はじめに
企業活動で日々生成されるメール、チャット、各種ドキュメント。これら膨大なデジタルデータは事業の資産である一方、情報漏洩やコンプライアンス違反のリスクと隣り合わせです。特にDXを推進する企業にとって、情報ガバナンスの強化は避けて通れない経営課題です。
「Google Workspaceのセキュリティを、より高いレベルで確保したい」 「改正電子帳簿保存法や、万一の訴訟に備えたデータ保全の方法が知りたい」 「Google Vaultの機能は知っているが、自社に本当に必要なのか、どう活用すれば良いのか判断できない」
本記事では、このような課題を持つ企業のDX推進担当者や決裁者の方々へ、Google Workspaceの強力な情報ガバナンスツール「Google Vault」を徹底解説。その機能から、混同されがちなバックアップとの違い、具体的な活用シーンまで、企業の重要データを守り抜くための要点を網羅的にお伝えします。
Google Vaultとは?
Google Vaultとは、Google Workspaceの対象エディションに含まれる情報ガバナンスおよび電子情報開示(eDiscovery)のためのツールです。
企業のGoogle Workspace上にあるデータ(Gmail、Google ドライブ、Google Chatなど)を対象に、「保持(リテンション)」「検索」「書き出し(エクスポート)」「監査」といった機能を提供します。
多くの企業は、法令や社内規定に基づき、特定のデータを長期間保存し、監査や訴訟の際に迅速に提出できる体制を求められます。Google Vaultは、これらの要求に応えるための、いわば「守りのIT」を固めるための要のサービスです。
Google Vaultとバックアップの違い
Google Vaultは「バックアップツール」と混同されがちですが、その目的と機能は根本的に異なります。両者の違いを理解することが、適切なデータ管理の第一歩です。
観点 |
Google Vault |
一般的なバックアップ |
主目的 |
情報ガバナンス・電子情報開示(eDiscovery) |
障害・誤削除からのデータ復旧(リストア) |
データの保持 |
ポリシーに基づき改ざん・削除を防止 |
特定時点のデータを複製して保管 |
復元(リストア) |
直接的なリストア機能はない(データ書き出しは可能) |
ユーザーのメールボックス等に直接復元できる |
検索機能 |
高度な検索演算子で全データを横断的に検索可能 |
限定的な検索機能のみの場合が多い |
法的証拠能力 |
監査ログにより証拠性を担保しやすい |
証拠としての利用は想定されていない場合が多い |
端的に言えば、Google Vaultは「消させない・改ざんさせない」ための仕組みであり、バックアップは「消えても元に戻せる」ための仕組みです。目的が異なるため、どちらか一方があれば良いというものではなく、必要に応じて両方を組み合わせて利用することが理想的なデータ保護体制と言えます。
なぜ、Google Vaultが重要視されるのか?
現代のビジネス環境において、情報ガバナンスの重要性はかつてなく高まっています。その背景にある3つの主要な課題に対し、Google Vaultは効果的な解決策を提示します。
①増大するコンプライアンス要件への対応
2022年1月に改正された電子帳簿保存法のように、国内外でデータ管理に関する法規制は年々厳格化しています。Google Vaultは、こうした法令が要求するデータの真実性・可視性を確保した上での長期保存を可能にし、コンプライアンス違反のリスクを低減します。
②訴訟・法的紛争への備え(eDiscovery対応)
企業が訴訟に巻き込まれた際、関連する電子データの迅速な提出(eDiscovery:電子情報開示)が求められます。この対応が遅れると、多額のコストが発生するだけでなく、訴訟で不利な立場に置かれる可能性があります。Google Vaultがあれば、膨大なデータから必要な情報を迅速かつ効率的に検索・抽出でき、法務対応の負荷とコストを大幅に削減できます。
③内部不正や情報漏洩リスクの低減
企業の最も深刻なセキュリティリスクの一つが、内部関係者による情報の持ち出しや不正行為です。Google Vaultの監査機能は、「いつ、誰が、どのデータにアクセスしたか」を記録・追跡し、不正行為を牽制します。また、退職者が意図的にデータを削除しても、Vault上にはデータが保持されるため、インシデント発生時の原因究明や証拠保全に極めて有効です。
Google Vaultの主要機能
Google Vaultが企業のデータガバナンスをどのように強化するのか、その4つの主要機能を見ていきましょう。
①データの保持(リテンション)
法的要件や社内ポリシーに基づき、データを保持する期間と条件を定めた「保持ルール」を設定できます。
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対象データの指定: Gmail、ドライブ、Chatなどサービス単位、組織部門単位でルールを適用可能。
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柔軟な期間設定: 「作成日から1年間保持」「無期限保持」などを柔軟に設定。
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期間経過後の処理: 期間が過ぎたデータを完全に削除するルールも設定でき、不要なデータを安全に破棄できます。
これにより、「必要なデータを、必要な期間だけ、確実に保持する」という情報ライフサイクル管理を実現します。
②データの検索(サーチ)
訴訟対応や内部監査の際、Google Workspace内の全データを横断的に検索できます。
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広範な検索対象: メールの本文や添付ファイル、ドライブ内の文書(PDFやOfficeファイルを含む)の全文検索が可能。
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高度な検索条件: 送信者、日付、特定のキーワードなど、詳細な条件で絞り込めます。
これにより、調査担当者は迅速かつ正確に目的の情報を特定できます。
③データの書き出し(エクスポート)
検索で特定したデータは、法的手続きで標準的に利用される形式(MBOX、PSTなど)で書き出すことができます。これにより、弁護士や監査法人へのデータ提出をスムーズに行えます。
④監査レポート(オーディット)
Google Vault内での操作(誰が検索、書き出しを行ったかなど)はすべてログとして記録されます。この監査レポート機能により、Vaultの利用状況の透明性を確保し、権限の不正利用を防ぎます。これは、ガバナンス体制が適切に運用されていることを証明する上で非常に重要な機能です。
⑤法的保持(リティゲーションホールド)
訴訟や調査の対象となりうるデータを、通常の保持ルールとは別枠で、無期限に保護する機能です。特定のユーザーやキーワードに関連するデータを「ホールド」状態にすることで、意図しない削除や変更から重要な証拠を確実に保全します。
Google Vaultの料金プランと対応エディション
Google Vaultは単体での契約はできず、以下のGoogle Workspaceエディションに含まれる形で提供されます。
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Business Plus
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Enterprise Standard / Enterprise Plus
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Education Standard / Education Plus
上記以外のエディション(例: Business Starter, Business Standard)を利用している場合、Vaultを利用するにはアップグレードが必要です。自社の従業員数や必要な機能と照らし合わせ、最適なエディションを選択することが重要です。
※最新の対応エディションについては、必ずGoogleの公式情報をご確認ください。
https://support.google.com/a/answer/6043385
Google Vault導入のメリット
Google Vaultの導入は、企業に3つの大きな価値をもたらします。
①コンプライアンス体制の強化と法的リスクの低減
法規制や業界標準で求められるデータ保持要件に対応し、違反による罰則リスクを回避。訴訟の際にも迅速な情報開示で有利な立場を築けます。
②情報セキュリティの向上と内部統制の強化
従業員によるデータの不正な持ち出しや、誤操作による重要データの削除リスクを大幅に低減。監査ログは不正行為の強力な抑止力として機能します。
③業務効率の向上とITコストの最適化
従来、手作業や複数ツールで行っていたデータ調査・管理業務をVaultに集約し、管理部門の負荷を軽減します。また、eDiscovery対応にかかる外部コスト(弁護士費用など)も大幅に削減できる可能性があります。
具体的な活用シーン(ユースケース)
理論だけでなく、実際のビジネスシーンでGoogle Vaultがどのように役立つのか、具体的な活用例をご紹介します。
人事・労務問題への対応
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退職者のデータ保全: 退職が決定した従業員のアカウントに法的保持を設定。在職中のメールやチャットのやり取りをすべて保全し、退職後の情報漏洩やトラブルに備えます。
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ハラスメント調査: 申告に基づき、関係者のメールやチャット履歴をキーワードで横断的に検索。客観的な事実確認を迅速に行い、適切な対応を支援します。
内部不正・コンプライアンス違反の調査
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情報漏洩の追跡: 機密情報が外部に漏洩した疑いがある場合、関連キーワード(プロジェクト名、顧客名など)で全社のデータを検索。情報経路の特定や原因究明に役立てます。
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独占禁止法などのコンプライアンス監査: 特定の取引先との不適切なやり取りがないか、定期的に関連コミュニケーションを監査し、健全な企業経営を維持します。
プロジェクト監査・管理
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重要プロジェクトの記録保全: 大規模な開発プロジェクトやM&A案件など、将来的に記録の確認が必要になる可能性のあるコミュニケーションを、プロジェクト単位で保持。トラブル発生時の事実確認やノウハウの継承に活用します。
導入・運用を成功させるための注意点
Google Vaultは強力なツールですが、導入するだけで効果がでるわけではありません。その価値を最大化するには、事前の計画が不可欠です。
最も重要なのは「ポリシー設計」
「どのデータを、誰を対象に、どのくらいの期間保持するのか」というリテンションポリシーの設計が、Google Vault活用の成否を分けます。法務、コンプライアンス、情報システム、各事業部門が連携し、自社の法的要件やビジネスリスクを考慮した上で、現実的で運用可能なポリシーを策定する必要があります。この上流工程が曖昧なままでは、宝の持ち腐れになりかねません。
運用体制の構築
Vaultを操作する管理者、ポリシーを管理する責任者を明確に定め、運用ルールを文書化することが重要です。特に検索や書き出しは強力な権限であるため、誰が、どのような目的で、どのようなプロセスを経て実行できるのかを厳密に定めておく必要があります。
よくある質問(Q&A)
Q. ユーザーが削除したデータもVaultには残りますか?
A. はい、保持ルールが適用されていれば、ユーザーがゴミ箱を空にしてもデータはVaultに保持されます。ただし、Vaultの保持ルールが適用される前に完全に削除されたデータは対象外です。
Q. Vaultからデータをユーザーのメールボックスに直接復元できますか?
A. いいえ、直接的なリストア(復元)機能はありません。Vaultはあくまでデータの保持と検索、書き出しを行うツールです。書き出したデータを手動でインポートするなどの対応は可能ですが、バックアップツールのようにワンクリックで復元する機能は備えていません。
Q. 検索できるのはテキスト情報だけですか?
A. いいえ、Gmailの添付ファイルやGoogleドライブ内の画像(OCR処理によるテキスト抽出)、音声ファイル(音声の文字変換によるテキスト化)など、Googleの高度な技術によって非テキストデータに含まれる情報も一部検索対象となります。
専門家による導入・運用支援ならXIMIXへ
ここまでお読みいただき、Google Vaultの重要性や機能をご理解いただけたかと思います。しかし、実際に自社で活用を進めるには、
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「自社に最適なリテンションポリシーの作り方が分からない」
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「エディションの選定やVaultの初期設定、既存データへの適用が不安」
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「有事の際に、本当にVaultを使いこなせるか自信がない」
といった専門的な課題に直面することが少なくありません。
私たちXIMIXは、Google CloudおよびGoogle Workspaceの導入・活用支援における豊富な実績と専門知識を活かし、お客様のGoogle Vault導入から運用定着までをトータルでサポートします。多くのお客様が躓かれるポリシー策定の段階から伴走し、お客様の情報ガバナンス体制を根本から強化。単なるツール導入に終わらない、真のDX推進をご支援します。
Google Vaultの導入や運用でお困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。
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まとめ
本記事では、企業の重要データを保護し、コンプライアンスを強化するGoogle Vaultについて、その本質から具体的な活用法までを網羅的に解説しました。
Google Vaultは、日々の業務で利用されるGoogle Workspace上のデータを対象に、保持、検索、書き出し、監査といった強力な機能を提供します。これは、改正電子帳簿保存法への対応や訴訟リスクへの備え、リモートワーク環境下での内部統制強化といった、現代企業が直面する課題に対する極めて有効な一手です。
情報という経営資産を適切に保護・管理することは、企業の社会的信頼性を高め、持続的成長を遂げるための不可欠な基盤です。この記事が、貴社の情報ガバナンス体制強化の一助となれば幸いです。
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