内部不正は「仕組み」で防ぐ。性善説・性悪説のジレンマを越えるGoogle Cloud活用術

 2025,08,14 2025.08.14

はじめに

「社員を信じたいが、性善説だけでは情報漏洩のリスクは防げない」「かといって、性悪説に立って過度に監視・制限すれば、社員のモチベーションや生産性が低下してしまう」――。

企業のDX推進を担う多くの決裁者様が、内部不正対策においてこのようなジレンマを抱えているのではないでしょうか。IPA(情報処理推進機構)が発表した「情報セキュリティ10大脅威」においても、「内部不正による情報漏えい等」は組織にとって依然として深刻な脅威であり続けています。

従来の対策は、従業員教育といった「性善説」に基づくアプローチか、あるいは厳しい監視・制限といった「性悪説」に基づくアプローチの二者択一に陥りがちでした。しかし、どちらか一方に偏った対策には限界があります。

本記事では、この根深いジレンマを乗り越えるための第三の道、すなわち人を信頼することを前提としながらも、不正が物理的・システム的に起こり得ない、あるいは起こすメリットがない「仕組み」で対策するアプローチを提案します。

そして、その具体的な実現方法として、Google WorkspaceおよびGoogle Cloudが提供する先進的なセキュリティ機能をいかに活用できるかを、専門家の視点から詳しく解説します。

深刻化する内部不正のリスクとその背景

内部不正は、外部からのサイバー攻撃とは異なり、正規の権限を持つ従業員や元従業員によって引き起こされるため、検知が困難なケースが多く存在します。その動機は「金銭目的」や「企業への不満」など様々ですが、結果として企業の競争力や社会的信用を根底から揺るがしかねない重大なインシデントに発展します。

特に近年では、働き方の多様化やクラウド利用の拡大に伴い、情報資産へのアクセス経路が複雑化しています。これにより、従来の境界線型防御(社内と社外を分けるセキュリティモデル)だけでは、巧妙化する内部不正のリスクに十分対応しきれない状況が生まれています。

多くの企業が陥りがちなのが、性悪説に傾倒しすぎた結果、厳格すぎる制限をかけてしまうことです。しかし、過度な制限は業務効率を著しく低下させるだけでなく、抜け道を探す「シャドーIT」を横行させ、かえってセキュリティリスクを高めるという本末転倒な事態を招きかねません。

関連記事:
【入門編】シャドーIT・野良アプリとは?DX推進を阻むリスクと対策を徹底解説【+ Google Workspaceの導入価値も探る】

「性善説・性悪説」を超えて:なぜ「仕組み」による対策が有効なのか

このジレンマを解消する鍵は、人の善意や悪意に依存するのではなく、セキュリティと利便性を両立させる「仕組み」を構築することにあります。このアプローチの中核をなすのが「ゼロトラスト」という考え方です。

ゼロトラストとは、「何も信頼しない(Trust Nothing, Verify Everything)」を前提に、社内・社外を問わず、情報資産へのすべてのアクセスを検証するセキュリティモデルです。これは従業員を疑う性悪説とは根本的に異なります。「誰が、いつ、どこから、どのデバイスで、何にアクセスしようとしているのか」を常に確認し、正当なアクセス要求に対してはスムーズなアクセスを提供する。一方で、少しでも疑わしいアクセスはブロックまたは追加認証を要求する。

このゼロトラストの概念に基づいた「仕組み」を構築することで、以下のような状態を目指します。

  • 意図しない情報漏洩の防止: 誤操作や不注意による漏洩をシステムが未然に防ぐ。

  • 悪意ある不正行為の抑止: 不正な操作が物理的に実行不可能、あるいは実行しても即座に検知・追跡されるため、不正を試みる意欲そのものを削ぐ。

  • 業務生産性の維持・向上: 正当な権限を持つユーザーは、場所やデバイスに縛られず、安全かつ快適に情報資産へアクセスできる。

このように、人を信頼しつつも、不正の機会を与えない堅牢な環境をシステムとして構築することこそ、現代の内部不正対策における最適解と言えるでしょう。

関連記事:
今さら聞けない「ゼロトラスト」とは?基本概念からメリットまで徹底解説

Google Cloud / Workspaceで実現する「仕組み」による多層防御

では、この「仕組み」を具体的にどう構築すればよいのでしょうか。ここでは、Google WorkspaceとGoogle Cloudの機能を組み合わせた、多層的な防御策を解説します。

①認証・認可の基盤:「誰が」アクセスするのかを厳格に管理する

すべてのセキュリティの土台は、適切な人に適切な権限を与えるID管理です。

  • Cloud Identity / Identity and Access Management (IAM): Google CloudのIAMは、「誰が(ID)、何のリソースに対して、何をする権限を持つか」をきめ細かく制御します。職務に応じて必要最小限の権限のみを付与する「最小権限の原則」を徹底することで、万が一アカウントが侵害された場合でも被害を最小限に食い止めます。退職者のアカウントを即座に無効化することも、基本的ながら極めて重要な対策です。

  • コンテキストアウェアアクセス (Context-Aware Access): BeyondCorp Enterpriseの中核機能であり、ユーザーのIDとパスワードだけでなく、アクセス元のデバイス情報、IPアドレス、地理的な場所といった「コンテキスト(状況)」に応じてアクセス可否を動的に制御します。例えば、「社内ネットワークから、会社支給のPCでのみ重要データへのアクセスを許可する」といった柔軟なポリシー設定が可能です。

関連記事:
【入門編】最小権限の原則とは?セキュリティ強化とDXを推進する上での基本を徹底解説
Google Workspaceのコンテキストアウェアアクセスとは?セキュリティ強化の第一歩をわかりやすく解説

②データ保護の核:「何を」守るのかを定義し、監視する

機密情報そのものを保護し、不正な持ち出しを防ぐ仕組みです。

  • データ損失防止 (DLP): Google WorkspaceおよびGoogle Cloudに標準で備わるDLP機能は、ドキュメント、メール、チャットの内容をスキャンし、マイナンバーやクレジットカード番号といった機密情報や、社外秘などの独自に定義したキーワードを自動で検出します。検出された場合、ファイル共有のブロック、管理者にアラート通知、あるいはメール送信を中止するといったアクションを自動的に実行できます。これにより、従業員の意図しない情報共有や、悪意ある持ち出しを水際で防ぎます。

関連記事:
【入門編】DLPとは?データ損失防止(情報漏洩対策)の基本をわかりやすく解説

③アクセス経路の制御:「どのように」アクセスされるかを検証する

ゼロトラストを実現するための、より強固なアクセス制御です。

  • BeyondCorp Enterprise: VPNに代わる次世代のリモートアクセスソリューションです。暗号化されたトンネルを通じて、ユーザーがどこにいても安全に社内システムやクラウドアプリケーションにアクセスできる環境を提供します。すべてのアクセス要求を検証し、ログとして記録するため、不正なアクセスの試みを早期に発見できます。

④監査と脅威検知:「何が起きたか」を可視化し、AIで異常を捉える

万が一の事態に備え、何が起きたのかを正確に追跡し、インシデントに迅速に対応する仕組みは不可欠です。

  • 監査ログ: Google WorkspaceやGoogle Cloud上のあらゆる操作(ファイルの閲覧、編集、ダウンロード、共有設定の変更など)は、詳細なログとして記録されます。これにより、問題が発生した際に「誰が、いつ、何をしたか」を正確に追跡し、原因究明と対策に役立てることができます。

  • 【最新動向】Gemini for Google Cloudによるプロアクティブな脅威検知: 現在、セキュリティの世界でも生成AIの活用が急速に進んでいます。Gemini のようなAIは、膨大な監査ログの中から人間では気づきにくい「いつもと違う」振る舞いを自動で検知します。例えば、「退職予定の社員が、深夜に大量の顧客リストをダウンロードしている」といった異常な行動パターンをリアルタイムで検出し、セキュリティ担当者に警告します。これにより、インシデントが発生する前にプロアクティブ(能動的)な対策を講じることが可能になります。

関連記事:
【入門】Google Workspace 監査ログとは?基本的な確認方法とセキュリティ活用の考え方
プロアクティブセキュリティとは?DX時代に不可欠な「先手」のサイバー対策をGoogle Cloud / Workspace 活用と共に解説

内部不正対策の「仕組み」づくりを成功させるためのポイント

強力なツールを導入するだけでは、対策は成功しません。SIerとして多くのお客様を支援してきた経験から、プロジェクトを成功に導くための3つの重要なポイントを共有します。

ポイント1:ROIを意識した段階的な導入(スモールスタート)

すべての機能を一度に導入しようとすると、コストも現場の負担も大きくなります。まずは、最もリスクの高い部署や情報資産を特定し、そこからスモールスタートで導入することを推奨します。例えば、まずは全社のID管理をCloud Identityで統一し、次に開発部門に限定してIAMの権限設定を厳格化する、といった段階的なアプローチが有効です。これにより、効果を測定しながら投資対効果(ROI)を経営層に示し、全社展開への理解を得やすくなります。

関連記事:
なぜDXは小さく始めるべきなのか? スモールスタート推奨の理由と成功のポイント、向くケース・向かないケースについて解説

ポイント2:現場部門との合意形成

セキュリティは情報システム部門だけの課題ではありません。新しいルールやシステムを導入する際は、必ず利用部門である現場への丁寧な説明と意見交換が不可欠です。なぜこの仕組みが必要なのか、導入によって業務がどう変わるのか(そして、いかに安全で便利になるのか)を共有し、協力体制を築くことが、形骸化させないための鍵となります。

ポイント3:セキュリティと生産性の最適なバランスの追求

「仕組み」による対策のゴールは、ビジネスを止めることではなく、安全に加速させることです。過剰な制限は、前述の通りシャドーITを助長します。定期的に従業員の利用状況やフィードバックを収集し、ポリシーを見直すなど、セキュリティレベルと生産性の最適なバランスを継続的に追求する姿勢が重要です。時には、外部の専門家の客観的な視点を取り入れ、自社のリスク許容度と照らし合わせながらポリシーを最適化していくことも有効な手段です。

XIMIXによるご支援について

ここまで解説してきた「仕組み」による内部不正対策は、単一の製品導入で完結するものではなく、企業の組織文化、業務プロセス、そしてテクノロジーを統合した包括的なアプローチが求められます。

私たち『XIMIX』は、Google CloudおよびGoogle Workspaceの高度な知見を持つだけでなく、多くの中堅・大企業のDX推進をご支援してきた豊富な実績があります。

お客様の現在のセキュリティ成熟度やビジネス課題を丁寧にヒアリングし、アセスメントから最適なソリューションの選定、段階的な導入計画の策定、そして導入後の運用支援まで、一気通貫でサポートします。

「どこから手をつければ良いかわからない」「自社に最適なセキュリティのバランスを見つけたい」といった課題をお持ちでしたら、ぜひ一度、私たちにご相談ください。

XIMIXのGoogle Workspace 導入支援についてはこちらをご覧ください。
XIMIXのGoogle Cloud 導入支援についてはこちらをご覧ください。

まとめ

内部不正対策における「性善説」と「性悪説」のジレンマは、多くの企業にとって根深い課題です。しかし、ゼロトラストの考え方に基づき、Google WorkspaceとGoogle Cloudを活用して「人を信頼しつつも不正が起こせない仕組み」を構築することで、このジレンマを乗り越え、セキュリティと生産性を高いレベルで両立させることが可能です。

その要点は以下の通りです。

  • IDとアクセス管理の厳格化: IAMとコンテキストアウェアアクセスで「誰が」「どのように」アクセスするかを制御する。

  • データそのものの保護: DLP機能で機密情報の不正な持ち出しを自動でブロックする。

  • 可視化とAIによる脅威検知: 監査ログとGemini for Securityでインシデントを迅速に検知・対応する。

  • 成功へのアプローチ: スモールスタート、現場との合意形成、そして継続的な改善が鍵となる。

本記事が、貴社の情報資産を守り、ビジネスをさらに加速させるための一助となれば幸いです。


内部不正は「仕組み」で防ぐ。性善説・性悪説のジレンマを越えるGoogle Cloud活用術

BACK TO LIST