部署のGASは誰が管理する?DXを停滞させないための「攻めのガバナンス」とは

 2025,09,01 2025.09.01

はじめに

Google Workspaceの導入により、多くの企業で業務効率化が進んでいます。特に、専門知識が少なくても業務自動化を実現できるGoogle Apps Script(GAS)は、現場部門で広く活用されるようになりました。

しかし、その手軽さの裏で「誰が作ったかわからない」「担当者の退職で誰も触れない」といった、いわゆる“野良GAS”が乱立し、管理不能に陥っているケースが後を絶ちません。これらは、業務の属人化やブラックボックス化を招き、最悪の場合、業務停止や情報漏洩といった深刻な経営リスクに直結します。

本記事では、GASの管理問題を単なるリスク対策として捉えるのではなく、企業のDX推進を加速させるための『攻めのガバナンス』という視点から、その重要性と具体的な管理体制の構築ステップを解説します。この記事を最後まで読めば、GASの潜在能力を安全に引き出し、企業全体の生産性を向上させるための道筋が明確になるはずです。

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なぜ、GASの管理が経営課題になるのか?

現場レベルで重宝されるGASが、なぜ経営層や情報システム部門長が注視すべき「経営課題」となるのでしょうか。その理由は、管理されないGASが引き起こす4つの深刻なリスクにあります。

①便利さの裏に潜む「野良GAS」の増殖

GASはプログラミング経験の浅い従業員でも比較的容易に開発できるため、各部署で便利なツールが次々と生まれます。しかし、組織的な管理ルールがないままでは、誰が・いつ・何のために作ったのか分からない「野良GAS」が指数関数的に増殖していきます。その結果、似たような機能のスクリプトが乱立して非効率になったり、重要な業務プロセスが個人の善意に依存する不安定な状態に陥ります。

②担当者の異動・退職で業務が停止する「属人化」リスク

特定の担当者しか仕様を理解していないGASは、その担当者の異動や退職によって、誰もメンテナンスできなくなります。日々の業務がそのGASに依存していた場合、仕様変更やエラー発生時に対応できず、業務が完全に停止してしまうリスクを抱えることになります。これは、事業継続計画(BCP)の観点からも極めて危険な状態です。

③情報漏洩に繋がる「セキュリティ」リスク

GASは、Googleドライブ上のファイルやGmail、スプレッドシートのデータなど、様々な機密情報にアクセスする権限を持ちます。悪意なくとも、不適切なプログラミングによって意図せず外部に情報を公開してしまったり、退職した従業員のアカウントでスクリプトが動き続けたりする可能性があります。適切な管理体制がなければ、これらのセキュリティホールを検知・修正することは困難です。

④DX推進の足かせとなる「ブラックボックス化」

個々の従業員が作成したGASは、その人限りの暗黙知となりがちです。優れた自動化ツールが開発されても、組織全体で共有・展開されなければ、その効果は限定的です。各部署がサイロ化し、全社的な業務プロセスの最適化やデータ活用が進まず、結果としてDX推進の大きな足かせとなってしまいます。

ありがちな管理の失敗パターン

GASの管理に課題を感じた多くの企業が、対策を試みるものの、かえって状況を悪化させてしまうケースが見られます。ここでは、専門家の視点からよく見られる3つの典型的な失敗パターンを解説します。

①情シスによる「一律禁止」が招くシャドーITの蔓延

最も安易かつ最悪の選択が、リスクを恐れてGASの利用を全面的に禁止することです。これにより、現場の業務効率化への意欲は削がれ、生産性は低下します。さらに、従業員は情報システム部門の管理が及ばない別のツール(個人のアカウントや非承認のSaaSなど)を使い始め、結果としてより深刻な「シャドーIT」の蔓延を招くことになります。

②事業部門への「丸投げ」が生むカオスな状態

情報システム部門が「GASの管理は利用する事業部門の責任」として関与しないケースも問題です。事業部門には、セキュリティやシステム全体の整合性を評価する知見が不足していることが多く、管理を丸投げされた結果、前述した「野良GAS」の増殖や属人化が加速し、よりカオスな状態に陥ってしまいます。

③ツール導入だけで解決しようとする思考停止

近年、GASのコードを管理するツールやサービスも登場しています。もちろん、これらは有効な手段の一つですが、ツールを導入しただけで「管理の問題は解決した」と考えるのは危険です。誰が、どのようなプロセスで、何を基準にレビューするのか、といった根本的な運用ルールや体制がなければ、ツールは宝の持ち腐れとなってしまいます。

目指すべきは「攻めのガバナンス」体制

では、どうすればこれらの失敗を避け、GASの利便性を最大限に活かすことができるのでしょうか。その答えが、リスク管理と利活用促進のバランスを取る『攻めのガバナンス』です。

「市民開発」の推進と統制の最適なバランスとは

DXを成功させるには、ITの専門家だけでなく、業務を熟知した現場の従業員が自ら課題を解決する「市民開発(Citizen Development)」の文化を醸成することが不可欠です。市場調査会社のGartner社は、このトレンドが加速し、テクノロジーの活用がIT部門以外でも拡大していくと予測しています。

GASは、この市民開発を推進する強力なツールです。攻めのガバナンスとは、この動きを抑制するのではなく、安全なガードレールを設けた上で、むしろ積極的に推進していく考え方です。従業員が安心して開発・活用できる環境を整えることで、組織全体のITリテラシーと問題解決能力が向上します。

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情シスと事業部門の理想的な役割分担

攻めのガバナンスを実現するためには、情報システム部門と事業部門の協調が鍵となります。

  • 情報システム部門の役割:

    • 全社的なセキュリティポリシーと運用ルールの策定

    • 開発ガイドラインやテンプレートの提供

    • 重要なデータにアクセスするGASのレビューと承認

    • 従業員向けの教育・トレーニングの実施

  • 事業部門の役割:

    • 部署内のGAS利用における責任者の任命

    • 開発したGASのドキュメント作成と情報共有

    • 情シスが定めたルールに基づいた運用

このように役割を明確に分けることで、統制を効かせながらも、現場のスピード感を損なわないGAS活用が可能になります。

GAS管理体制を構築する具体的な4ステップ

理論は理解できても、どこから手をつければ良いか分からない、という方も多いでしょう。ここでは、実用的な管理体制を構築するための4つのステップをご紹介します。

Step 1: 現状把握(棚卸し)とリスク評価

まずは、組織内にどのようなGASが存在し、誰が・何の目的で利用しているのかを把握(棚卸し)することから始めます。すべてのスクリプトを洗い出し、管理台帳を作成します。その上で、各スクリプトが扱うデータの重要度や業務への影響度を評価し、特にリスクの高いものから優先的に対応する計画を立てます。

Step 2: 運用ルールの策定(命名規則、ドキュメント化など)

次に、今後のGAS開発・運用のための全社的なルールを策定します。最低限、以下の項目は定義すべきでしょう。

  • 命名規則: スクリプトの目的や機能が名前から推測できるようにする。

  • ドキュメント化: 何をするためのスクリプトか、どのような処理を行っているかを記録として残す。

  • 権限管理: 必要最小限の権限のみを付与する原則を徹底する。

  • レビュープロセス: 新規作成時や更新時に、誰がレビュー・承認するかの流れを定める。

Step 3: 管理体制の構築(責任者の明確化、レビュープロセス)

ルールを定めたら、それを実行する体制を構築します。情報システム部門に全体を統括する責任者を置くとともに、各事業部門にもGAS利用に関する責任者を任命します。これにより、現場での相談や一次的なレビューが円滑に進み、情報システム部門の負担を軽減できます。

Step 4: 教育とモニタリング(リテラシー向上と定期的な監査)

ルールや体制は、作って終わりではありません。従業員に対して定期的に勉強会などを開催し、セキュリティ意識や開発スキルの向上を図ります。また、Apps Scriptの監査ログなどを活用し、ルールが遵守されているか、新たなリスクが発生していないかを定期的にモニタリングする仕組みも重要です。

中堅・大企業がGAS管理を成功させるための着眼点

最後に、これまでの支援経験から見えてきた、特に中堅・大企業がGAS管理の取り組みを成功させるための重要なポイントを3つご紹介します。

①スモールスタートで成功体験を積む重要性

全社一斉に厳格なルールを適用しようとすると、現場の抵抗が大きくなりがちです。まずは、特定の部門や特定の業務領域に絞ってスモールスタートし、管理体制を導入することによる成功体験(セキュリティ向上、業務の可視化など)を積むことが重要です。その成功事例を社内に共有することで、他部門への展開がスムーズになります。

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②効率化のROIを可視化し、経営層を巻き込む

決裁者を動かすためには、単に「リスクがあるから」という説明だけでは不十分です。GASによる業務効率化の効果を金額や時間に換算して投資対効果(ROI)を可視化し、「ガバナンス体制への投資が、いかにして将来の生産性向上やコスト削減に繋がるか」を論理的に示すことが、経営層の理解と協力を得る上で不可欠です。

③専門家の知見を活用し、最短ルートで体制を構築する

自社だけでGASの棚卸しやルール策定、体制構築を進めるには、多大な時間と労力がかかります。また、社内の常識だけでは気づけない潜在的なリスクを見落とす可能性もあります。 このような場合、外部の専門家の知見を活用することも有効な選択肢です。現状アセスメントから最適なルール設計、従業員へのトレーニングまで、体系的な支援を受けることで、安全かつ効率的に「攻めのガバナンス」体制を構築し、DX推進を加速させることができます。

XIMIXの支援

本記事では、GAS管理の重要性と、その体制を構築するためのステップについて解説しました。しかし、実際に自社の状況に合わせてルールを策定し、全社に展開していくプロセスには、専門的な知見とノウハウが求められます。

私たちNI+Cの『XIMIX』は、Google Cloudの専門家集団として、これまで多くの中堅・大企業のGoogle Workspace活用とDX推進を支援してまいりました。その経験を活かし、お客様の現状に合わせた最適な構築を強力にサポートします。

  • 現状アセスメント

  • 実情に即した運用ルール・ガイドラインの策定支援

  • 従業員のITリテラシー向上のためのトレーニング

「どこから手をつければ良いかわからない」「情シス部門のリソースが足りない」といった課題をお持ちでしたら、ぜひ一度XIMIXにご相談ください。専門家の伴走により、お客様のビジネス成長を加速させるお手伝いをいたします。

XIMIXのGoogle Workspace 導入支援についてはこちらをご覧ください。
XIMIXのGoogle Cloud 導入支援についてはこちらをご覧ください。

まとめ

本記事では、多くの企業が見過ごしがちなGASの管理問題について、そのリスクと対策を「攻めのガバナンス」という視点から解説しました。

重要なポイントは以下の通りです。

  • 管理されないGASは、業務停止や情報漏洩など深刻な経営リスクに繋がる。

  • 安易な「一律禁止」や現場への「丸投げ」は、問題をさらに悪化させる。

  • 目指すべきは、リスクを管理しつつ「市民開発」を促進する『攻めのガバナンス』。

  • 「現状把握」「ルール策定」「体制構築」「教育」の4ステップで、実用的な管理体制を構築する。

GASは、正しく管理・運用すれば、企業のDXを力強く推進するエンジンとなります。本記事が、皆様の組織における安全で効果的なGAS活用の第一歩となれば幸いです。


部署のGASは誰が管理する?DXを停滞させないための「攻めのガバナンス」とは

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