【入門編】プレモーテムとは?DXプロジェクトの失敗を未然に防ぐ、未来志向のリスク管理術

 2025,09,04 2025.10.29

はじめに

「このDXプロジェクトは絶対に成功させなければならない」。

強いプレッシャーの中で、多くの決裁者やプロジェクト責任者が成功への道筋を模索しています。しかし、その一方で、DX推進の達成状況について「全社的な危機感の共有」や「意識変革」といった点で課題を感じている企業は依然として少なくありません。

これは、どんなに優れた計画を立てても、予期せぬ障害によってプロジェクトが頓挫するリスクを内包していることを示唆しています。そこでもし、プロジェクトが「失敗した未来」を意図的に描き、その原因を事前に特定できるとしたらどうでしょうか。

本記事で解説するのは、まさにそのための思考法「プレモーテム(pre-mortem)」です。これは、プロジェクト開始前に「失敗」を仮想体験し、その原因を分析することで、潜在的なリスクを洗い出し、成功確率を劇的に高める手法です。

この記事を読めば、プレモーテムの基本的な知識から、私たちがDX支援の現場で培った具体的な実践方法、そしてビジネス価値までを深く理解し、自社のDXプロジェクトを成功に導くための新たな視点を得ることができます。

なぜ、DXプロジェクトにプレモーテムが不可欠なのか?

デジタルトランスフォーメーション(DX)は、単なるツールの導入ではありません。ビジネスモデルそのものを変革し、組織文化にまで影響を及ぼす、複雑で大規模な取り組みです。

だからこそ、従来のプロジェクト管理手法だけでは対応しきれない「見えないリスク」が数多く潜んでいます。例えば、信頼できる調査機関のレポート(例: Standish GroupのCHAOSレポートなど)によれば、大規模ITプロジェクトの成功率は決して高くないことが示されています。そして失敗の要因は、技術的な問題よりも、むしろ組織的な課題に起因することが多いのです。

  • 技術的負債の壁: レガシーシステムとの連携が想定以上に困難で、開発が遅延・停滞する。

  • 部門間の連携不足: 各部門の思惑が錯綜し、サイロ化された組織構造が変革の障壁となる。

  • 現場の抵抗: 新しいシステムやプロセスへの反発が起こり、導入しても利用が定着しない。

  • スキルセットのミスマッチ: プロジェクトを推進するために必要なデジタルスキルを持つ人材が社内に不足している。

これらのリスクは、プロジェクト計画の段階では「なんとなく懸念はしているが、見て見ぬふりをしている」状態になりがちです。そして、プロジェクトが進行する中で顕在化し、気づいた時には手遅れ、という事態を招きかねません。

重要なのは、これらの「起こるかもしれない失敗」を、いかに早期に発見し、先手を打てるかです。そのために「プレモーテム」という手法が極めて有効なのです。

 

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プレモーテムがもたらす4つのビジネス価値

プレモーテムは、心理学者のゲイリー・クライン氏によって提唱された手法で、「事前検死」とも訳されます。

通常のプロジェクト計画では「どうすれば成功するか」を考えますが、プレモーテムでは視点を180度転換し、「このプロジェクトは大失敗に終わった。一体、何が原因だったのだろうか?」という問いからスタートします。

このある意味、「意図的な悲観主義」とも言えるアプローチには、従来の会議では得られない、大きなメリットがあります。

①潜在的リスクの網羅的な洗い出し

「成功するはずだ」という楽観的なバイアス(確証バイアス)を取り払うことができます。参加者が自由に失敗要因を想像できるため、通常のブレインストーミングでは見落とされがちなリスク(例: 「あのキーパーソンが突然退職する」「競合他社が類似サービスを先に発表する」など)まで洗い出すことが可能です。

②心理的安全性の確保とチームの一体感醸成

「失敗」を前提に話すため、立場や役割に関わらず誰もが批判を恐れずに懸念点を表明できます。「このプロジェクトは失敗する」という発言は通常タブー視されますが、プレモーテムの場ではそれが推奨されるのです。結果として、チーム全体の心理的安全性が高まり、一体感が生まれます。

③具体的で実効性の高い対策の策定

洗い出されたリスクに対して、プロジェクト開始前に具体的な対策を検討できます。「もし〇〇が起きたら、△△を実行する」というコンティンジェンシープラン(緊急時対応計画)を事前に準備できるため、計画そのものの精度が向上し、予期せぬトラブルへの対応力も格段に高まります。

④プロジェクト計画の「解像度」向上

失敗原因を具体的に議論するプロセスを通じて、「誰が」「何を」「いつまでに」行うべきか、という計画の曖昧な部分が明確になります。リスクを特定することで、プロジェクトの成功に必要なタスクやリソースがより鮮明になるのです。

プレモーテムとポストモーテムの決定的な違い

プレモーテムとよく比較されるのが「ポストモーテム(post-mortem)」です。日本語では「事後検証」や「振り返り」と呼ばれ、多くの企業でプロジェクト終了後やシステム障害発生後に実施されています。

両者の違いは、実施するタイミングと目的にあります。

比較項目 プレモーテム (事前検死) ポストモーテム (事後検証)
タイミング プロジェクト開始前 プロジェクト終了後(または障害発生後)
目的 未来の失敗を予測し、計画を改善する 過去の失敗から学び、次のプロジェクトに活かす
視点 想像力・発想力 (何が問題になりうるか?) 分析力・洞察力 (何が問題だったのか?)
主な効果 リスクの未然防止、計画の精度向上 ノウハウの蓄積、組織学習の促進、再発防止

ポストモーテムが「過去の失敗」から学ぶための重要なプロセスである一方、プレモーテムは「未来の失敗」を未然に防ぐための攻めのリスク管理手法です。この二つを組み合わせることで、プロジェクトの成功確率はさらに高まります。

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プレモーテム実践ガイド:成功に導く5つのステップ

プレモーテムは、比較的シンプルで導入しやすいフレームワークです。ここでは、私たちがDXプロジェクト支援の現場で実践している、具体的なコツを含めた5つのステップをご紹介します。

ステップ1: 準備(場の設定と参加者の選定)

  • 参加者の選定: プロジェクトに関わる主要なメンバーを、多様な視点から集めます。マネージャー、開発、営業、企画、法務、カスタマーサポートなど、あえて異なる立場のメンバーを含めることが重要です。意思決定者(スポンサー)も参加することが望ましいです。

  • ファシリテーターの任命: 中立的な立場で議論を進行するファシリテーターを決めます。プロジェクトマネージャー自身が兼任することも可能ですが、客観性を保つために第三者が行う方が効果的な場合もあります。

  • 場の設定: 「ここではどんな意見も歓迎される」という心理的安全性の高い環境を整えます。(所要時間:全体で1〜2時間程度が目安)

ステップ2: 前提の共有と「失敗した未来」の定義

ファシリテーターが、プロジェクトの計画や目標(例: 「新システムを半年後にローンチし、業務効率を30%改善する」)を全員に改めて共有します。

その上で、次のように宣言します。

「今から半年後を想像してください。残念ながら、このプロジェクトは歴史的な大失敗に終わりました。システムはバグだらけでローンチできず、現場からは不満が噴出、計画は完全に頓挫し、目標も未達です。」

この「失敗した未来」をできるだけ具体的に、鮮明にイメージしてもらうことが、このステップの最も重要なポイントです。

ステップ3: 失敗原因のブレインストーミング(個人ワーク)

参加者一人ひとりが、「なぜプロジェクトは失敗したのか」という原因を、個人で自由に、できるだけ多く書き出します(5〜10分程度)。

この時点では、他人の意見に影響されず、突拍子もないアイデアでも構いません。

  • コツ: 「どうせ無理だと思っていた」「あの部門が協力してくれなかった」「必要な予算が承認されなかった」など、普段は口にしにくい本音を書き出すことを推奨します。

ステップ4: 原因の共有とグルーピング

参加者が書き出した原因を一人ずつ発表し、全員が見える場所(ホワイトボードやオンラインのコラボレーションツール)に貼り出していきます。

ファシリテーターは、似たような意見をグルーピングし、議論を通じて原因を整理・分類します。(例: 「リソース不足」「技術的問題」「組織・体制」「外部要因」など)

  • コツ: この際、「なぜそうなったのか?」を少し掘り下げると、根本的な原因が見えやすくなります。

ステップ5: 対策の検討と計画への反映

グルーピングされた主要な失敗原因の中から、特に「発生確率が高い」ものと「発生した場合の影響度が大きい」ものを特定し、優先順位をつけます。

そして、それらの最重要リスクを回避・軽減するための具体的な対策を議論し、プロジェクト計画に反映させます。

  • コツ: 対策は「気をつける」といった精神論ではなく、「誰が」「何を」「いつまでに」行うかという具体的なアクションプランに落とし込みます。また、リスクが顕在化した場合の対応策(コンティンジェンシープラン)も決めておきます。

プレモーテムを成功させる3つの鍵と、陥りやすい罠

多くの企業のプロジェクト支援に携わる中で、プレモーテムを導入しても形骸化してしまうケースも散見されます。成功のためには、いくつかの重要なポイントと、避けるべき「罠」があります。

成功の鍵

  • 経営層・決裁者のコミットメント: プレモーテムで洗い出されたリスクへの対策には、追加の予算やリソース、時には計画の変更が必要になる場合があります。経営層がこの手法の重要性を理解し、その結果を真摯に受け止め、対策実行を支援する姿勢が不可欠です。

  • ファシリテーターのスキル: 参加者の本音を引き出し、議論を建設的な方向に導くファシリテーターの存在が成功を大きく左右します。特に、否定的な意見が出た際に、個人攻撃にならず本質的な議論(「人」ではなく「事象」へのフォーカス)を促すスキルが求められます。

  • 「やりっぱなし」にしない: 洗い出したリスクと対策を文書化し、プロジェクト計画に明確に組み込みます。そして、プロジェクトの進捗会議などで定期的に対策が実行されているか、新たなリスクが発生していないかを確認する仕組みが必要です。

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陥りやすい罠(と対策)

  • 罠1: 同調圧力: 役職の高い人の意見に流されたり、「空気を読んで」深刻なリスクを指摘できなかったりすると、プレモーテムの効果は半減します。

    • 対策: ステップ3の個人ワークを徹底する、匿名で意見を出せるツールを活用する、ファシリテーターが意識的に若手や異なる部門の意見を引き出す。

  • 罠2: 犯人探し: 「誰のせいで失敗するのか」という議論になり始めると、心理的安全性が一気に失われます。

    • 対策: ファシリテーターが「これは未来の仮定の話であり、個人を追及する場ではない」と繰り返し周知し、「何が原因か」という事象に焦点を当て続けます。

  • 罠3: 過度な悲観主義: リスクを洗い出すことに集中しすぎると、「このプロジェクトは不可能だ」という結論に陥りがちです。

    • 対策: 必ずステップ5の「対策の検討」までセットで行う。「リスクを乗り越えてプロジェクトを成功させること」が目的であると、常に立ち返ることが重要です。

【実践編】Google Workspace を活用した効果的なプレモーテム

プレモーテムは、Google Workspace のようなコラボレーションツールを活用することで、リモート環境でも、また対面であってもさらに円滑かつ効果的に実施できます。私たちがご支援する現場での具体的な活用シナリオをご紹介します。

ステップ1〜2: Google Meet での場の設定と前提共有

ビデオ会議 Google Meet を使用し、参加者全員の顔を見ながら議論を進めます。カメラをオンにすることを推奨し、ファシリテーターが意識的にリアクションを促すことで、リモートでも心理的安全性を確保します。前提条件となるプロジェクト計画は Google スライド で画面共有し、全員の目線を合わせます。

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ステップ3〜4: ドキュメントやスプレッドシートでの原因の可視化

失敗原因のブレインストーミングとグルーピングには、ドキュメントやスプレッドシートが最適です。

参加者は自由に失敗原因を書き出していきます。ファシリテーターは、それらをリアルタイムで移動させながらグルーピングし、議論を可視化します。

参加人数が多い場合や、より詳細な分析(影響度、発生確率など)を行いたい場合は、Google スプレッドシート を共有し、各自行に原因を書き出してもらう方法も有効です。

ステップ5: Google Docs / Sheets での対策管理と計画への反映

議論の結果、特定されたリスクと決定した対策(アクションプラン)は、Google Docs にまとめ、関係者全員で共有・管理します。

対策ごとに「担当者」「期限」を明確にし、プロジェクトの定例会議などで Google スプレッドシート の管理表を見ながら進捗を確認します。これにより、プレモーテムが「やりっぱなし」になることを防ぎ、確実にプロジェクト計画へと落とし込むことができます。

これらのツールを組み合わせることで、場所を選ばずに効果的なプレモーテムセッションを実施し、その結果をシームレスにプロジェクト管理へとつなげることが可能です。

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プレモーテムの限界と、それを補う考え方

プレモーテムは非常に強力な手法ですが、万能ではありません。その限界も理解しておくことが重要です。

プレモーテムは、あくまで「既知の未知(想像できる範囲のリスク)」を洗い出すことには長けていますが、「未知の未知(想像すらできない未曾有の事態)」を予測することは困難です。

また、参加者の想像力や経験に依存するため、メンバー構成が偏っていると、リスクの洗い出しも偏る可能性があります。

したがって、プレモーテムを実施した後も、プロジェクト進行中はアジャイルなアプローチを取り入れ、小さな単位で検証とフィードバックのサイクルを回し、予期せぬ変化に柔軟に対応できる体制を整えておくことが、DXプロジェクトを成功させる上では同様に重要となります。

XIMIXが伴走支援するDXプロジェクト推進

プレモーテムは強力な手法ですが、自社だけで効果的に実施するには、客観的な視点の確保や、高度なファシリテーションスキルが求められるなど、難しい側面もあります。

特に、部門間の利害が複雑に絡み合う大規模なDXプロジェクトでは、私たちのような第三者の視点を取り入れることが成功の鍵となるケースが少なくありません。

私たち『XIMIX』は、Google Cloud の専門家集団として、数多くの中堅・大企業のDXプロジェクトをご支援してきました。その豊富な経験に基づき、プロジェクトの計画段階から伴走し、様々な手法を用いて潜在的なリスクを特定、技術とビジネスの両面から最適な解決策をご提案します。

Google Workspace を活用した効率的なプロジェクト推進はもちろんのこと、Google Cloud の最新技術、例えばデータ分析基盤の構築による需要予測の精度向上など、貴社の課題解決に直結する具体的なソリューションを提供し、プロジェクトを成功へと導きます。

もし、プロジェクトの推進に少しでも不安を感じているようでしたら、ぜひ一度、私たちにご相談ください。

XIMIXのGoogle Workspace 導入支援についてはこちらをご覧ください。
XIMIXのGoogle Cloud 導入支援についてはこちらをご覧ください。

まとめ

本記事では、プロジェクトの失敗を未然に防ぐ未来志向のリスク管理手法「プレモーテム」について、その具体的な実践方法とDXプロジェクトにおける重要性を解説しました。

  • プレモーテムは、プロジェクト開始前に意図的に「失敗」を仮想し、その原因を分析する思考法です。

  • DXプロジェクト特有の「見えないリスク」を、心理的安全性を確保しながら網羅的に洗い出せます。

  • ポストモーテムが「過去の学び」であるのに対し、プレモーテムは「未来への先手」を打つ手法です。

  • 成功には、経営層の理解優れたファシリテーション、そして対策を「やりっぱなしにしない」実行力が不可欠です。

  • Google Workspace を活用することで、リモート環境でも効果的な実践が可能です。

変化が激しく、不確実性の高い現代において、DXプロジェクトを成功させるためには、計画通りに進める能力と同じくらい、予期せぬ事態に備える「転ばぬ先の杖」が重要になります。プレモーテムは、そのための強力な武器となり得ます。ぜひ、貴社の次のプロジェクトでこの思考法を取り入れてみてはいかがでしょうか。


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