はじめに:なぜ、莫大な投資をしたシステムが「使われない」のか
多大な予算と期間を投じて開発された、最新の業務アプリケーション。しかし、いざリリースしてみると現場からは「使いにくい」「前のExcelの方が早かった」と不満が噴出、結局誰も使わなくなってしまった——。DX(デジタルトランスフォーメーション)推進において、これは決して珍しい話ではありません。
IPA(独立行政法人情報処理推進機構)の調査などでも度々指摘される通り、システム開発プロジェクトの成功率は決して高くなく、特に「要件定義」の不備は、プロジェクト失敗やリリース後の品質問題の最大の要因の一つとされています。
「使われないシステム」が生まれるよくある根本原因は、プログラミングの技術不足ではなく、プロジェクトの最上流工程である「業務ヒアリング」と「要件定義」の構造的な失敗にあります。
本記事では、システム開発における「要件定義の失敗」がなぜ起こるのか、そのメカニズムを解き明かします。そして、現場を巻き込み、真にビジネス価値を生み出す「使われ続けるアプリケーション」を開発するための、具体的かつ実践的なアプローチを解説します。
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要件定義が失敗する3つの構造的要因
要件定義の失敗は、単なる担当者のスキル不足ではなく、組織構造や従来の開発プロセスそのものに起因することが多くあります。ここでは代表的な3つの「失敗の構造」を解説します。
1. 「機能要件」と「非機能要件」の認識ギャップ
要件定義には、システムが何をすべきかという「機能要件」と、性能や使いやすさなどの「非機能要件」が存在します。
失敗するプロジェクトの多くは、機能要件(例:データ入力ができる、集計ができる)の合意形成に終始し、非機能要件(例:画面のレスポンス速度、直感的な操作性、既存業務とのスムーズな連携)が軽視されがちです。 現場が「使えない」と判断するのは、機能が足りないからではなく、「遅い」「分かりにくい」「手順が増える」といった非機能要件の不満が原因であることが多いです。
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2. 経営・IT部門・現場の「三すくみ」とコミュニケーション不全
組織内で以下の「三すくみ」が発生している場合、要件定義は形骸化します。
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経営層: 「コスト削減」「DX推進」といった抽象的な号令のみで、具体的な投資対効果の責任を持たない。
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IT部門 (SIer含む): 現場業務の解像度が低いまま、技術的な整合性や納期遵守を優先し、「仕様書」を埋めることを目的化してしまう。
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現場担当者: 変化を恐れ、現状維持バイアスが働く。「どうせ意見を言っても通らない」と諦め、受け身の姿勢でヒアリングに応じる。
このコミュニケーション不全を放置したまま開発を進めると、完成直前に「こんなはずじゃなかった」というちゃぶ台返しが発生します。
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3. 「完璧な要件定義書」という幻想(ウォーターフォールの限界)
従来のウォーターフォール型開発では、開発着手前に「完璧な要件定義書」を作成し、後から変更が生じないように計画します。 しかし、変化の激しい現代のビジネス環境において、数ヶ月〜数年先の業務要件を最初から完全に見通すことは不可能です。
「仕様凍結」という言葉の下、開発中に変化した現場のニーズを無視し続けた結果、リリース時にはすでに時代遅れで実態に合わないシステムが完成してしまうのです。
失敗を回避する「真の業務ヒアリング」テクニック
では、どのようにすれば実態に即した要件を定義できるのでしょうか。重要なのは「聞く」ことではなく、現場と共に「発見する」姿勢です。
①「聞く」から「観察し、体験する」へのシフト
会議室でのインタビューだけでは、現場の「暗黙知」は引き出せません。担当者は、日々の慣習化した作業を「当たり前」と感じており、それをわざわざ課題として言語化しないからです。 効果的な要件定義のためには、以下の手法が有効です。
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エスノグラフィ(行動観察): 実際に現場へ足を運び、どのように業務が行われているか、どこで手が止まっているかを観察する。
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業務体験: 開発者やPMが実際にその業務を体験してみる。マニュアルにはない「Excelの裏ワザ」や「手書きメモのバケツリレー」などの実態が見えてきます。
②「As-Is(現状)」の否定ではなく「To-Be(理想)」の共創
現状の業務フロー(As-Is)をそのままシステム化しようとすると、非効率なプロセスまでデジタル化してしまいます。一方で、現場のやり方を頭ごなしに否定すれば反発を招きます。 重要なのは、「もしこの作業が自動化されたら、本来やりたかったどのお客様対応に時間を使えますか?」といった問いかけを通じて、現場担当者と共に理想の働き方(To-Be)を描くことです。現場を「評価される側」から「変革のパートナー」へと引き上げることが、要件定義成功の鍵です。
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現代の解決策:アジャイルとプロトタイピングの活用
不確実性が高い現代において、「分厚い要件定義書」に代わる最強のツールが「プロトタイプ(試作品)」です。
①ドキュメントではなく「動く画面」で合意する
数百ページの仕様書を読み解ける現場担当者は稀です。文字情報のやり取りでは、言葉の定義の違いによる誤解が必ず生じます。
Googleの AppSheet のようなノーコード・ローコードプラットフォームを活用すれば、プログラミングの知識がなくても数日〜数週間で「動くアプリ」を作成できます。 「百聞は一見に如かず」の通り、実際に動く画面を触ってもらいながら、「ここの入力はリスト選択にしたい」「この順序だと業務が滞る」といったフィードバックを得ることで、手戻りを防ぎ、要件の精度を高めることができます。
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②要件定義を「継続的な対話プロセス」へ変える(アジャイル開発)
要件定義は「一度決めたら終わりの工程」ではありません。 アジャイル開発の考え方を取り入れ、「作って、見せて、直す」というサイクルを高速で回すことが重要です。
最初は必要最小限の機能(MVP: Minimum Viable Product)でリリースし、現場の利用状況を見ながら機能を追加・改善していく。このプロセス自体が、最も精度の高い要件定義となります。
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XIMIXによる「伴走型」要件定義・開発支援
ここまで解説した「現場観察」や「プロトタイピングを用いたアジャイル開発」を、社内のリソースだけで実践するのは容易ではありません。 「社内のしがらみで現場の本音が聞けない」「技術的な知見がなくプロトタイプが作れない」といった課題には、客観的な視点を持つ外部パートナーの支援が有効です。
私たち XIMIX) は、単なるライセンス販売やシステム納品に留まらず、お客様のDXプロジェクト成功に向けた「伴走支援」を提供しています。
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アジャイルなプロトタイピング支援: AppSheet などを活用し、要件定義の段階から「動くもの」を迅速に提供。現場のフィードバックを即座に反映する開発サイクルをリードします。
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現場とITの橋渡し: 豊富な経験を持つエンジニアが、経営層・IT部門・現場の間に入り、複雑な要件を整理。
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内製化・定着化支援: システムを作って終わりではなく、お客様自身がツールを使いこなし、自律的に業務改善を続けられるような組織文化の醸成まで支援します。
「要件定義がまとまらない」「過去にシステム導入で失敗した経験がある」というご担当者様は、ぜひ一度 XIMIX にご相談ください。貴社の業務に真にフィットするシステムを、私たちと共に創り上げましょう。
XIMIXのGoogle Workspace 導入支援についてはこちらをご覧ください。
XIMIXのGoogle Cloud 導入支援についてはこちらをご覧ください。
まとめ
「使われないシステム」を生む要件定義の失敗は、回避可能です。そのポイントは以下の3点に集約されます。
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解像度の高い現状把握: 机上の空論ではなく、「観察」と「体験」で現場の暗黙知や非機能要件を掘り起こす。
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プロトタイプ中心のコミュニケーション: 完璧なドキュメントよりも「動く画面」を共通言語にし、認識のズレを早期に解消する。
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アジャイルな改善プロセス: 要件は変化することを前提とし、現場との対話を通じて継続的にシステムを進化させる。
要件定義とは、単なる仕様決定の作業ではありません。現場と共に新しい働き方をデザインし、ビジネスの価値を最大化するための「協創のプロセス」なのです。この記事が、貴社のDXプロジェクトを成功に導く一助となれば幸いです。
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