DXにおけるモダナイゼーションと新規事業創出、どちらを優先すべき?

 2025,10,17 2025.10.17

はじめに

「既存の基幹システムを刷新する『モダナイゼーション』と、全く新しいデジタルビジネスを立ち上げる『新規事業創出』。限られた予算と人材の中、どちらを優先すべきか?」

これは、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進を担う多くの決裁者が直面する、根源的かつ悩ましい問いです。市場の変化は激しく、攻めの姿勢で新規事業に投資しなければ競合に後れを取る。しかし、足元を見れば老朽化したシステム(レガシーシステム)が足枷となり、業務効率の低下やセキュリティリスクを招いている。このジレンマに、頭を悩ませている方も少なくないでしょう。

しかし、もしこの「どちらを優先すべきか?」という問いの立て方そのものが、DX推進を妨げる罠だとしたらどうでしょうか。

本記事では、多くの中堅・大企業のDXをご支援してきた視点から、この二項対立の議論から脱却し、企業の持続的成長に繋がるDX投資の優先順位をいかに戦略的に判断すべきかを解説します。単なる両論併記ではなく、自社の状況を客観的に評価するための具体的な判断軸と、投資対効果(ROI)を最大化するためのアプローチを提示します。この記事を読めば、社内のコンセンサスを形成し、確信を持ってDXの次の一手を下すための道筋が見えるはずです。

なぜ「モダナイゼーションか、新規事業か」の議論は不毛なのか

多くの企業で、DXの議論は「守りのIT(モダナイゼーション)」と「攻めのIT(新規事業創出)」の予算獲得競争という形で表面化します。しかし、この対立構造こそが、DXの本質を見誤らせる最初の落とし穴です。

陥りがちな「対立構造」とその弊害

情報システム部門は「まずは技術的負債を解消しなければ、何も始まらない」と主張し、事業部門は「市場の機を逃す前に、一刻も早く新しいサービスをローンチすべきだ」と反論する。こうした議論は、両者をゼロサムゲームに追い込み、部分最適の繰り返しに終始しがちです。

結果として、以下のような失敗パターンに陥る企業は少なくありません。

  • パターン1:守り一辺倒のDX: レガシーシステムの刷新に多大なコストと時間を費ysしたものの、ビジネス価値に直結せず、費用対効果を厳しく問われる。

  • パターン2:攻め急ぎのDX: 脆弱なIT基盤の上に見栄えの良いアプリケーションを構築したため、データ連携がうまくいかず、スケーラビリティに欠け、結局PoC(概念実証)倒れに終わる。

どちらのパターンも、企業全体の成長戦略という視点が欠けている点で共通しています。

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DXの本質:「守り」が「攻め」の土台となる理由

DXの本質とは、デジタル技術を活用してビジネスモデルそのものを変革し、新たな価値を創出し続けることにあります。そして、その変革のエンジンとなるのが「データ」です。

新規事業創出、例えばAIを活用した需要予測や、パーソナライズされた顧客体験の提供といった「攻めのDX」は、質の高いデータがリアルタイムで、かつ柔軟に利用できる環境があって初めて可能になります。サイロ化されたレガシーシステムにデータが散在・分断されていては、AIに学習させるための教師データすら準備できません。

つまり、モダナイゼーション(守り)は、単なるコスト削減や業務効率化のためだけの守りの一手ではありません。それは、新規事業創出(攻め)の成功確率を高め、そのROIを最大化するための、極めて戦略的な「攻めの土台作り」なのです。この相互依存関係を理解することが、DX戦略の第一歩となります。

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自社の現在地を把握する:DX戦略の優先順位を決める3つの判断軸

「守りが攻めの土台になることは分かった。しかし、現実問題として全てを同時に進めることはできない。どこから手をつけるべきか?」という声が聞こえてきそうです。

そこで、自社のDX戦略の重心をどこに置くべきかを判断するための、3つの客観的な軸を提示します。

判断軸1:技術的負債の深刻度とビジネスインパクト

まずは、現状のIT資産が抱える「技術的負債」の大きさを評価します。

  • 評価ポイント:

    • システムの複雑性・ブラックボックス化は進んでいるか?

    • 仕様を把握している技術者が退職・高齢化していないか?

    • 頻繁なシステムダウンやセキュリティインシデントが発生しているか?

    • 軽微な仕様変更にも多大な時間とコストを要するか?

これらの負債が、日々の業務遂行や顧客へのサービス提供に深刻な影響(ビジネスインパクト)を及ぼしている場合、モダナイゼーションの優先度は極めて高くなります。放置すれば、ある日突然ビジネスが停止するリスクすらあります。

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判断軸2:市場の変動性と競争環境

次に、自社が属する市場の環境を分析します。

  • 評価ポイント:

    • デジタル技術を持つ異業種からの新規参入(デジタル・ディスラプション)の脅威は高いか?

    • 顧客のニーズや行動様式は急速に変化しているか?

    • 競合他社は、新しいデジタルサービスを次々と投入しているか?

市場の変動性が激しく、競争が熾烈な業界であれば、ビジネスの俊敏性(アジリティ)が生命線となります。この場合、モダナイゼーションと並行して、あるいは一部先行してでも、市場の変化に対応する新規サービスの開発を急ぐ必要があります。

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判断軸3:データ活用の成熟度

最後に、組織としてデータをどれだけ活用できているかを評価します。

  • 評価ポイント:

    • データは全社で一元的に管理・可視化されているか?

    • データに基づいた意思決定が組織文化として根付いているか?

    • データ分析を担う専門人材(あるいは部門)が存在するか?

データ活用の成熟度が低い段階であれば、まずは散在するデータを収集・統合・可視化するためのデータ基盤整備が最優先課題となります。この基盤なくして、AI活用やデータドリブンな新規事業は絵に描いた餅で終わってしまいます。

これら3つの軸で自社を評価することで、「守りを固めるべきフェーズ」なのか、「攻守のバランスを取るべきフェーズ」なのか、あるいは「一気に攻めに転じるべきフェーズ」なのか、戦略的な重心が見えてくるはずです。

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【実践編】ROIで見るDX投資ポートフォリオの考え方

DXの優先順位に関する議論を社内で前進させるには、経営層を納得させるための客観的な指標、すなわち投資対効果(ROI)が不可欠です。ここでは、「守り」と「攻め」のROIを統合的に捉える「DX投資ポートフォリオ」という考え方をご紹介します。

モダナイゼーションによる「守りのROI」の算出

守りのROIは、比較的定量化しやすいのが特徴です。

  • コスト削減効果:

    • ハードウェア保守費用、データセンター費用、ライセンス費用の削減

    • 運用・保守業務の工数削減(人件費)

  • 生産性向上効果:

    • 業務プロセスの自動化・効率化による時間創出

    • システム障害の減少による機会損失の低減

  • リスク低減効果:

    • セキュリティインシデント発生時の想定被害額の低減

これらの項目を積み上げることで、モダナイゼーション投資の直接的なリターンを明確に示せます。

新規事業創出による「攻めのROI」の評価

攻めのROIは、不確実性が高いものの、そのポテンシャルは青天井です。

  • 直接的な収益貢献:

    • 新製品・新サービスの売上

    • 新たな顧客層の獲得による市場シェアの拡大

  • 間接的な企業価値向上:

    • 顧客エンゲージメントやLTV(顧客生涯価値)の向上

    • ブランドイメージの向上

    • 新たなビジネスエコシステムの形成

将来のキャッシュフローを予測し、現在価値に割り引くDCF法などが用いられますが、それ以上に「この投資をしないことによる機会損失(逸失利益)」を提示することが、決裁者の判断を促す上で有効です。

生成AIがROIに与えるインパクト

生成AIは「守り」と「攻め」双方のROIを劇的に向上させるドライバーとなっています。

  • 守りへの貢献: Gemini for Google Cloud のようなツールは、レガシーシステムのCOBOLコードを解析・ドキュメント化し、Javaなどのモダンな言語へ変換する支援を行います。これにより、モダナイゼーションの期間を大幅に短縮し、コストを劇的に削減します。

  • 攻めへの貢献: Vertex AI などのプラットフォームを活用すれば、革新的なAIアプリケーションや高度なパーソナライゼーション機能を、従来とは比較にならないスピードで開発・実装できます。これにより、新規事業の市場投入までの時間を短縮し、先行者利益を獲得する可能性を高めます。

生成AIの活用を前提とすることで、DX投資ポートフォリオ全体の期待リターンは飛躍的に向上します。

Google Cloudが実現する「攻めと守りの両立」

ここまで解説してきた「攻守のバランス」と「相互依存関係」を、理想論で終わらせないための具体的なソリューションが Google Cloud です。Google Cloudは、モダナイゼーションと新規事業創出を、分断されたものではなく、一つの連続した変革のサイクルとして捉えることができるプラットフォームです。

ユースケース1:データ基盤のモダナイゼーションが新規AIサービスを創出したケース

ある製造業では、工場ごとにサイロ化された生産管理システムが課題でした。まず、Google CloudのデータウェアハウスBigQueryに全社のデータを統合(守り)。これにより、全社横断での生産状況の可視化と歩留まり改善が実現しました。

さらに、その統合されたクリーンなデータを活用し、Vertex AIを用いて製品の需要予測AIモデルを構築(攻め)。結果として、過剰在庫を30%削減し、新たな収益の柱となるSaaS型の需要予測サービスを外販するにまで至りました。

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ユースケース2:Google Workspace活用による業務効率化が、新事業開発の時間を生んだケース

ある金融機関では、旧来のオンプレミスのグループウェアがコミュニケーションを阻害していました。Google Workspaceを導入し、セキュアな環境で場所を選ばないコラボレーションを実現(守り)。これにより、無駄な会議や資料作成の時間が大幅に削減されました。

その結果、創出された時間を活用して、若手社員中心の新規事業開発チームが発足。顧客の資産形成をサポートする新しいモバイルアプリのアイデアを迅速にプロトタイピングし(攻め)、経営承認を得ることができました。

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DXプロジェクトを成功に導く最後のピース

戦略を描き、適切なプラットフォームを選定しても、それだけではDXは成功しません。最後に、プロジェクトを確実に推進するための「組織」と「パートナーシップ」について触れます。

①失敗しないための組織体制とマインドセット

DXは、情報システム部門だけ、あるいは事業部門だけの取り組みでは決して成功しません。経営層の強いリーダーシップのもと、両部門が密に連携し、ビジネス価値という共通のゴールに向かう体制が不可欠です。

小さな成功を積み重ね、失敗から学び、迅速に軌道修正していく「アジャイルなマインドセット」を組織全体で醸成することが、不確実性の高いDXプロジェクトを推進する鍵となります。

②外部専門家の活用が不可欠な理由

しかし、これら全てを自社リソースだけで賄うのは、特に専門人材が不足しがちな中堅・大企業にとっては困難な道のりです。技術トレンドのキャッチアップ、複雑なクラウド環境の設計・構築・運用、そして何より多くの企業のDXプロジェクトで得られた成功・失敗の知見は、外部の専門家だからこそ提供できる価値です。

適切なパートナーは、最新技術の導入を支援するだけでなく、企業の文化やビジネスモデルを深く理解し、本記事で提示したような「DXの優先順位付け」から伴走し、経営層と現場の橋渡し役となってプロジェクトを成功へと導きます。

『XIMIX』は、Google Cloudの認定プレミアパートナーとして、数多くの中堅・大企業のDXをご支援してまいりました。単なる技術提供に留まらず、お客様のビジネス課題に深く寄り添い、ロードマップ策定から実装、その後の運用・改善までをワンストップでサポートします。

もし、貴社のDX推進において「何から手をつけるべきか」「どうすれば社内を動かせるのか」といった課題をお持ちでしたら、ぜひ一度、私たちにご相談ください。

XIMIXのGoogle Workspace 導入支援についてはこちらをご覧ください。
XIMIXのGoogle Cloud 導入支援についてはこちらをご覧ください。

まとめ

本記事では、DX推進における「モダナイゼーションと新規事業創出の優先順位」という根源的な問いについて、専門家の視点から解説しました。

重要なポイントを改めて整理します。

  • 「守りか攻めか」の二項対立は不毛。 モダナイゼーションは新規事業創出の成功を支える戦略的な土台である。

  • 自社の現在地を3つの軸で客観的に評価する。 「技術的負債」「市場の変動性」「データ活用の成熟度」から、戦略の重心を見極める。

  • 「DX投資ポートフォリオ」でROIを最大化する。 守りと攻めのROIを統合的に捉え、生成AIなどの最新技術で全体の期待リターンを高める。

  • Google Cloudは「攻守両立」を加速させる。 データ基盤の刷新からAIアプリ開発までをシームレスに実現する。

DXは、一直線の道のりではありません。しかし、正しい羅針盤と信頼できるパートナーがいれば、その航海は必ずや企業を新たな成長ステージへと導くはずです。この記事が、貴社のDX戦略を加速させる一助となれば幸いです。


DXにおけるモダナイゼーションと新規事業創出、どちらを優先すべき?

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