はじめに
「CX(カスタマーエクスペリエンス)」という言葉を耳にする機会が増え、その重要性が叫ばれていますが、「具体的に何を指すのか」「なぜ今、自社の経営戦略において重要なのか」を明確に説明できるでしょうか。
多くの企業が顧客満足度の向上を目指す一方で、市場のコモディティ化が進み、製品やサービスの機能だけで差別化を図ることは極めて困難になっています。このような時代において、企業の持続的な成長を左右する鍵こそが、顧客とのあらゆる接点を通じて得られる「体験」の質、すなわちCXなのです。
この記事では、単なる言葉の定義にとどまらず、CXがなぜ現代のビジネスにおいて最重要課題の一つなのか、そして多くの企業がCX向上に取り組む上で直面する課題と、それを乗り越えるための具体的な戦略アプローチについて解説します。この記事を読めば、CXの基本を理解し、自社の成長戦略として実践するための道筋を描けるようになるでしょう。
CX(カスタマーエクスペリエンス)とは?
CXとは「Customer Experience(カスタマーエクスペリエンス)」の略で、日本語では「顧客体験」や「顧客体験価値」と訳されます。
これは、顧客が商品を認知し、興味を持ち、購入を検討、購入、そして利用後のアフターサポートに至るまで、企業と関わるすべての一連の接点(タッチポイント)で顧客が感じる、感情的・心理的な価値の総体を指します。
単に製品が使いやすい、価格が安いといった機能的・物理的な価値だけでなく、「このブランドのサポートはいつも丁寧で安心できる」「このサービスのウェブサイトは情報が探しやすい」といったポジティブな感情もCXの一部です。
CS、UXとの決定的な違い
CXを理解する上で、よく似た言葉である「CS」や「UX」との違いを明確に把握しておくことが重要です。これらは混同されがちですが、焦点となる範囲と時間軸が異なります。
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CS (Customer Satisfaction / 顧客満足度):CSは、提供された商品やサービスが顧客の期待をどの程度満たしたかという「結果」に対する満足度を測る指標です。特定の接点における満足度を指すことが多く、CXを構成する一つの要素と言えます。
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UX (User Experience / ユーザーエクスペリエンス) :UXは、主にウェブサイトやアプリ、製品といった「特定のプロダクトやサービスを利用する際に得られる体験」を指します。例えば、「このアプリは直感的に操作できる」といった体験がUXです。UXは、数ある顧客接点の中の一つであり、CXの一部です。
結論として、CXはこれらCSやUXをすべて包含する、最も広範で長期的な概念です。個々の接点での体験(UX)やその結果としての満足度(CS)の「積み重ねすべて」が、ブランド全体に対する総合的な顧客体験(CX)を形成するのです。
なぜ今、CXが企業の成長を左右する最重要指標なのか
近年、CXがマーケティング部門だけの課題ではなく、全社で取り組むべき「経営指標」として位置づけられるようになった背景には、市場環境の劇的な変化があります。
背景1:市場の成熟とコモディティ化
テクノロジーの進化により、多くの市場で製品やサービスの機能・品質・価格による差別化が難しくなりました(コモディティ化)。
顧客は類似した選択肢の中から一つを選ぶ際、機能的な価値だけでなく、「購入プロセスが快適だった」「自分に合った提案をしてくれた」といった「体験価値」を無意識に重視するようになっています。
背景2:購買行動の変化と顧客接点の複雑化
スマートフォンやSNSの普及により、顧客の購買行動は根本的に変わりました。顧客は購入前にオンラインで情報を徹底的に収集・比較し、購入後にはその体験をSNSなどで発信することが当たり前になっています。
企業と顧客の接点は、従来の店舗や営業担当者だけでなく、ウェブサイト、SNS、広告、カスタマーサポート、チャットボットなど、オンライン・オフラインを問わず爆発的に増加し、複雑化しています。これらの多様な接点すべてで一貫した「質の高い体験」を提供することが、顧客の信頼を得る上で不可欠です。
CXがもたらす具体的なビジネスインパクト
優れたCXは、顧客の感情に直接働きかけ、企業に測定可能な利益をもたらします。
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顧客ロイヤルティの向上とLTVの最大化 ポジティブな体験をした顧客は、その企業やブランドのファンとなり、継続的に製品やサービスを利用してくれる「リピーター」になる可能性が飛躍的に高まります。これにより、顧客一人ひとりが生涯にわたって企業にもたらす利益(LTV:Life Time Value)が最大化されます。
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ブランドイメージと競争優位性の確立 顧客の「素晴らしい体験」は、ポジティブな口コミやSNSでの推奨を通じて拡散され、新たな顧客を呼び込む強力なマーケティング効果を生み出します。これは他社が容易に模倣できない、持続可能な競争優位性となります。
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価格競争からの脱却 顧客が提供される「体験」そのものに価値を感じるようになれば、「この会社だから買う」という理由が生まれます。結果として、多少価格が高くても選ばれるようになり、不毛な価格競争から一線を画すことができます。
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CX向上を阻む、多くの企業が陥る「3つの壁」
多くの企業がCXの重要性を認識しながらも、その取り組みはなかなか成果に結びつかないケースが少なくありません。次に多くの企業が共通して直面する「3つの壁」を解説します。
壁1:データのサイロ化による「顧客の分断」
最も深刻な壁が、顧客データが部門ごとにバラバラに管理されている状態(データのサイロ化)です。
例えば、マーケティング部門はMAツール、営業部門はSFA/CRM、サポート部門は問い合わせ管理システム、EC部門はカートシステムといったように、データが各部門のツール内に閉じ込められています。
これでは、ある顧客が「ウェブサイトでどのページを閲覧し、営業担当とどんな話をし、過去にどんな問い合わせをしたか」という一連の行動を統合的に把握できません。
結果として、各部門が分断された顧客情報をもとにアプローチしてしまい、一貫性のないチグハグな体験(例:昨日サポートにクレームを入れたのに、今日営業から新商品の案内メールが届く)を提供してしまうのです。
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壁2:部門間の連携不足による「体験の分断」
データのサイロ化は、多くの場合、組織の壁(部門最適)に起因します。
マーケティング部門はリード獲得数、営業部門は受注件数、サポート部門は対応完了件数といったように、各部門が個別のKPI(重要業績評価指標)のみを追求するあまり、部門間の連携が疎かになりがちです。
しかし、顧客にとって企業の内部事情は関係ありません。「マーケティング部門と営業部門で言っていることが違う」「サポートのたらい回しにされた」といった体験は、顧客の不信感を招き、CXを著しく損ないます。
壁3:戦略の不在と場当たり的な施策
「CX向上が重要だ」という号令のもと、戦略的な分析を欠いたまま、個別の施策に飛びついてしまうケースも散見されます。
例えば、「競合が導入したから」という理由だけでチャットボットを導入したり、カスタマージャーニーマップを作ること自体が目的化してしまったりするケースです。自社の顧客が誰で、どのような体験を求めているのか、そして現状の最大の課題(ボトルネック)はどこにあるのか、という分析に基づいた戦略がなければ、それらの施策は単なる「点」となり、線としての「優れたCX」には繋がりません。
CX向上を測る主要な指標(KPI)
CX向上を「経営戦略」として推進する上で、その成果を測定する指標(KPI)の設定は不可欠です。決裁者を納得させ、全社的な取り組みを継続するためにも、CXを可視化する代表的な指標を理解しておきましょう。
①NPS(ネット・プロモーター・スコア)
NPS(Net Promoter Score)は、「あなたはこの製品(サービス/ブランド)を友人や同僚にどの程度推奨しますか?」という質問(0〜10点の11段階)によって測定される、顧客ロイヤルティを測る指標です。
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9〜10点:推奨者
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7〜8点:中立者
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0〜6点:批判者
「推奨者の割合(%)」から「批判者の割合(%)」を引いた数値がNPSとなります。単なる満足度ではなく、「他者への推奨度」という未来の行動を問う点で、企業の収益性と強い相関があるとされています。
②CSAT(顧客満足度スコア)
CSAT(Customer Satisfaction Score)は、カスタマーサポートの対応後や商品購入直後など、特定の接点における顧客の満足度を直接的に測る指標です。「今回の対応(商品)にどの程度満足されましたか?」といった質問に対し、5段階評価などで回答してもらいます。特定のタッチポイントにおける体験の質を即時的に評価・改善するのに役立ちます。
③CES(カスタマー・エフォート・スコア)
CES(Customer Effort Score)は、「問題解決のために、どの程度の労力(手間)がかかりましたか?」と質問し、顧客が感じた負担を測定する指標です。特にカスタマーサポートの文脈で重要視されます。「少ない労力で問題が解決した」という体験は、顧客ロイヤルティに直結するため、CESを低減させる努力がCX向上に繋がります。
【具体例】CX向上に成功した企業のケーススタディ
ここでは、CX向上に成功している企業の戦略的な特徴を、BtoBとBtoCのケーススタディとしてご紹介します。
ケース1:BtoB製造業 A社のデータ統合戦略
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課題: 従来の営業担当者経由の「オフライン」の顧客情報と、近年強化したWebサイトからの「オンライン」のリード情報が分断(サイロ化)していた。
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戦略: まず、Google Cloud の BigQuery を中核としたデータ分析基盤(CDP)を構築。SFA(営業情報)、MA(Web履歴)、基幹システム(購買履歴)のデータを統合し、顧客を360度で可視化できるようにした。
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成果: 営業担当者が訪問前に「お客様がどのWebページを閲覧し、どの技術資料をダウンロードしたか」を把握できるように。その結果、顧客の関心事に即した的確な提案が可能となり、商談化率が大幅に向上。また、Web上での顧客の行動変容をトリガーに、インサイドセールスが適切なタイミングでフォローする体制も確立できた。
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ケース2:BtoC小売業 B社のパーソナライズ戦略
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課題: ECサイトと実店舗のポイントカード情報や購買履歴が別々に管理され、一貫した顧客体験を提供できていなかった。
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戦略: データ基盤を統合し、オンライン・オフラインの行動履歴や購買履歴を一元管理。Vertex AI のようなAIプラットフォームを活用し、高度なレコメンデーションエンジンを構築した。
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成果: ECサイトでは、顧客の過去の閲覧・購買履歴に基づき、「あなたへのおすすめ」を高精度で表示。実店舗でも、アプリを通じて顧客の好みに合わせたクーポンや新商品情報を配信。顧客は「自分のことをよく理解してくれている」と感じるようになり、リピート購入率と顧客単価の向上に成功した。
データとDXで実現するCX向上の戦略的アプローチ
前述の「3つの壁」を乗り越え、CX向上を成功させるためには、場当たり的な施策ではなく、データに基づいた戦略的なアプローチが不可欠です。
Step 1: 顧客接点の可視化とデータ統合基盤の構築
まず、顧客が自社と関わるすべての接点(ウェブサイト、広告、店舗、営業、サポートなど)を洗い出し、それぞれの接点での顧客の行動や感情を可視化する「カスタマージャーニーマップ」を作成します。
そして、そのジャーニー全体を支えるために最も重要なのが、サイロ化された顧客データを統合するデータ活用基盤の構築です。
クラウドベースのデータウェアハウス、例えば Google Cloud の BigQuery などを活用することで、社内に散在するあらゆるデータを一元的に収集・分析し、顧客の全体像を360度で理解することが可能になります。
Step 2: データに基づいたパーソナライズ施策の実行
統合されたデータを分析することで、顧客一人ひとりの興味関心や行動パターン、さらには次に起こすであろう行動の予測まで可能になります。
そのインサイトに基づき、個々の顧客に最適化された情報やサービスを提供する「パーソナライズ」を実現します。例えば、ウェブサイトの閲覧履歴から、顧客が興味を持ちそうなコンテンツをAIが自動で推薦する、といった施策です。
近年では、Vertex AI のようなプラットフォームを活用し、生成AIによる高度なレコメンデーションや、顧客からの問い合わせに対する最適な回答を自動生成するなど、より高度なCX提供も可能になっています。
Step 3: 全社一丸となるための従業員体験(EX)の向上
見落とされがちですが、優れたCXは、優れた従業員体験(EX:Employee Experience)なくしては実現できません。
顧客に最高のサービスを提供するためには、まず従業員自身が円滑に情報共有でき、部門の壁を越えて協力し合える環境が必要です。顧客データがサイロ化している状態では、従業員も必要な情報にアクセスできず、ストレスを感じます。
例えば、Google Workspace のようなコラボレーションツールは、リアルタイムでの情報共有や共同作業を促進し、組織の縦割りを解消します。従業員が必要な情報(統合された顧客データを含む)にいつでもどこからでもアクセスできる環境を整えることが、結果的にお客様への迅速で質の高い対応、すなわちCXの向上に直結するのです。
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成功の鍵は、データ基盤と組織横断のパートナーシップ
ここまで見てきたように、真のCX向上を実現するには、個別のツール導入やマーケティング施策だけでは不十分です。
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全社の顧客データを統合・分析するための堅牢なデータ活用基盤
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部門の壁を越えて連携し、一貫した顧客体験を創出する組織文化(と、それを支える従業員体験)
この両輪を回していくことが成功の絶対条件です。しかし、多くの企業にとって、これらを自社だけのリソースで推進するには高いハードルが存在するのも事実です。データ基盤の構築には高度な専門知識が求められ、組織改革には客観的な視点と強力な推進力が必要となります。
このような課題に対し、私たちXIMIXは、Google Cloud の専門家集団として、技術とビジネスの両面からお客様を支援します。Google Cloud を活用したデータ分析基盤の構築から、Google Workspace を活用した業務改革・組織文化の醸成までをワンストップで提供し、お客様のCX戦略が絵に描いた餅で終わらないよう、計画策定から実装、そして定着化までを伴走支援します。
自社のCXを次のステージへ引き上げたい、データと組織の両面から改革を進めたいとお考えの際は、ぜひ一度XIMIXにご相談ください。
XIMIXのGoogle Workspace 導入支援についてはこちらをご覧ください。
XIMIXのGoogle Cloud 導入支援についてはこちらをご覧ください。
まとめ
本記事では、CX(カスタマーエクスペリエンス)の基本的な概念から、その重要性、そして企業が直面しがちな課題と成功へのアプローチについて解説しました。
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CXとは、顧客が企業と関わる全接点での体験価値の総体であり、CSやUXを包含する広範な概念である。
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市場の成熟化と顧客接点の複雑化を背景に、CXは企業の成長を左右する経営の最重要指標となっている。
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CX向上を成功させるには、「データのサイロ化」や「部門間の連携不足」といった壁を乗り越える必要がある。
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そのためには、CXを測定する指標(NPSなど)を定め、具体的な成功事例に学ぶことが有効である。
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成功の鍵は、データ活用基盤の構築と、従業員体験(EX)の向上を両輪で進める戦略的アプローチにある。
CX向上は一朝一夕に成し遂げられるものではありません。しかし、顧客を深く理解し、全社一丸となって一貫した価値体験を提供し続けることで、それは揺るぎない競争優位性となります。まずは自社の顧客接点を見直し、どこに課題があるのかを把握することから始めてみてはいかがでしょうか。
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