【入門編】クラウドのマルチリージョン構成とは?事業継続性を高める基本

 2025,10,02 2025.10.02

はじめに

クラウド活用が常識となった今、予期せぬシステム障害や大規模災害がビジネスに与える影響は計り知れません。一度サービスが停止すれば、機会損失だけでなく、顧客からの信頼も大きく損なわれます。また、ビジネスのグローバル展開においては、海外の顧客に快適なサービスを届けられなければ、競争力を維持することは困難です。

これらの経営課題に対する強力な一手として注目されているのが「マルチリージョン」構成です。

本記事では、マルチリージョンという言葉を初めて耳にする方や、その重要性は認識しつつも具体的なメリットや導入の勘所を掴みきれていない企業の意思決定者様に向けて、その基本から解説します。単なる技術的な説明に留まらず、なぜ今マルチリージョンが重要と言えるのか、そして、その投資対効果(ROI)を最大化するためのポイントを紐解きます。

なぜ今、マルチリージョン構成が重要となるのか?

クラウドサービスを利用していれば「データセンターで冗長化されているから安心」だと考えてはいないでしょうか。しかし、単一のデータセンターや地域(リージョン)に依存したシステムには、見過ごせないビジネスリスクが潜んでいます。

予期せぬシステム障害がもたらすビジネスインパクト

クラウドインフラは堅牢ですが、大規模な自然災害、電源設備の故障、あるいは人的ミスによって、特定の地域全体でサービスが利用不能になる可能性はゼロではありません。多くの国内企業が事業継続とサイバーレジリエンス(サイバー攻撃からの回復力)を最重要課題と認識しており、システム停止が深刻な問題であるとと捉えています。

サービスが数時間停止しただけでも、売上の逸失、顧客からのクレーム、そして何よりブランドイメージの低下といった、金銭的にも非金銭的にも大きな損害に繋がりかねません。

グローバル化で無視できなくなった「距離」の問題

海外にいる顧客が日本のサーバーにアクセスする場合、物理的な距離が原因で通信に遅延が生じます。この遅延は「レイテンシ」と呼ばれ、Webサイトの表示速度やアプリケーションの応答性を低下させ、顧客体験を損なう直接的な原因となります。グローバル市場で競合と渡り合うためには、すべてのユーザーに等しく快適なサービスを提供することが不可欠です。

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事業継続計画(BCP)におけるクラウドの役割

従来、災害対策(DR: Disaster Recovery)として遠隔地に自社でデータセンターを構えるには莫大な初期投資と維持コストが必要でした。しかしクラウドの登場により、そのハードルは劇的に下がりました。クラウドを活用したDRは、事業継続計画(BCP)の中核を担う要素であり、その実現方法としてマルチリージョン構成が極めて重要な役割を果たします。

マルチリージョンとは?基本的な仕組みを分かりやすく解説

マルチリージョンとは、その名の通り、地理的に離れた複数の地域(リージョン)にまたがってシステムを分散配置・運用するアーキテクチャのことです。これにより、片方のリージョンで大規模な障害が発生しても、もう一方のリージョンでサービスを継続させることが可能になります。

「リージョン」と「ゾーン」の違い

ここで、クラウドの地理的な単位について整理しておきましょう。Google Cloudを例にとると、以下のように定義されています。

  • リージョン: 独立した地理的な領域(例:東京、大阪、バージニア北部)。各リージョンは、電力、冷却、ネットワークなどが完全に分離されています。

  • ゾーン: リージョン内にある、障害から隔離された区画。1つのリージョンは通常、3つ以上のゾーンで構成されます。

単一リージョン内にある複数のゾーンにシステムを分散するだけでも可用性は高められますが、地震や広域停電などリージョン全体に影響が及ぶ災害には対応できません。真の事業継続性を確保するためには、リージョンをまたいだ対策、すなわちマルチリージョン構成が求められます。

シングルリージョン構成との比較

マルチリージョンとシングルリージョン(単一のリージョンでシステムを運用)の主な違いを以下の表にまとめました。

  シングルリージョン構成 マルチリージョン構成
可用性 リージョン規模の障害に弱い リージョン規模の障害時もサービス継続が可能
DR/BCP 限定的
(バックアップからの復旧に時間がかかる)
高度な対策が可能(迅速な切り替え・復旧)
レイテンシ 遠隔地のユーザーには遅延が発生しやすい ユーザーに近いリージョンからサービスを提供可能
コスト 比較的安価 データ転送費用や環境維持費で高くなる傾向
設計・運用 シンプル データの同期や整合性の担保など、複雑性が増す

マルチリージョンがもたらす3つの具体的なビジネス価値

マルチリージョンは単なる障害対策ではありません。ビジネスの成長を加速させる戦略的な価値を持っています。

価値1: 高可用性の実現と事業継続性の確保(DR/BCP)

これが最も基本的な価値です。例えば、東京リージョンをメインサイト、大阪リージョンをDRサイトとして構成しておけば、東京リージョンが利用不能になった際に、自動的または手動で大阪リージョンに処理を引き継ぎ、サービス停止時間を最小限に抑えることができます。これは、顧客への影響を最小化し、事業を守るための生命線となります。

価値2: グローバル規模での快適なユーザー体験の提供

ECサイトやSaaSビジネスをグローバルに展開する企業を考えてみましょう。マルチリージョン構成を採用し、北米、ヨーロッパ、アジアの各リージョンにシステムを配置します。そして、ユーザーのアクセス元に最も近いリージョンからコンテンツを配信することで、レイテンシを大幅に削減できます。表示速度の向上は、顧客満足度の向上や離脱率の低下に直結し、売上向上に大きく貢献します。

価値3: 各国のデータ主権(データレジデンシー)要件への対応

近年、EUのGDPR(一般データ保護規則)のように、特定の地域の居住者のデータをその地域内に保存することを義務付ける法規制(データレジデンシー)が増えています。マルチリージョン構成は、こうした各国の規制に準拠し、データを適切なリージョンに保管・管理するための有効な手段となります。

導入検討の前に知っておくべき現実的な課題と注意点

マルチリージョンのメリットは大きい一方、その導入は単純ではありません。特に決裁者として意思決定を行う際には、技術的な側面だけでなく、ビジネス上の課題も正しく認識しておく必要があります。

①想定以上に膨らむ可能性のある「コスト」

マルチリージョン構成は、複数のリージョンでリソースを稼働させるため、当然ながらコストは増加します。しかし、見落とされがちなのが「データ転送料金」です。リージョン間でデータを同期・転送する際には、クラウドプロバイダーが定める料金が発生します。この転送料金の見積もりが甘いと、運用開始後に想定をはるかに超えるコストが発生し、ROIを著しく悪化させるケースは少なくありません。

②「設計・運用」の複雑化

複数のリージョンにまたがるシステムは、その設計と運用が複雑になります。

  • データ同期: どのデータを、どのタイミングで、どうやって同期するのか。データの整合性をどう担保するのか。

  • 障害検知と切り替え: 障害をどう検知し、どのタイミングでDRサイトに切り替えるのか。その手順は自動化できるのか。

  • 監視体制: 24時間365日、複数のリージョンを横断してシステム全体を監視する体制とツールが必要。

これらの課題に対処するには、高度な技術的知見と運用ノウハウが不可欠です。

よくある失敗例:技術先行でビジネス目標が曖昧になるケース

私たち専門家がご支援する中で見られる失敗パターンの一つに、「DR対策のために、とにかくマルチリージョン化する」という技術目的が先行してしまうケースがあります。 「どのシステムを、どのレベル(RTO/RPO ※)で復旧させる必要があるのか」「それによって、どれだけのビジネスインパクトを回避できるのか」といったビジネス目標と投資対効果の議論が不十分なまま進めてしまうと、過剰なスペックのシステムを構築してしまったり、逆に重要なシステムが守られていなかったりといった事態に陥りがちです。

※RTO(目標復旧時間): 障害発生後、どれくらいの時間でシステムを復旧させるかという目標値。
※RPO(目標復旧時点): 障害発生時、どの時点のデータまで復旧させるかという目標値。

マルチリージョン戦略を成功に導くための3つの鍵

では、どうすればマルチリージョン戦略を成功させることができるのでしょうか。重要な鍵は3つあります。

鍵1: ビジネス目標の明確化とROIの試算

まず、「何のためにマルチリージョンを導入するのか」という目的を明確にすることが最も重要です。守りたい事業は何か、目標とする可用性レベルはどれくらいか、そして、その投資によってどれだけの損失を回避できるのか、あるいは新たなビジネス価値を創出できるのかを定義し、ROIを試算します。

鍵2: スモールスタートと段階的な拡張

全てのシステムを一度にマルチリージョン化しようとすると、コストもリスクも増大します。まずは事業への影響が最も大きい基幹システムから着手するなど、優先順位を付けてスモールスタートし、そこで得た知見を活かして段階的に対象を拡張していくアプローチが現実的です。

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鍵3: 専門知識を持つパートナーとの協業

前述の通り、マルチリージョン構成の設計・構築・運用には、クラウドインフラ、ネットワーク、データベース、セキュリティなど、多岐にわたる高度な専門知識が求められます。自社のリソースだけでこれら全てをカバーするのは容易ではありません。 経験豊富な外部の専門家やパートナーと協業することは、失敗のリスクを低減し、プロジェクトを成功に導くための極めて有効な選択肢です。

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まとめ

本記事では、マルチリージョンの基本的な概念から、それがもたらすビジネス価値、そして導入を成功させるための鍵について解説しました。

  • マルチリージョンは、単なる技術的な障害対策ではなく、事業継続性を確保し、グローバルな競争力を高めるための重要な「経営戦略」である。

  • 主な価値は「高可用性の実現」「グローバルでの顧客体験向上」「データレジデンシーへの対応」の3つ。

  • 成功のためには、コストや運用の複雑性といった課題を正しく認識し、「ビジネス目標の明確化」と「専門パートナーとの協業」が不可欠。

クラウドを最大限に活用し、ビジネスの成長を加速させるために、ぜひマルチリージョン戦略をご検討ください。その第一歩として、専門家の知見を活用することが、成功への最短ルートとなります。


【入門編】クラウドのマルチリージョン構成とは?事業継続性を高める基本

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