データ分析の要件定義はなぜ難しい?事業部門の曖昧な要求を価値ある分析テーマに変える実践的アプローチ

 2025,10,01 2025.10.01

はじめに

「AIを使って何か新しいことをやりたい」「データを活用して売上を向上させたい」――。データ分析プロジェクトの出発点として、このような意欲的でありながらも、漠然とした相談を受けることは少なくありません。しかし、こうした事業部門からの曖昧な要求を、具体的な分析テーマやシステム要件に落とし込む「要件定義」のプロセスで多くのプロジェクトが頓挫、あるいは期待外れの結果に終わるということがあります。

本記事は、データ活用やDX推進を担う決裁者やマネジメント層の方々を対象に、データ分析プロジェクトにおける要件定義の壁を乗り越えるための実践的なアプローチを解説します。なぜ要求は曖昧になるのかという根本原因から、ビジネス価値に直結する分析テーマを創出するための具体的な手法、そしてプロジェクトを成功に導くための決裁者ならではの視点まで、専門家の知見を交えて深く掘り下げます。

この記事を最後までお読みいただくことで、次の一歩を踏み出すための具体的な道筋が見えるはずです。

なぜデータ分析プロジェクトの要求は曖昧になるのか?

データ分析プロジェクトの要件定義が困難を極める背景には、いくつかの構造的な原因が存在します。これらを理解することが、解決への第一歩となります。

①事業部門とIT・分析部門の「言語」の違い

事業部門は「顧客満足度を高めたい」「業務効率を改善したい」といったビジネス上のゴールを語ります。一方、IT・分析部門は「どのデータソースを使うか」「どのようなアルゴリズムを適用するか」といった技術的な手段を思考の起点とします。この「言語」の違いが、コミュニケーションの断絶を生み、互いの意図を正確に理解することを困難にしているのです。多くのプロジェクトで、この翻訳プロセスが機能不全に陥っています。

②「何が分からないか」が分からないという課題

事業部門の担当者は、データを使って何ができるのか、どのような分析手法が存在するのかを具体的に知らないケースがほとんどです。「データがあれば何でもできるはず」という過度な期待と、具体的な活用イメージの欠如が同居している状態と言えます。この「何が分からないかすら分からない」状況では、具体的で的確な要求を出すこと自体が困難なのです。

③目的と手段の混同:「AI導入」が目的化する罠

特に近年、「AI導入」や「DX推進」といった言葉が先行し、それ自体が目的化してしまうケースが後を絶ちません。これは、多くの企業が陥りがちな典型的な失敗パターンです。最新技術を導入することが目的となり、「その技術を使って、どのビジネス課題を、どのように解決するのか」という最も重要な問いが抜け落ちてしまうのです。結果として、高額な投資をしたにもかかわらず、ビジネスインパクトの小さいシステムが出来上がってしまいます。

曖昧な要求からビジネス価値を引き出す要件定義の3ステップ

曖昧な要求を具体的なアクションに繋げるためには、体系化されたアプローチが不可欠です。私たちは、お客様とのプロジェクトにおいて、以下の3つのステップを重視しています。

ステップ1:ビジネス課題の「解像度」を上げる

「売上を上げたい」という要求に対して、「どの地域の、どの顧客セグメントの、どの製品の売上が、なぜ落ち込んでいるのか?」といったように、「なぜ?」を5回繰り返すなどして課題を深掘りします。ここで重要なのは、いきなり解決策を考えるのではなく、関係者全員でビジネス課題そのものの解像度を徹底的に上げ、共通認識を形成することです。このフェーズを疎かにすると、後続のプロセス全てが的を外したものになります。

ステップ2:課題を「分析の問い」に翻訳する

ビジネス課題の解像度が上がったら、次にそれを検証可能な「分析の問い(アナリティクス・クエスチョン)」に翻訳します。例えば、「優良顧客の離反を防ぎたい」という課題であれば、以下のような問いに分解できます。

  • 「どのような行動パターンを示す顧客が、離反する傾向が強いか?」

  • 「離反の予兆となるデータ上のサインは何か?」

  • 「どのような施策を打てば、離反率を効果的に下げられるか?」

このように、ビジネス課題を具体的な問いに変換することで、どのようなデータが必要で、どのような分析手法が有効か、その道筋が明確になります。

ステップ3:ROIを意識した優先順位付けと合意形成

洗い出された「分析の問い」のすべてに一度に取り組むことは非現実的です。そこで決裁者が主導すべきなのが、ROI(投資対効果)の観点からの優先順位付けです。「分析の難易度」と「得られるビジネスインパクト」の2軸で評価し、最も効果の高いテーマから着手することが成功の鍵となります。このプロセスを通じて、関係者間の期待値を調整し、プロジェクトのスコープについて明確な合意形成を図ります。

【実践編】明日から使える要求具体化のテクニック

理論だけでなく、具体的なアクションに繋げるためのテクニックをいくつかご紹介します。

①仮説指向のワークショップを設計する

関係者を集めて単にヒアリングを行うだけでは、堂々巡りになりがちです。事業部門、分析チーム、経営層など、異なる部門のメンバーが参加するワークショップを設計し、「もし〇〇というデータがあれば、△△というアクションが取れるのではないか?」といった仮説ベースでの議論を促します。多様な視点が交わることで、個人では思いつかなかった新たな分析の切り口が生まれることが期待できます。

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②「分析企画キャンバス」で思考を構造化する

ビジネスモデルキャンバスを参考に、データ分析プロジェクトの全体像を一枚のシートで可視化する「分析企画キャンバス」のようなフレームワークの活用も有効です。以下の項目を埋めていくことで、思考が整理され、関係者間の認識齟齬を防ぎます。

項目 内容
ビジネス課題 解決したい経営・事業上の課題は何か?
分析の目的 分析によって何を明らかにしたいか?(問い)
期待する成果 分析結果をどう活用し、どんな状態を目指すか?
必要なデータ どのようなデータが必要か?(社内/社外)
分析手法 どのような手法を用いるか?(可視化、予測モデル等)
成功指標 (KPI) プロジェクトの成功をどう測定するか?
関係者 誰が関与し、誰が意思決定するか?
 

③Google Cloudを活用した高速プロトタイピング

完璧な要件定義を待っていては、ビジネスのスピードに追いつけません。BigQuery でデータを集約し、Looker などのBIツールで素早く可視化する、あるいは Vertex AI のようなプラットフォームで予測モデルのプロトタイプを迅速に構築するなど、実際に動くものを見ながら議論を進めるアプローチが極めて有効です。Google Cloudのサービスは、このような高速プロトタイピングを強力に支援します。実際にデータに触れることで、事業部門担当者も具体的な活用イメージを掴みやすくなります。

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データ分析プロジェクトを成功に導く決裁者の3つの視点

最後に、プロジェクトの成否に大きな影響力を持つ決裁者の方々が、特に意識すべき3つの視点について解説します。

①スモールスタートと拡張性の両立

最初から全社的な大規模プロジェクトを目指すのではなく、特定の部門や課題に絞ってスモールスタートを切ることが賢明です。

しかし、その際にも将来的な全社展開を見据え、拡張性の高いデータ基盤を設計しておくという視点が欠かせません。このバランス感覚が、持続的なデータ活用文化を根付かせる上で重要になります。

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②「PoC疲れ」に陥らないための出口戦略

概念実証(PoC)を繰り返すものの、一向に本番実装に至らない「PoC疲れ」は、多くの企業で見られる課題です。PoCを開始する段階で、「どのような結果が出れば、次のフェーズ(本番開発)に進むのか」という明確な評価基準と出口戦略を定義し、関係者間で合意しておくことが、無駄な投資を防ぐために不可欠です。

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③データ活用の民主化と組織文化の醸成

最終的なゴールは、一部の専門家だけでなく、あらゆる従業員がデータを活用して意思決定できる「データ活用の民主化」です。そのためには、ツールの導入だけでなく、人材育成や成功体験の共有を通じて、データに基づいた議論を尊重する組織文化を醸成していくという、長期的かつ戦略的な視点が決裁者には求められます。

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専門家の知見を活用し、データ分析プロジェクトを加速する

ここまで、データ分析プロジェクトの要件定義における課題と、その解決アプローチについて解説してきました。しかし、事業部門とIT・分析部門の橋渡し、適切な技術選定、そしてROIの最大化という複雑なミッションを、社内のリソースだけで完遂するには多くの困難が伴います。

特に、曖昧な要求をビジネス価値に繋げる上流工程では、多様な業界・業種のプロジェクトを支援してきた専門家の客観的な視点と経験が、プロジェクトの方向性を正しく定める上で大きな力となります。

私たちXIMIXは、Google Cloudの専門家集団として、技術的な知見はもちろんのこと、多くの中堅・大企業様のDX推進をご支援してきた経験に基づき、お客様のビジネス課題の深掘りから、ROIの試算、そして最適なデータ基盤の構築までを伴走支援します。もし、データ分析プロジェクトの進め方にお悩みでしたら、ぜひ一度ご相談ください。

XIMIXのGoogle Workspace 導入支援についてはこちらをご覧ください。
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まとめ

データ分析プロジェクトの成功は、事業部門の曖昧な要求をいかにして具体的なビジネス価値に繋がる「問い」へと昇華させられるかにかかっています。そのためには、両部門の「言語」の違いを乗り越え、課題の解像度を上げ、ROIを意識した上で、検証可能な「分析の問い」に落とし込む体系的なアプローチが不可欠です。

決裁者の方々は、目先の技術導入に留まらず、スモールスタートと拡張性の両立、明確な出口戦略、そしてデータ活用文化の醸成という長期的視点を持つことが求められます。本記事が、貴社のデータ分析プロジェクトを成功に導く一助となれば幸いです。


データ分析の要件定義はなぜ難しい?事業部門の曖昧な要求を価値ある分析テーマに変える実践的アプローチ

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