状調査・分析の結果と、クラウド導入の目的に基づき、最適なクラウドソリューションの候補を検討し、評価します。
- クラウドサービスモデル選定: IaaS (Infrastructure as a Service)、PaaS (Platform as a Service)、SaaS (Software as a Service) の中から、目的に合ったモデルを選定または組み合わせを検討します。
- クラウド提供事業者選定: Google Cloud などの主要なクラウドプロバイダーの特徴(サービス内容、料金体系、セキュリティ、サポート体制など)を比較検討します。
- 技術的評価: 既存システムとの連携、データ移行の実現性、セキュリティ要件の充足度などを評価します。
- 経済的評価: 導入コスト(初期費用、月額費用)、運用コスト、期待されるコスト削減効果などを試算し、投資対効果(ROI)を評価します。
- 運用的評価: 導入後の運用体制、必要なスキル、教育・トレーニングの必要性などを評価します。
- リスク評価: 技術的リスク、セキュリティリスク、ベンダーロックインリスク、移行時の業務停止リスクなどを洗い出し、その影響度と発生可能性を評価し、対応策を検討します。
ステップ4: 報告・意思決定フェーズ
調査・分析・評価の結果をまとめ、経営層や関係者に対して報告書として提出し、クラウド導入に関する意思決定を促します。
- 報告書の作成: 調査の目的、範囲、方法、結果(現状分析、クラウドソリューションの評価、ROI分析、リスク分析など)、推奨事項(導入の可否、具体的な導入計画案など)を分かりやすくまとめます。
- プレゼンテーション: 報告書の内容に基づき、経営層や関係者に説明会を実施します。
- 質疑応答・議論: 関係者からの質問に答え、議論を深め、最終的な意思決定をサポートします。
このステップを経て、クラウド導入を進めるか否か、進める場合はどのような方針で進めるか、といった具体的な判断が下されます。
フィジビリティスタディにおける主要な評価項目
クラウド導入のフィジビリティスタディでは、多角的な視点から評価を行うことが求められます。主要な評価項目としては、以下のようなものが挙げられます。入門レベルでは、これらの項目について概要を掴んでおくことが大切です。
1. 技術的実現性 (Technical Feasibility)
- 既存システムとの互換性・連携: 現在使用しているシステムやアプリケーションが、クラウド環境と技術的に連携可能か、改修が必要な場合はその範囲と難易度はどうか。
- データ移行: 大量のデータを安全かつ効率的にクラウドへ移行できるか。移行にかかる時間やダウンタイムは許容範囲か。
- パフォーマンス: クラウド環境で期待される処理速度や応答性が得られるか。
- セキュリティ: クラウド事業者の提供するセキュリティ機能と自社のセキュリティポリシーが整合するか。必要なセキュリティ対策がクラウド上で実現可能か。
- 拡張性・柔軟性: 将来的なビジネスの変化やデータ量の増加に対応できる拡張性があるか。
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2. 経済的実現性 (Economic Feasibility)
- 初期導入コスト: クラウド環境の設計・構築費用、データ移行費用、コンサルティング費用、必要なソフトウェアライセンス費用など。
- 運用コスト: クラウドサービスの利用料金(コンピューティング、ストレージ、ネットワークなど)、保守・運用に関わる人件費、トレーニング費用など。
- コスト削減効果: ハードウェア購入費用の削減、運用保守コストの削減、電力消費量の削減など、クラウド化によって期待できる具体的な削減額。
- 投資対効果 (ROI) / 総所有コスト (TCO): 投資額に対してどれだけの利益が見込めるか、一定期間における総所有コストは現状と比較してどう変化するかを分析。
3. 運用的実現性 (Operational Feasibility)
- 運用体制: クラウド環境の運用・監視・保守を行うための体制は整備できるか。既存の運用チームで対応可能か、新たなスキルセットを持つ人材が必要か。
- スキルセット・トレーニング: クラウド技術を扱うために必要な知識やスキルを持つ人材がいるか。不足している場合は、どのように育成・確保するか。
- 業務プロセスへの影響: クラウド導入によって既存の業務プロセスがどのように変化し、それに対応できるか。
- ユーザーへの影響と教育: 新しいシステムやツールを利用するエンドユーザーへの影響はどうか。適切なトレーニングやサポートを提供できるか。
- 障害対応・復旧体制: クラウド環境で障害が発生した場合の対応プロセス、復旧までの目標時間(RTO)、データ損失の許容範囲(RPO)はどうか。
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4. 法的・コンプライアンス的実現性 (Legal and Compliance Feasibility)
- データ保管場所: クラウド上に保管されるデータの所在地が、国内外の法規制(個人情報保護法、GDPRなど)や業界固有の規制に準拠しているか。
- 契約条件: クラウドサービスプロバイダーとの契約内容(SLA:サービス品質保証、責任範囲、解約条件など)が自社の要求を満たしているか。
- 監査対応: 内部監査や外部監査に対応できるようなログ管理やアクセス制御の仕組みがクラウド上で構築・運用できるか。
これらの評価項目を網羅的に検討することで、より確実なクラウド導入判断が可能になります。
クラウド導入フィジビリティスタディを成功させるための留意点
フィジビリティスタディを効果的に進め、その成果を最大限に活かすためには、いくつかの留意点があります。
①目的とゴールを明確にする
「何のためにクラウドを導入するのか」「クラウド化によって何を達成したいのか」という目的とゴールを、スタディ開始前に明確に定義し、関係者間で共有することが最も重要です。目的が曖昧なままでは、調査の方向性が定まらず、適切な評価もできません。
②関係者を早期から巻き込む
情報システム部門だけでなく、実際にクラウドを利用する業務部門、経営企画部門、法務部門など、関連するステークホルダーを早期から巻き込み、意見を聞き、協力を得ることが不可欠です。これにより、多角的な視点を取り入れられるだけでなく、後の合意形成もスムーズに進みます。
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③客観的かつ定量的なデータを重視する
可能な限り、客観的で定量的なデータに基づいて分析・評価を行いましょう。例えば、コスト比較では具体的な金額を、パフォーマンス評価では具体的な数値目標を設定するなどです。これにより、説得力のある報告となり、より適切な意思決定に繋がります。
④スモールスタートやPoC(概念実証)も視野に入れる
大規模なシステム全体を一度に評価することが難しい場合や、リスクが高いと判断される場合は、特定の業務や機能に絞ってスモールスタートでフィジビリティスタディを行ったり、PoC(Proof of Concept:概念実証)を実施したりすることも有効です。PoCを通じて、小規模な環境で技術的な実現性や効果を検証し、本格導入への判断材料とすることができます。
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⑤変化への対応を考慮する
ビジネス環境や技術は常に変化しています。フィジビリティスタディの結果が、将来にわたって不変であるとは限りません。そのため、スタディの結果を絶対的なものと捉えるのではなく、状況の変化に応じて柔軟に見直しを行う姿勢も重要です。
⑥外部の専門家の活用も検討する
自社内にクラウド導入やフィジビリティスタディの経験が豊富な人材がいない場合は、外部の専門家やコンサルタントの支援を受けることも有効な手段です。客観的な視点や専門知識を取り入れることで、スタディの質を高めることができます。
XIMIXによるフィジビリティスタディ支援サービス
これまで述べてきたように、クラウド導入におけるフィジビリティスタディは、その後のプロジェクトの成否を左右する非常に重要なプロセスです。しかし、多くの企業様にとって、「何から手をつければ良いのか分からない」「社内リソースだけでは十分な調査・分析が難しい」といった課題があるのも事実です。
私たちXIMIXは、Google Cloud をはじめとするクラウド技術に精通し、数多くのお客様のDX推進をご支援してきた豊富な実績とノウハウを有しています。その経験を活かし、お客様の状況に合わせた最適なフィジビリティスタディの実行をサポートいたします。
XIMIXの支援サービスでは、以下のような価値をご提供します。
- 最適なクラウド戦略の策定支援: Google Cloud の各種サービスの中から、お客様のビジネス目標達成に最も貢献するソリューションの選定、ロードマップ策定をご支援します。
- PoC(概念実証)の実施支援: 必要に応じて、小規模な実証環境を構築し、技術的な実現性や効果を具体的に検証するPoCの計画から実行までをトータルでご支援します。
フィジビリティスタディは、単なる調査に留まらず、お客様のDX戦略における重要な第一歩です。XIMIXは、その第一歩から伴走し、クラウド導入後の運用、さらなる活用まで、お客様のビジネス成長を継続的にご支援することを目指しています。
クラウド導入の検討段階で課題をお持ちの企業様、フィジビリティスタディの進め方にお悩みの企業様は、ぜひ一度XIMIXにご相談ください。
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まとめ
本記事では、クラウド導入を成功に導くための鍵となる「フィジビリティスタディ」について、その重要性、具体的な進め方、主要な評価項目、そして成功させるための留意点を解説しました。
フィジビリティスタディは、時間と手間がかかるプロセスではありますが、丁寧に行うことで、クラウド導入プロジェクトのリスクを低減し、期待される効果を最大限に引き出すことが可能になります。特に、DX推進という大きな変革を目指す企業にとって、この初期段階の計画と評価は不可欠です。
最後に、この記事の要点を再確認しましょう。
- フィジビリティスタディは、クラウド導入の実現可能性を多角的に調査・分析・評価するプロセスです。
- 適切なフィジビリティスタディは、意思決定の質の向上、リスク低減、投資対効果の明確化に繋がります。
- 準備・計画、現状調査・分析、クラウドソリューションの検討・評価、報告・意思決定というステップで進められます。
- 技術的、経済的、運用的、法的・コンプライアンス的観点から評価することが重要です。
- 目的の明確化、関係者の巻き込み、客観的データの重視が成功のポイントです。
クラウド導入は、単なるITインフラの刷新に留まらず、ビジネスのあり方そのものを変革するポテンシャルを秘めています。そのポテンシャルを最大限に引き出すためにも、まずはしっかりとしたフィジビリティスタディから始めてみてはいかがでしょうか。
本記事が、皆様のクラウド導入検討の一助となれば幸いです。DX推進に関するさらなる情報や、具体的なご相談については、お気軽にXIMIXまでお問い合わせください。
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