はじめに
多くの企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する中で、「データは21世紀の石油である」と言われるように、その戦略的価値はますます高まっています。しかし、その一方で、「社内にデータは大量にあるはずなのに、意思決定に活かせていない」「部門ごとにデータがサイロ化し、全社横断での分析ができない」といった課題に直面している企業は少なくありません。
これらの課題の根源には、多くの場合、データを適切に管理・維持し、その価値を保証するための仕組みの欠如があります。
本記事では、こうした課題を解決し、データを経営資産へと昇華させるための重要な概念である「データスチュワードシップ」について、基礎から分かりやすく解説します。データガバナンスとの違いや、具体的な役割、そして導入を成功させるための秘訣までを掘り下げ、貴社のデータ活用戦略を一歩先へ進めるためのヒントを提供します。
DX推進の足かせとなる「データサイロ」、その深刻な影響とは?
多くの企業組織では、営業、マーケティング、製造、経理といった部門ごとにシステムが最適化され、それぞれが独自のデータを蓄積・管理しています。この状態が、いわゆる「データサイロ」です。
このデータサイロは、DX推進において深刻な足かせとなります。例えば、以下のような問題が発生します。
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意思決定の遅延と質の低下: 経営層が全社的な視点で市場を分析しようとしても、各部門から上がってくるデータの定義や形式がバラバラで、統合・分析に膨大な時間と手間がかかります。結果的に、変化の速い市場環境において、迅速で的確な意思決定の機会を逃してしまいます。
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顧客体験の毀損: 営業部門が持つ顧客情報と、カスタマーサポート部門が持つ問い合わせ履歴が連携されていなければ、一貫性のある顧客対応は困難です。結果として、顧客満足度の低下を招きかねません。
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コンプライアンスリスクの増大: 個人情報や機密データがどの部門のどのシステムに保管され、誰がアクセスできるのかを正確に把握できなければ、情報漏洩や法規制違反のリスクが高まります。
これらの課題は、単なるIT部門の問題ではなく、企業の競争力そのものを揺るがしかねない経営課題と言えるでしょう。
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データスチュワードシップとは?単なる「データ管理」ではないその本質
前述のような課題を解決する鍵となるのが「データスチュワードシップ」です。
データスチュワードシップとは、企業が保有するデータ資産に対して、組織横断で品質、セキュリティ、利用方法に関する維持・管理責任を果たすための仕組みや文化そのものを指します。重要なのは、これをIT部門だけが行う「データ管理」とは一線を画す概念であるという点です。
データスチュワードシップの目的:攻めと守りのデータ活用を実現する
データスチュワードシップの目的は、大きく2つの側面に分けられます。
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守りのデータ活用(データガバナンス): データのセキュリティを確保し、プライバシー保護や各種法規制(個人情報保護法、GDPRなど)を遵守します。これにより、コンプライアンス違反のリスクを低減し、企業の信頼性を担保します。
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攻めのデータ活用(データ利活用促進): データの品質と信頼性を高め、必要な人が必要な時に安心してデータを使える環境を整備します。これにより、データに基づいた正確な意思決定や、新たなビジネスインサイトの創出を加速させます。
この「攻め」と「守り」を両立させ、データを安全かつ効果的に活用するための羅針盤となるのが、データスチュワードシップの本質です。
よくある誤解:データガバナンスとの違いを理解する
データスチュワードシップと共によく語られる言葉に「データガバナンス」があります。この二つは密接に関連しますが、その役割には明確な違いがあります。
観点 | データガバナンス | データスチュワードシップ |
役割 | ルールや戦略の「策定」 | ルールや戦略の「実行・実践」 |
主体 | 経営層やデータ管理委員会など(トップダウン) | 各事業部門のデータオーナーや担当者(現場) |
概要 | データ全体に関する方針、ポリシー、標準、法律などを定める「統治の枠組み」 | 定められた方針やルールに基づき、日々のデータ管理を実践する「活動・責任」 |
簡単に言えば、データガバナンスが「法律や憲法」を定めるものだとすれば、データスチュワードシップは、その法律に則って日々の行政を執行する「現場の責任者たちの活動」とイメージすると分かりやすいでしょう。両者は車輪の両輪であり、どちらが欠けてもデータ活用はうまく進みません。
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データスチュワードの役割とは?現場と経営をつなぐ重要な架け橋
データスチュワードシップを実践する上で中核となるのが、「データスチュワード」と呼ばれる役割を担う人材です。データスチュワードは、特定のデータ領域(例:顧客データ、製品データなど)に対して責任を持ち、そのデータの価値を最大化するための活動を主導します。
多くの場合、IT部門の人間ではなく、そのデータを最もよく理解している事業部門の担当者やマネージャーが任命されます。彼らは、現場と経営、そしてIT部門をつなぐ重要な架け橋として、以下のような多岐にわたる役割を担います。
①データ品質の維持・向上
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データの重複、欠損、誤りなどを特定し、修正プロセスを定義・実行する。
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データ入力時のルールを定め、現場担当者への教育を行う。
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②データ定義とメタデータの管理
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「顧客単価」や「アクティブユーザー」といったビジネス用語の定義を明確にし、全社で共通の認識を持てるようにする。
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データの出所、意味、更新頻度といった情報(メタデータ)を整備し、データ利用者がその内容を正しく理解できるよう支援する。
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③データセキュリティとコンプライアンスの遵守
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データガバナンスで定められたポリシーに基づき、データへのアクセス権限を適切に管理する。
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個人情報などの機微なデータが、ルールに則って安全に取り扱われているかを監視する。
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④データ利活用の促進と啓蒙
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担当するデータがどのようにビジネスに活用できるかを考え、利用を促進する。
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現場のデータ利用者からの問い合わせに対応し、データ活用に関するトレーニングを行う。
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なぜ、データスチュワードシップが経営課題となるのか?
データスチュワードシップは、もはや一部の先進企業だけのものではありません。すべての企業にとって、今すぐ取り組むべき重要な経営課題となっています。その背景には、以下の3つの理由があります。
①属人化を防ぎ、全社的なデータ活用文化を醸成
特定の担当者しかデータの意味や場所が分からない、という状況は大きな経営リスクです。データスチュワードシップを導入し、データの定義や管理ルールを文書化・共有することで、こうした属人化を解消できます。誰もが安心してデータを扱えるようになることで、データに基づいた議論や提案が活発化し、全社的なデータ活用文化の醸成につながります。
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②意思決定の迅速化と精度向上を実現
信頼できるデータがタイムリーに手に入るようになれば、経営層や事業責任者は、勘や経験だけに頼るのではなく、客観的なデータに基づいて、より確度の高い意思決定を迅速に行うことができます。これは、市場の変化に素早く対応し、競争優位性を確立する上で不可欠です。
③生成AI時代に不可欠な「高品質なデータ」の供給源
Geminiに代表される生成AIのビジネス活用が急速に進んでいます。しかし、生成AIがその能力を最大限に発揮するためには、学習元となるデータの「質」と「信頼性」が決定的に重要です。不正確なデータや偏ったデータを学習させれば、誤った分析結果や不適切な回答を生成しかねません。 データスチュワードシップは、AIに学習させるための高品質な社内データを用意するための基盤そのものです。来るAI時代に乗り遅れないためにも、その土台となるデータ整備は急務と言えます。
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データスチュワードシップ導入を成功させるための3つの秘訣
多くの企業を支援してきた経験から、データスチュワードシップの導入プロジェクトが失敗に終わるケースには、いくつかの共通したパターンが見られます。ここでは、そうした陥りがちな罠を避け、導入を成功に導くための3つの秘訣をご紹介します。
秘訣1:経営層の強力なコミットメントと明確な目標設定
データスチュワードシップは、部門横断での協力が不可欠なため、現場の努力だけでは限界があります。「なぜ当社にこれが必要なのか」という目的を、経営層が自らの言葉で全社に発信し、強力なリーダーシップを発揮することが成功の絶対条件です。 その上で、「顧客データの品質を3ヶ月で20%改善する」「新製品開発の意思決定プロセスをデータで支援する」といった、具体的で測定可能なビジネス目標を設定することが重要です。
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秘訣2:「スモールスタート」で成果を可視化し、全社へ展開
最初から全社一斉に完璧な仕組みを導入しようとすると、計画が壮大になりすぎて頓挫しがちです。陥りがちな罠として、全データを対象に壮大な計画を立て、結果が出る前に現場が疲弊してしまうケースが挙げられます。 まずは、ビジネスインパクトが大きく、かつ関係者が少ない領域(例えば、特定の製品のマーケティングデータなど)に絞ってスモールスタートを切ることをお勧めします。小さな成功体験を積み重ね、その効果を社内に示すことで、他部門の協力を得やすくなり、段階的に全社へと展開していくことができます。
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秘訣3:役割と責任を明確にし、適切な人材を任命する
データスチュワードは、非常に重要な役割ですが、他の業務と兼任することがほとんどです。「任命したものの、具体的に何をすれば良いのか分からず、活動が形骸化する」というのは、よくある失敗パターンです。 そうならないためには、データスチュワードの役割(Role)、責任(Responsibility)、評価指標(KPI)を明確に定義することが不可欠です。また、任命する際は、ITスキルよりも、担当するデータへの深い業務知識と、他部門と円滑に調整できるコミュニケーション能力を重視すべきです。
専門家の支援が成功の鍵に - XIMIXが提供する価値
データスチュワードシップの導入は、単なるツールの導入ではなく、組織文化の変革を伴う長期的な取り組みです。成功の秘訣で述べたように、適切な目標設定、現実的なロードマップの策定、そして組織内での合意形成など、乗り越えるべきハードルは少なくありません。
このような複雑なプロジェクトを自社だけで推進するには、多大な労力と専門知識が求められます。
私たちXIMIXは、Google Cloudの専門家集団として、多くの中堅・大企業のデータ活用基盤構築を支援してまいりました。その豊富な経験に基づき、貴社のビジネス課題や組織文化に合わせた、現実的で効果的なのロードマップ策定から、Google Cloudの最新テクノロジーを活用した実行支援まで、一気通貫でサポートします。
何から手をつければ良いか分からない、といった初期段階のご相談からでも、ぜひお気軽にお声がけください。
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まとめ
本記事では、DX推進の鍵となる「データスチュワードシップ」の基本的な概念から、その重要性、そして導入を成功させるための秘訣までを解説しました。
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データスチュワードシップは、データを「攻め」と「守り」の両面から活用するための仕組みと文化である。
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データガバナンスが「ルール作り」、データスチュワードシップが「実践」を担う。
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データスチュワードは、現場と経営をつなぎ、データの価値を最大化するキーパーソンとなる。
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成功のためには、経営層のコミットメント、スモールスタート、役割の明確化が不可欠。
データをコストセンターから、新たな価値を生み出すプロフィットセンターへと変革させる旅は、決して平坦な道のりではありません。しかし、その第一歩としてデータスチュワードシップに取り組むことは、企業の持続的な成長のために不可欠な投資と言えるでしょう。この記事が、貴社のデータドリブン経営への一助となれば幸いです。
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