はじめに
多くの企業でリモートワークから原則出社へと働き方の舵が切られ始めています。オフィスの活気を取り戻し、偶発的なコミュニケーションを促進する一方で、情報システム部門は新たな課題に直面しているのではないでしょうか。
「リモートワーク用に緩和したアクセス権限を、ただ元に戻せばよい」 「オフィス内からのアクセスだから、以前より安全だろう」
もし、このように考えているとすれば、それは危険な兆候かもしれません。出社回帰は、単に働く場所が変わるだけではありません。リモートワーク時代に最適化されたIT環境を無防備な状態に戻し、新たなセキュリティホールを生み出すリスクを内包しているのです。
本記事では、多くの中堅・大企業のDX推進を支援してきた専門家の視点から、原則出社への移行時にGoogle Workspace上で対応すべきセキュリティ課題を深掘りします。具体的な設定方法だけでなく、ビジネス価値を損なわないためのポリシー設計の考え方、そして移行プロジェクトを成功に導くための実践的なポイントまで、体系的に解説します。
なぜ、Google Workspaceの設定見直しが急務なのか?出社回帰に潜む3つのセキュリティリスク
リモートワーク体制の構築に奔走した数年前とは異なり、出社回帰の対応は後手に回りがちです。しかし、そこには見過ごせない3つのリスクが潜んでいます。
リスク1:オフィスネットワークへの過信と境界型防御の限界
最も大きなリスクは、「オフィスネットワークは安全」という過去の常識に囚われることです。かつての「境界型防御」モデルでは、社内ネットワークの内側を信頼し、外側を脅威とみなしていました。
しかし、クラウドサービスの利用が当たり前となった現在、データは社内だけでなくGoogle Cloudをはじめとする外部に存在します。オフィス内からであっても、悪意のあるソフトウェアの実行や不正な操作による情報漏洩のリスクはリモートワーク時と本質的には変わりません。むしろ、オフィスという安心感が、従業員のセキュリティ意識の低下を招く可能性すらあります。
リスク2:「黙認されたBYOD」とシャドーITの再燃
リモートワーク下で、緊急避難的に私物端末の業務利用(BYOD)を許可、あるいは黙認してきた企業は少なくありません。出社回帰に伴い、これらの私物端末がオフィスネットワークに接続されることで、管理外のデバイスが社内システムにアクセスする状況が生まれます。
セキュリティ対策が不十分なデバイスは、マルウェア感染の侵入経路となり、社内全体に脅威を拡散させる踏み台になりかねません。また、厳しい制限を設けた結果、従業員が非許可のクラウドストレージやコミュニケーションツールを利用する「シャドーIT」が再燃するリスクも高まります。
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リスク3:従業員の利便性低下が招く、生産性の阻害とコンプライアンス違反
セキュリティを重視するあまり、一律に厳しいアクセス制限を課すことは、従業員の生産性を大きく損なう可能性があります。例えば、営業担当者が出先で急に資料へアクセスできなくなったり、業務委託パートナーとの連携が滞ったりするケースです。
過度な制限は、従業員の不満を増大させ、結果的にルールの形骸化や抜け道を探す行動を助長します。これでは、コンプライアンスを維持することも困難になり、本末転倒な結果を招いてしまいます。
出社回帰を成功に導くGoogle Workspaceセキュリティポリシー設計の全体像
これらのリスクに対応するためには、働く場所を問わず、すべてのアクセスを信頼しないことを前提とする「ゼロトラスト」の考え方が不可欠です。Google Workspaceは、このゼロトラストモデルを具現化するための強力な機能を備えています。
基本方針:ゼロトラストモデルへの移行
ゼロトラストとは、「決して信頼せず、常に検証する(Never Trust, Always Verify)」というアプローチです。具体的には、社内ネットワークからのアクセスであっても、ユーザーの本人確認、デバイスの健全性、アクセス先の情報資産の重要度などを都度評価し、アクセス許可を判断します。
出社回帰は、このゼロトラストモデルに基づいて社内全体のセキュリティポリシーを再設計する絶好の機会と言えます。
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3つの柱:「誰が」「どの端末で」「どこから」アクセスするかを制御する
Google Workspaceにおけるゼロトラストの実現は、以下の3つの要素を組み合わせて制御することで成り立ちます。
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ユーザー認証(Identity): 誰がアクセスしているのか?(多要素認証、アカウント管理)
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デバイス管理(Endpoint): どのような端末でアクセスしているのか?(会社支給PC、私物スマホ、OSのバージョン、暗号化の状態など)
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アクセスコンテキスト(Context): どこから、いつアクセスしているのか?(IPアドレス、地域、時間帯など)
これらを組み合わせ、業務内容やデータの機密度に応じた柔軟なアクセスポリシーを設計することが重要です。
【実践編】原則出社への移行で実施すべきGoogle Workspaceの具体的な設定
ここでは、前述の3つの柱に基づき、原則出社への移行時に見直すべき具体的な設定項目を解説します。
ステップ1:アクセスコンテキストの再定義(Context-Aware Accessの活用)
Context-Aware Access は、ゼロトラストを実現する上で中核となる機能です。IPアドレス、デバイスのセキュリティ状態、地域などの条件に基づいて、Google Workspaceの各サービスへのアクセスを動的に制御します。
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オフィス内IPアドレスからのアクセスを基本とする: まず、本社の固定IPアドレスなどを「信頼できるネットワーク」として定義し、そこからのアクセスを基本とします。これにより、管理外のネットワークからの安易なアクセスをブロックできます。
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特定の役職や業務内容に応じた例外ルールの設定: 一方で、外出の多い営業職や、特定の業務委託先など、社外からのアクセスが必要なユーザーも存在します。ユーザーやグループ単位で、「会社管理のデバイスからのみアクセスを許可する」といった例外ルールを設定することで、セキュリティと利便性のバランスを取ることが可能です。
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ステップ2:デバイス管理の強化(エンドポイント管理)
Google Workspaceには、PCやスマートフォンなどのデバイスを管理する「Google エンドポイント管理」機能が備わっています。
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会社所有デバイスと個人所有デバイス(BYOD)のポリシー分離: 出社回帰に伴い、オフィス内で利用されるデバイスの種類を再整理しましょう。会社が管理するデバイスには厳格なポリシーを適用し、個人所有デバイスの利用を許可する場合は、業務データ領域を分離するなどのより制限的なポリシーを適用することが賢明です。
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基本的なセキュリティ要件(OSバージョン、画面ロック等)の強制: 「OSが最新であること」「画面ロックが有効であること」「ディスクが暗号化されていること」といった基本的なセキュリティ要件をデバイスに強制し、これを満たさないデバイスからのアクセスを Context-Aware Access でブロックすることができます。
ステップ3:情報漏洩対策の再点検(DLPと共有設定)
従業員が一箇所に集まることで、意図しない形での情報共有や持ち出しのリスクも変化します。
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社外へのファイル共有ルールの見直し: リモートワーク用に緩和していたGoogle ドライブの共有設定を再確認し、デフォルトで組織外への共有を制限する、あるいは特定のグループのみ許可するなど、より厳格な設定に戻すことを検討します。
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データ損失防止(DLP)の活用: Google WorkspaceのDLP機能を使えば、ドキュメントやメールの内容をスキャンし、「個人情報」や「社外秘」といったキーワードが含まれる場合に、社外共有を自動的にブロックしたり、管理者にアラートを通知したりすることが可能です。出社回帰を機に、保護すべき情報のルールを再定義し、DLPポリシーに反映させましょう。
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移行をスムーズに進めるための注意点と成功の鍵
技術的な設定だけでなく、プロジェクトの進め方にも成功の秘訣があります。多くの企業支援の現場で見てきた、陥りがちな罠とそれを乗り越えるためのポイントをご紹介します。
陥りがちな罠:セキュリティ強化と従業員の生産性はトレードオフか?
情報システム部門がセキュリティ強化を急ぐあまり、現場の業務実態を無視した厳しい制限を課してしまうケースは少なくありません。これは、従業員の不満を招き、生産性を低下させるだけでなく、抜け道を探す「シャドーIT」を横行させる最悪の結果につながります。セキュリティと生産性はトレードオフではなく、両立させるべきものという認識が不可欠です。
成功の秘訣:段階的なポリシー適用と十分な社内コミュニケーション
理想的なのは、影響範囲の少ない部門からスモールスタートで新しいポリシーを適用し、フィードバックを得ながら全社に展開していくアプローチです。
なぜポリシーを変更するのか、それによってどのようなリスクが低減されるのか、といった背景を丁寧に説明し、従業員の理解と協力を得ることがプロジェクト成功の鍵を握ります。ポリシー変更の際には、問い合わせ窓口を設け、トラブルに迅速に対応できる体制を整えることも重要です。
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将来を見据えて:ハイブリッドワークへの再移行も考慮した柔軟な設計
現在、「原則出社」に舵を切ったとしても、将来的に事業環境の変化や新たなニーズによって、再びハイブリッドワークやリモートワークが主流になる可能性は十分に考えられます。
そのため、特定の働き方に固定した厳格すぎるポリシーではなく、将来の変化にも柔軟に対応できる拡張性のあるポリシー設計を心がけるべきです。Context-Aware Access のような動的な制御の仕組みを今のうちから導入しておくことは、将来への重要な布石となります。
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専門家の支援による、セキュアで柔軟なハイブリッドワーク環境の実現
ここまで解説してきたように、出社回帰に伴うGoogle Workspaceのセキュリティ対応は、単なる設定変更作業ではありません。自社のビジネスの実態、セキュリティリスク、そして将来の働き方までを見据えた、高度なポリシー設計が求められます。
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自社に最適なセキュリティレベルがわからない
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Context-Aware AccessやDLPを使いこなせるか不安
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設定変更による業務影響のアセスメントに時間がかかる
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情報システム部門のリソースが不足している
このような課題をお持ちの場合、外部の専門家の知見を活用することが、成功への近道となります。
私たち『XIMIX』は、Google Cloudの専門家集団として、これまで多くの中堅・大企業のGoogle Workspace導入・運用を支援してまいりました。豊富な実績に基づき、お客様のビジネス環境や文化に合わせた最適なセキュリティポリシーの策定から、具体的な設計、実装、そして運用までをワンストップでご支援します。
複雑化するセキュリティ要件に確実に対応し、従業員の生産性を最大限に引き出す、安全で柔軟なIT基盤の構築はXIMIXにお任せください。
XIMIXのGoogle Workspace 導入支援についてはこちらをご覧ください。
XIMIXのGoogle Cloud 導入支援についてはこちらをご覧ください。
まとめ
リモートワークから原則出社への移行は、セキュリティ体制を旧来の境界型防御からゼロトラストモデルへと進化させる絶好の機会です。Google Workspaceが提供する先進的なセキュリティ機能を最大限に活用することで、オフィスワークの安全性と生産性を飛躍的に向上させることができます。
この記事で解説したポイントは以下の通りです。
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出社回帰には「オフィスの過信」「BYOD」「生産性低下」といった新たなリスクが伴う。
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解決策の鍵は「ゼロトラスト」の考え方に基づいたポリシー設計にある。
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Context-Aware Access、エンドポイント管理、DLP を活用し、多層的な防御を実装する。
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技術的な設定だけでなく、段階的な導入と丁寧な社内コミュニケーションが成功を左右する。
働き方の変化に柔軟に対応し、ビジネスの成長を加速させるIT基盤を再構築するために、本記事がお役に立てば幸いです。
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