クラウドサービスの活用がDX推進の原動力となる一方、多くの企業で「オンプレミス時代に策定された社内規定」が、その潜在能力を最大限に引き出す上での足枷となっています。「セキュリティを担保したいが、厳しすぎる規定が現場の生産性を下げている」「そもそも、クラウドの特性に合わせたリスク管理ができていない」といった課題は、経営層や事業責任者にとっても看過できない問題です。
クラウドネイティブな働き方への移行を成功させるためには、情報セキュリティ規定を単なる「禁止事項のリスト」から、ビジネスの俊敏性と安全性を両立させる「攻めのガバナンス」へと進化させる必要があります。
本記事では、中堅・大企業のDX推進を支援してきた視点から、以下の内容を解説します。
クラウド時代に社内規定の見直しがなぜ急務なのか
失敗しないための具体的な見直しプロセスと、陥りがちな罠
Google Cloud / Google Workspaceを活用し、理想のセキュリティを実現する方法
単なる規定改定の手順に留まらず、企業の競争力強化に繋がる戦略的なアプローチをご理解いただくことを目指します。
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クラウドの導入は、単なるインフラの置き換えではありません。働き方、ビジネスの進め方そのものを変革するポテンシャルを持っています。しかし、その力を最大限に引き出すには、土台となるルール、すなわち社内規定のアップデートが不可欠です。
従来のセキュリティポリシーの多くは、社内と社外を明確に分ける「境界型防御モデル」を前提としています。このモデルが、クラウドネイティブな環境では以下の3つの点で機能不全に陥ります。
境界の曖昧化: テレワークやSaaS利用が当たり前になり、データやユーザーが社内ネットワークの「外」にいることが常態化しました。もはや物理的な境界線で守ることは不可能です。
スピードの阻害: 新規事業で新しいクラウドサービスを使いたい場合、都度、情報システム部門の厳格な審査と規定の例外申請が必要になる…。このようなプロセスは、変化の速い市場での競争力を著しく削いでしまいます。
新たな脅威への脆弱性: 巧妙化するサイバー攻撃は、一度境界内部に侵入されると、内部では比較的自由に動けてしまう従来のモデルの弱点を突いてきます。内部不正のリスクも同様です。
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これらの課題を解決するアプローチが「ゼロトラスト」です。これは、「社内は安全」という従来の前提を捨て、「何も信頼しない(Trust No One, Verify Everything)」を原則にあらゆるアクセスを検証するセキュリティモデルです。
ゼロトラストは、ユーザー、デバイス、場所を問わず、アクセス要求があるたびに「そのアクセスが本当に正当か?」を都度検証します。これにより、テレワーク環境でも安全性を確保しつつ、従業員は必要な情報にスムーズにアクセスできるようになります。このパラダイムシフトこそが、規定見直しの核となる考え方です。
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情報セキュリティ規定の見直しは、単なる防御的なコストではありません。むしろ、攻めの経営に繋がる戦略的投資と捉えるべきです。
投資 (Investment) | 期待されるリターン (Return) |
ゼロトラスト環境への移行コスト | セキュリティインシデントによる事業停止リスクの低減 |
規定改定・運用プロセスの構築 | 従業員の生産性向上(場所を問わない安全なアクセス) |
クラウドガバナンスツールの導入 | 市場投入までの時間短縮(安全なサービス利用の迅速化) |
優秀な人材の獲得・定着(柔軟な働き方の提供) |
「言うは易し、行うは難し」で、多くの企業が規定見直しの途中で頓挫したり、作ったルールが形骸化したりする現実に直面します。ここでは、実効性のあるポリシーを策定するための現実的な5つのステップをご紹介します。
まず、既存の規定やガイドラインを棚卸しし、「クラウド利用の実態」と「ビジネス上の目標」との間にどのようなギャップがあるかを明確にします。「なぜこの規定が必要なのか?」をビジネスの言葉で説明できないルールは、見直しの対象候補です。
オンプレミスとは異なるクラウド特有のリスク(例:設定ミスによる情報漏えい、ID/パスワードの漏えい・不正利用、サービス障害など)を洗い出し、ビジネスインパクトの観点から優先順位をつけます。IPA(情報処理推進機構)が公開する「情報セキュリティ10大脅威」なども参考に、自社にとっての重要リスクを特定します。
リスク評価に基づき、自社が目指すべきセキュリティの全体像を設計します。ここでは、特定の製品導入から考えるのではなく、「誰が、どのデバイスで、どこから、どの情報にアクセスするのか」といったアクセスの流れを整理し、それぞれの場面でどのような認証・認可を行うべきかを定義することが重要です。
上記ステップを踏まえ、具体的な規定項目を見直していきます。特に重要なのは以下の領域です。
データ分類と取り扱い規定: データの重要度(極秘、秘、社外秘など)を再定義し、クラウド上での保管、共有、廃棄のルールを明確化します。
アクセス制御規定: ゼロトラストの原則に基づき、役割ベース(RBAC)だけでなく、リアルタイムのリスク(場所、時間、デバイスの状態など)に応じた動的なアクセス制御の要件を定めます。
クラウド利用ガイドライン: 従業員が安全にクラウドサービスを利用するための具体的な手順や、利用申請のプロセスを定めます。セキュリティと利便性のバランスを取ることが鍵です。
インシデント対応規定: クラウド環境でインシデントが発生した場合の報告体制、初動対応、復旧プロセスを具体的に定めます。
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全てのルールを一度に全社展開するのは現実的ではありません。特定の部門やプロジェクトで先行導入し、フィードバックを得ながら改善を重ねるアプローチが有効です。また、規定を周知するだけでなく、なぜそれが必要なのかを伝える継続的な教育と、規定が遵守されているかを監視・監査する仕組みをセットで構築することが形骸化を防ぎます。
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理想のポリシーを描いても、それを実現するテクノロジーがなければ意味がありません。ここでは、Google CloudとGoogle Workspaceが、前述の見直し項目をいかに具体化できるかをご紹介します。
Googleが自社で実践してきたゼロトラストモデルを製品化したのが BeyondCorp Enterprise です。これを利用することで、「誰が」「どのデバイスから」「どこから」といった様々なコンテキスト(状況)情報に基づいてアクセスを動的に制御するポリシーを、規定に落とし込むことができます。
規定例: 「社外秘情報へのアクセスは、会社貸与の正規デバイスから、かつ多要素認証を完了した場合にのみ許可する」
実現方法: BeyondCorp Enterpriseがユーザーとデバイスの状態をリアルタイムで評価し、条件を満たさないアクセスの場合はIAP (Identity-Aware Proxy) が通信をブロックします。
Google WorkspaceやGoogle Cloudには、機密情報(個人情報、マイナンバー、クレジットカード番号など)を自動で検知し、意図しない共有や持ち出しを防ぐDLP (Data Loss Prevention) 機能が備わっています。
規定例: 「個人情報を含むファイルは、社外のユーザーと共有してはならない」
実現方法: Google Drive上で該当ファイルが共有されようとした際に、DLPがルールに基づき共有をブロックし、管理者にアラートを送信します。
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クラウド環境では膨大なログが発生し、脅威の兆候を見つけ出すのは困難です。Google Security Operations は、Googleの強力なインフラとAI技術を活用し、組織内の様々なログを大規模に分析。脅威を迅速に検知し、インシデント対応プロセス全体の自動化・効率化を支援します。これにより、インシデント対応規定の実効性を高めることができます。
生成AIの業務利用は急速に拡大しています。機密情報をプロンプトとして入力してしまうリスクや、AIが生成したコードの脆弱性など、新たなリスクへの対応もポリシーに含める必要があります。Vertex AI のようなエンタープライズ向けの生成AIプラットフォームは、入出力データを保護し、アクセス制御を行う機能を備えています。こうしたツールの利用を前提とした上で、安全な活用を促進するガイドラインを策定することが求められます。
テクノロジーを導入するだけでは、ポリシーの見直しは成功しません。SIerとして多くの企業をご支援する中で見えてきた、プロジェクトを成功に導くための組織的なポイントを3つご紹介します。
最もよく見られる失敗パターンが、最初から100点満点の完璧な規定を作ろうとして、議論ばかりでプロジェクトが停滞してしまうことです。全てのユースケースを網羅し、全部門が納得するルールを一度に作るのは不可能です。
セキュリティポリシーは、もはや情報システム部門だけのものではありません。ビジネスの現場でクラウドを最も活用する事業部門を巻き込み、彼らのニーズや課題を理解した上で、「守り」と「攻め(利便性)」の最適なバランス点を探る「共創」の姿勢が不可欠です。
前述の通り、まずは影響範囲の少ない部門や特定のユースケースに限定して新しいポリシーを適用し、効果を測定しながら改善を繰り返すアジャイルなアプローチが有効です。小さな成功体験を積み重ねることが、最終的に全社展開への理解と協力を得るための近道となります。
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ここまで見てきたように、クラウドネイティブ時代のセキュリティポリシー見直しは、技術的な知見だけでなく、組織全体の変革をマネジメントする高度なノウハウが求められます。特に、以下のような課題に直面した場合、外部の専門家をパートナーとして活用することが有効な選択肢となります。
自社だけでは、最新の脅威トレンドや技術動向を追いきれない
部門間の利害調整が難航し、客観的な第三者の視点が必要
Google Cloudなどの特定技術に精通したアーキテクトが社内にいない
私たちXIMIXチームは、Google Cloudの専門家集団として、技術的な知見の提供はもちろんのこと、お客様のビジネス目標に寄り添い、数多くの企業のDX推進をご支援してきました。
単にツールを導入するだけでなく、現状アセスメントからポリシーの策定、組織的な合意形成、そして技術的な実装と運用までをワンストップでご支援し、お客様が真にビジネス価値を創出できる「攻めのガバナンス」体制の構築をお手伝いします。
XIMIXのGoogle Workspace 導入支援についてはこちらをご覧ください。
XIMIXのGoogle Cloud 導入支援についてはこちらをご覧ください。
本記事では、クラウドネイティブな働き方に合わせて情報セキュリティ規定を見直すための戦略と実践的なアプローチを解説しました。
本記事の要点:
オンプレミス前提の規定は、クラウド時代のビジネスの足枷となる。
見直しの核は、「境界型防御」から「ゼロトラスト」へのパラダイムシフト。
規定見直しは守りのコストではなく、生産性向上や事業継続に貢献する「攻めの投資」である。
成功のためには、技術(Google Cloud等)の活用と、組織的なアプローチ(部門間連携、スモールスタート)の両輪が不可欠。
社内規定の見直しは、企業のDX、そしてDX推進を次のステージへ進めるための重要な一歩です。まずは自社の現状を把握し、どこに課題があるのかを可視化することから始めてみてはいかがでしょうか。