はじめに:そのリージョン選択は、ビジネスの未来を左右する
Google Cloudを活用したシステム構築において、初期段階で行うリージョンとゾーンの選択。それは、単なるデータセンターの「場所選び」ではありません。この最初の意思決定が、サービスの応答速度、月々のランニングコスト、障害発生時の事業継続性、そして法規制への準拠といった、ビジネスの根幹を支える要素に、長期的かつ直接的な影響を及ぼします。
「ユーザーから近いから東京で」「なんとなくコストが安そうだから」といった曖昧な理由での選定は、将来的に「サービスの表示が遅く顧客満足度が低下した」「想定外のデータ転送料金が発生した」「大規模障害時にサービスを復旧できず機会損失に繋がった」といった深刻な事態を招きかねません。
特に、DXを推進する中堅・大企業においては、グローバルなサービス展開、大規模データの利活用、厳格なセキュリティ・コンプライアンス要件など、リージョン/ゾーン選択の判断基準はより高度かつ戦略的なものとなります。
本記事では、Google Cloudの利用経験がある、あるいはより高度な活用を目指す企業の担当者様を対象に、リージョンとゾーンの基本を再確認しつつ、ビジネス価値を最大化するための最適な選択基準を、以下の4つの主要な観点から深掘りします。
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レイテンシ:ユーザー体験を決定づける応答速度
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コスト:TCO(総所有コスト)を最適化する料金体系
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冗長性と可用性 (HA/DR):ビジネスを止めないためのシステム設計
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コンプライアンスとサステナビリティ:法的要件と社会的責任
この記事を最後まで読めば、単なる機能比較に留まらない、ビジネスの成長戦略に合致した戦略的なリージョン/ゾーン選定が可能になるでしょう。
リージョンとゾーン:Google Cloudインフラの基本構成
応用的な議論に進む前に、リージョンとゾーンの定義とその関係性を改めて確認しておきましょう。
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リージョン (Region): Google Cloudの物理的なデータセンターが存在する、独立した地理的な場所(例: 東京、大阪、バージニア北部)です。各リージョンは、他のリージョンから電力供給、ネットワーク、冷却設備などが完全に分離・独立しています。
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ゾーン (Zone): リージョン内にある、独立した障害ドメインです。1つのリージョンは、通常3つ以上のゾーンで構成されます(例: 東京リージョン内の asia-northeast1-a, asia-northeast1-b, asia-northeast1-c)。各ゾーンは、同じリージョン内であっても物理的に隔離されており、あるゾーンで障害が発生しても他のゾーンに影響が及ばないように設計されています。
基本的な考え方は、「高可用性はゾーンで担保し、災害対策はリージョンで実現する」です。この原則を念頭に、具体的な選択基準を見ていきましょう。
選択基準①:レイテンシ – パフォーマンスとユーザー体験の鍵
レイテンシ(ネットワーク遅延)は、Webサイトの表示速度やアプリケーションの応答性など、ユーザー体験に直接的な影響を与える最も重要な要素の一つです。
ユーザーに最も近いリージョンを選ぶのが大原則
原則として、エンドユーザーやサービス利用者に最も物理的に近いリージョンを選択することで、レイテンシを最小限に抑えられます。主たる顧客が日本国内にいるのであれば、東京 (asia-northeast1) または 大阪 (asia-northeast2) リージョンが第一候補となります。
グローバルにサービスを展開する場合は、Cloud Load BalancingやCloud CDNを組み合わせ、ユーザーのアクセス元に最も近いリージョンからコンテンツを配信するマルチリージョン戦略が極めて有効です。
【日本企業向け】東京リージョン vs 大阪リージョン 徹底比較
日本国内のビジネスでは、多くの場合この2つのリージョンが選択肢となります。どちらを選ぶべきか、多角的に比較してみましょう。
観点 |
東京 (asia-northeast1) |
大阪 (asia-northeast2) |
判断のポイント |
レイテンシ |
日本の多くの主要ISPとの接続性が高く、国内ユーザーに対して極めて低レイテンシ。 |
東京に次いで低レイテンシ。両リージョン間のレイテンシも非常に低い(通常1-5ms程度)。 |
メインユーザーが東日本なら東京、西日本なら大阪が有利だが、大きな差はない。両方を使うDR構成が理想。 |
可用性 (DR) |
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東京リージョンで大規模災害が発生した場合のバックアップ/DRサイトとして最適。 |
RTO/RPO要件が厳しいシステムでは、両リージョンを活用したアクティブ/スタンバイ構成や相互バックアップが推奨される。 |
利用可能サービス |
ほぼ全てのGoogle Cloudサービスが利用可能。最新サービスも最初に展開されることが多い。 |
多くの主要サービスは利用可能だが、ごく一部の最新サービスは東京より遅れて提供される場合がある。 |
利用したい特定サービス(特に最新のAI/MLサービスや特殊なVM)が大阪で利用可能か、事前に公式サイトで確認が必要。 |
サステナビリティ |
24時間365日カーボンフリーエネルギーで運用 (2025年時点) |
24時間365日カーボンフリーエネルギーで運用 (2025年時点) |
Google Cloudは全社的にサステナビリティを推進。両リージョンとも環境負荷の低い選択肢。 |
コスト |
標準的な料金。 |
東京とほぼ同等の料金体系。 |
サービス利用料に大きな差はない。コスト差はデータ転送の設計で発生することが多い。 |
XIMIXの視点: 多くのプロジェクトでは、主要な本番環境を東京リージョンに置き、DR(災害復旧)サイトとして大阪リージョンを利用する構成が一般的です。これにより、低レイテンシと高い事業継続性を両立できます。
レイテンシの測定と目標設定
感覚だけでなく、客観的なデータに基づいて判断することが重要です。gcping.com のようなツールで世界中のリージョンへの簡易的なレイテンシを測定できます。より正確な測定のためには、候補となる各リージョンにCompute Engineの小規模なインスタンスを一時的に立て、実際の環境からPingやTracerouteを実行することをお勧めします。
選択基準②:コスト – 全体最適の視点で捉える
リージョン選択は、Google Cloudの利用料金に大きく影響します。特にコンピューティングリソースとデータ転送は主要なコスト要因です。
リージョンごとのサービス利用料金
Compute EngineのVMインスタンスやCloud Storageなどの料金は、リージョンごとに異なります。一般的に北米や欧州のリージョンは比較的安価な傾向にあります。しかし、利用したいサービスの料金をGoogle Cloud Pricing Calculatorを使って、候補リージョンごとに正確にシミュレーションすることが不可欠です。
関連記事:Google Cloud 料金計算ツールの使い方 - Pricing Calculatorでコストを簡単見積もり!
見落とせない「データ転送料金」
特に注意すべきは、データ転送(下り/Egress)にかかるコストです。データ転送は、その種類によって料金が大きく異なります。
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同一ゾーン内の転送: ほとんどの場合、無料。
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同一リージョン内のゾーン間転送: 低料金または無料の場合が多い。
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異なるリージョンへの転送: 高額になりがち。転送元と転送先の組み合わせで料金が変動。
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インターネットへの転送: リージョンからインターネットへのデータ送信量に応じて課金。これもリージョンにより単価が異なる。
よくある失敗例: コンピューティング単価の安さだけで海外リージョンを選んだ結果、日本へのデータ転送量が膨大になり、トータルコストが東京リージョンを利用した場合より高くなってしまった、というケースは少なくありません。データの発生場所と利用場所を考慮し、不要なリージョン間転送を避けるアーキテクチャ設計がコスト最適化の鍵となります。
選択基準③:冗長性と可用性 (HA/DR) – ビジネス継続性の担保
システムの停止が許されない現代において、ビジネス要件に応じた可用性の確保は必須です
RTO/RPOに基づいた構成パターンの選択
どの構成を選ぶべきかは、ビジネスが許容できる目標復旧時間 (RTO) と 目標復旧時点 (RPO) によって決まります。
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RTO (Recovery Time Objective): 障害発生後、どれくらいの時間でシステムを復旧させるか。
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RPO (Recovery Point Objective): 障害発生時、最大でどれくらい過去のデータ損失を許容できるか。
これらの目標値が厳しくなればなるほど(ゼロに近づくほど)、より高度でコストもかかる構成が必要になります。
構成パターン |
概要 |
RTO/RPO |
適した用途 |
シングルゾーン |
1つのゾーンのみで稼働。 |
長い |
開発環境、テスト環境、可用性が問われないバッチ処理など。 |
マルチゾーン |
同ーリージョン内の複数ゾーンに分散。 |
数分〜数十分 |
多くの本番Webサービス、社内システム。ゾーン障害に強く、標準的な高可用性(HA)構成。 |
マルチリージョン |
複数リージョンに分散。 |
ほぼゼロ〜数分 |
ミッションクリティカルな基幹システム、グローバルサービス。リージョン規模の災害にも耐えるDR構成。 |
実践的なユースケース別 構成推奨パターン
ユースケース |
推奨構成 |
理由とポイント |
一般的なWebサイト/ECサイト |
マルチゾーン (東京リージョン) |
ゾーン障害時にもサービスを継続可能。Cloud Load BalancerとManaged Instance Groups (MIGs) を活用して自動復旧を実現。Cloud SQLも高可用性構成を選択。 |
ミッションクリティカルな基幹システム |
マルチリージョン (東京 + 大阪) |
東京をプライマリ、大阪をセカンダリとし、データベースを非同期レプリケーション。Cloud DNSのフェイルオーバールーティングで障害時に自動で切り替え。RTO/RPO要件を厳密に定義することが重要。 |
大規模データ分析基盤 |
シングルリージョン (データソースに近いリージョン) |
データ転送コストを最小化するため、データが発生・保存されている場所に最も近いリージョンでBigQueryやDataprocを実行。可用性要件はデータによって判断。 |
選択基準④:コンプライアンスとサステナビリティ
グローバルビジネスや特定業界では、データ所在地に関する法規制や、環境への配慮が重要な選定基準となります。
データ主権とコンプライアンス遵守
特定の国や地域では、国民の個人データを国内に保存することを義務付ける法律(データ主権)があります。また、EUのGDPRのように、データ移転に厳しい制約を課す規制も存在します。
自社のビジネスが準拠すべき法規制を特定し、それを満たすリージョンを選択することが絶対条件です。Google Cloudはデータ所在地に関するコミットメントを公開しており、多くのサービスでデータの保存場所を制御できます。
利用可能なサービスと最新機能の確認
全てのGoogle Cloudサービスが、全てのリージョンで利用できるわけではありません。特に新しいサービスや特定のハードウェア(例: 最新のTPU)は、利用可能なリージョンが限定される場合があります。システム設計で利用したいサービスが、候補のリージョンで提供されているか、必ず事前に公式サイトで確認しましょう。
よくある質問 (Q&A)
### 最初はどのリージョンを選ぶべきですか?
もし迷ったら、主たるユーザーが日本国内にいる場合は東京リージョン (asia-northeast1) を選ぶのが最も安全で標準的な選択です。サービスの提供状況も豊富で、国内ユーザーへのレイテンシも最小限に抑えられます。
### リージョンやゾーンは後から変更できますか?
一度作成したリソース(VMインスタンスやCloud SQLインスタンスなど)のリージョン/ゾーンを直接「移動」させることはできません。変更するには、スナップショットやバックアップを取得し、別のリージョン/ゾーンでリソースを再作成(リストア)する作業が必要になります。これは手間とダウンタイムを伴うため、初期選定が非常に重要です。
### 個人や小規模な開発での利用におすすめのリージョンはありますか?
コストを最優先する学習や開発目的であれば、北米リージョン(例: us-central1)が比較的安価な傾向にあります。ただし、日本からのアクセスにはレイテンシが発生するため、開発時の操作性に影響が出る可能性は考慮に入れておきましょう。
XIMIXによる支援サービス:複雑な選択を最適解へ
ここまで見てきたように、Google Cloudのリージョン/ゾーン選択は、複数の要素が複雑に絡み合う戦略的な意思決定です。
「自社のRTO/RPOに最適な構成がわからない」 「レイテンシとコスト、可用性の最適なバランスポイントはどこか」 「マルチリージョン構成の設計やデータ移行に専門的な支援が欲しい」
このような課題に対し、Google Cloudの導入・運用で豊富な実績を持つXIMIX(NI+C)が、貴社のビジネス要件に合わせた最適解を導き出します。私たちは、長年のパートナー経験とお客様支援の実績に基づき、要件定義からアーキテクチャ設計、構築、そして運用後のコスト最適化まで一貫してサポートします。専門家の知見を活用し、リスクを最小化しながらGoogle Cloudのメリットを最大限に引き出しましょう。
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まとめ
Google Cloudにおけるリージョンとゾーンの選択は、単なる技術設定ではなく、ビジネスのパフォーマンス、コスト効率、そして事業継続性を左右する経営判断です。本記事では、戦略的な意思決定を行うための4つの主要な基準と、より実践的な考慮事項を解説しました。
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レイテンシ: ユーザーに最も近いリージョンを基本とし、日本国内では東京・大阪の特性を理解して使い分ける。
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コスト: サービス単価だけでなく、特にデータ転送料金を考慮した全体最適の視点を持つ。
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冗長性と可用性: ビジネス要件(RTO/RPO)を明確にし、マルチゾーンやマルチリージョン構成を適切に選択する。
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コンプライアンス: データ所在地要件や利用したいサービスが提供されているかを確認する。
最適な選択は、ビジネスの成長と共に変化します。本記事で得た知見を元に、貴社のビジネスに最適なリージョン戦略を描き、DX推進を加速させてください。
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