コラム

なぜゼロトラスト導入が進まないのか?最初のステップと実践的ロードマップ

作成者: XIMIX Google Cloud チーム|2025,10,20

はじめに

「ゼロトラスト=何も信頼せず、すべてを検証する」。このセキュリティ概念の重要性は、多くのDX推進担当者や経営層に浸透しています。ランサムウェア攻撃の巧妙化や、ハイブリッドワークの定着により、従来の境界型防御が限界を迎えていることは明らかです。

しかし、「概念は理解した」ものの、「では、自社において具体的に何から手をつけるべきか」という段階で、プロジェクトが停滞している企業が少なくないのも事実です。

本記事は、そうした課題を抱える中堅・大企業の決裁者・推進担当者の皆様に向けて、なぜゼロトラスト導入の「次の一歩」が踏み出せないのか、その根本原因を解き明かします。

その上で、一般的なステップ論に留まらず、多くの企業支援の経験から見えてきた「導入を成功させるための優先順位付け」と「Google Cloud / Google Workspaceを活用した実践的ロードマップ」、そして決裁に必要な「ROIの視点」について具体的に解説します。

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なぜ「ゼロトラスト」は理解できても実行に移せないのか?

ゼロトラスト導入が「言うは易く行うは難し」とされる背景には、技術的な課題以上に、中堅・大企業特有の組織的・予算的な壁が存在します。

①表面的な理解と「既存システム」の壁

多くの企業が直面する最初の壁は、「既存(レガシー)システムとの整合性」です。特に、長年にわたり運用されてきたオンプレミスの業務システムや、複雑に入り組んだネットワーク環境は、ゼロトラストの前提となる「アクセスごとの検証」を実装する上で大きな障害となります。

すべてを一度に刷新するのは非現実的であり、「どこまでを許容し、どこから着手するか」の判断が下せないまま、計画が塩漬けになってしまうケースが散見されます。

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②決裁者を阻む「ROIの説明」というハードル

セキュリティ投資は、その性質上、売上に直接貢献するものではなく、「コスト」として捉えられがちです。決裁者層は、「ゼロトラストに投資することで、具体的にどれだけのビジネスリスクが低減され、どのような価値(ROI)が生まれるのか」を合理的に説明することを求められます。

しかし、IPA(情報処理推進機構)が公表する「情報セキュリティ10大脅威」などを見ても、脅威が多様化する中で、「この対策で何億円の損失を防げる」と明確に示すことは困難です。この「ROIの可視化」の難しさが、最終的な投資判断のブレーキとなっています。

③組織的な課題:「誰が」推進するのかという問題

ゼロトラストは、情報システム部門だけの課題ではありません。ID管理は人事部門、デバイス管理は総務部門や各事業部門、ネットワークはインフラ部門と、複数の部署にまたがる横断的な取り組みです。

中堅・大企業において、「この変革のオーナーシップをどの部門が持ち、どう部門間の利害を調整するのか」という組織的なコンセンサス形成が難航し、推進体制が整わないまま時間だけが過ぎていくケースは、決して少なくありません。

ゼロトラスト導入の「最初の一歩」はアセスメントから

では、この複雑な課題を前に、一体どこから手をつければよいのでしょうか。多くの支援経験から断言できる「最初の一歩」は、ツールの選定ではなく、「徹底した現状把握(アセスメント)」です。

現状把握(As-Is):自社のセキュリティ資産とリスクの可視化

まずは自社の「現在地」を知る必要があります。以下の点を客観的に棚卸しします。

  • ID管理: 誰が(どの従業員・委託先が)どのシステムにアクセスできる権限を持っているか? IDの一元管理(IdP)は実現できているか?

  • デバイス管理: 会社支給のPC、BYOD(私物端末)など、どのデバイスが社内リソースにアクセスしているか? それらのセキュリティ状態(OSバージョン、ウイルス対策ソフトの導入状況など)は把握できているか?

  • ネットワーク: 社内ネットワークの構成は? 重要なデータが保管されているサーバーへのアクセス経路は適切に分離・制御されているか?

理想像(To-Be):守るべき「情報資産」の優先順位付け

すべてを同時に守ることはできません。ゼロトラスト導入の目的は、「リスクのゼロ化」ではなく「リスクの最適化」です。

  • 自社にとって最も重要な情報資産(例:顧客情報データベース、財務データ、研究開発データ)は何か?

  • それらの情報が漏洩・改ざんされた場合のビジネスインパクトはどれほどか?

この「守るべき資産の優先順位付け」こそが、ロードマップ策定の羅針盤となります。

陥りやすい罠:ツール導入が目的化していないか?

アセスメントを怠り、「ゼロトラスト」という言葉の響きや、競合他社が導入しているという理由だけで、「EDR(Endpoint Detection and Response)」や「CASB(Cloud Access Security Broker)」といった特定のソリューション導入に飛びつくのは、典型的な失敗パターンです。

自社の課題や守るべき資産が明確になっていない状態でのツール導入は、高額な投資に見合った効果を得られないばかりか、運用現場の負担を増大させるだけの結果に終わる危険性があります。

実践的ロードマップ:ゼロトラスト実現への3つのフェーズ

アセスメントによって「現在地」と「守るべきもの」が明確になったら、具体的なロードマップを策定します。多くの企業において、以下の順序で進めることが現実的かつ効果的です。

フェーズ1:アイデンティティ(ID)の強化と可視化

ゼロトラストの根幹は「ID(アイデンティティ)」です。「誰が」アクセスしているのかを確実に認証することから始めます。

  • 施策: IDの一元管理(SSO - シングルサインオン)、多要素認証(MFA)の必須化。

  • ビジネス価値: 不正アクセスによる情報漏洩リスクを大幅に低減します。また、SSOによる利便性向上は、従業員の生産性向上にも直結します。

フェーズ2:デバイスとアクセスの制御 (コンテキストアウェア)

次に、「どのようなデバイスから」「どのような状況(コンテキスト)で」アクセスしているのかを検証します。

  • 施策: MDM(モバイルデバイス管理)/UEM(統合エンドポイント管理)によるデバイス状態の把握、コンテキストアウェアアクセス(例:社外からのアクセス時はMFAを要求する、セキュリティパッチが未適用のPCからのアクセスをブロックする)の実装。

  • ビジネス価値: ハイブリッドワークやBYODを安全に推進するための基盤となり、柔軟な働き方を支えつつセキュリティを担保します。

フェーズ3:ネットワークのマイクロセグメンテーションと運用監視

最後に、「万が一侵入された場合」に備え、被害を最小限に食い止める仕組みを構築します。

  • 施策: ネットワークを細かく分割(マイクロセグメンテーション)し、サーバー間の不要な通信を遮断する。アクセスログを常時監視し、異常な振る舞いを検知する(SIEM/SOARの導入)。

  • ビジネス価値: ランサムウェアなどが内部で横展開(ラテラルムーブメント)するのを防ぎ、事業継続性を高めます。

Google Cloud / Google Workspaceで実現するゼロトラスト

このロードマップを実行する上で、Google CloudおよびGoogle Workspaceは非常に強力なソリューションを提供します。

Googleのゼロトラストモデル「BeyondCorp」

Google自身が社内で実践してきたゼロトラストモデル「BeyondCorp」は、まさに上記ロードマップの理想形です。XIMIXでも、このBeyondCorpの考え方に基づいたBeyondCorp Enterpriseの導入を支援しています。

これは、従来のVPNに依存せず、ユーザーとデバイスの信頼性に基づき、コンテキストを考慮したアクセス制御をグローバル規模で実現するソリューションです。

「Google Workspace」が実現するセキュアなコラボレーション基盤

多くの企業で利用されているGoogle Workspace自体が、ゼロトラストの思想に基づいたセキュアなコラボレーション基盤です。

強力なID管理、デバイス管理機能、コンテキストアウェアアクセス制御(コンテキストアウェアアクセス)などが標準で備わっており、フェーズ1およびフェーズ2の多くを迅速に実現できます。既存のGoogle Workspace環境のセキュリティ設定を見直すこと自体が、ゼロトラストの強力な「第一歩」となり得ます。

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Geminiが変えるセキュリティ運用の未来

セキュリティ運用は新たな局面を迎えています。Google Cloudに搭載された生成AI「Gemini」は、セキュリティ運用の高度化・効率化に大きく貢献します。

例えば、膨大なセキュリティアラートやログをGeminiが瞬時に分析し、真に危険な脅威を特定したり、インシデント対応の手順を自動生成したりすることが可能になりつつあります。これにより、セキュリティ担当者の負荷を軽減し、より迅速な脅威対応が実現します。

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導入プロジェクトを成功に導く「決裁者」の視点

最後に、プロジェクトを確実に前進させるために、決裁者・推進者が持つべき視点を共有します。

①スモールスタートとROIの可視化

すべてを一度にやろうとせず、アセスメントで特定した「最もリスクが高く、かつビジネスインパクトの大きい領域」からスモールスタートすることが成功の鍵です。

例えば、「まずは経営層が利用するデバイスと重要データへのアクセス制御から始める」といった形です。小さな成功体験(例:不正アクセス未遂の検知、安全なリモートワーク環境の実現)を積み重ね、その効果(ROI)を経営層に具体的に示すことで、次のフェーズへの投資を引き出すことができます。

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②外部の専門的知見(SIer)を活用する

ゼロトラストの導入は、複雑な既存システムとの連携や、最新の脅威動向へのキャッチアップ、そして組織横断での調整など、高度な知見と推進力が求められます。

特に中堅・大企業においては、自社のリソースだけですべてを賄うのは現実的ではありません。自社の「現在地」を客観的に評価するアセスメントの段階から、Google Cloudやゼロトラストに関する深い知見を持つ外部の専門家(SIer)をパートナーとして活用することが、結果として導入の確実性を高め、トータルコストを最適化する近道となります。

XIMIXが支援するゼロトラスト導入のネクストステップ

ゼロトラスト導入の第一歩が踏み出せない最大の理由は、「自社固有の課題」と「一般的な解決策」が結びついていないことにあります。

『XIMIX』は、Google Cloud / Google Workspaceの専門家集団として、多くの中堅・大企業のDXをご支援してきた経験に基づき、貴社の「現在地」に即したゼロトラスト導入を強力にバックアップします。

企業の「現在地」に合わせたロードマップ策定

私たちは、ツール導入ありきのご提案はいたしません。まずは現状のアセスメントをご一緒させていただき、貴社のビジネスにとって最も優先すべき領域を見極め、現実的かつ効果的なロードマップを策定します。

Google Cloud / Workspaceの専門知識に基づく実装支援

「BeyondCorp」の導入支援や、既存の「Google Workspace」のセキュリティ機能の最適化、さらには「Gemini」を活用した次世代のセキュリティ運用体制の構築まで、Google Cloudの技術に精通したエンジニアが、設計から実装、運用までを一気通貫でサポートします。

「何から始めるべきか」の整理から、具体的な実装、ROIの策定まで、ゼロトラストに関するあらゆるお悩みは、ぜひXIMIXにご相談ください。

XIMIXのGoogle Workspace 導入支援についてはこちらをご覧ください。
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まとめ

ゼロトラスト導入が概念理解で止まってしまう背景には、既存システム、ROIの説明、組織体制といった、中堅・大企業特有の複雑な課題があります。

この壁を乗り越えるための「最初の一歩」は、流行のツールに飛びつくことではなく、自社の「現在地」と「守るべき資産」を明確にするアセスメントです。

本記事でご紹介した「ID強化」「デバイス制御」「ネットワーク監視」という実践的ロードマップと、Google Cloud / Google Workspaceの活用は、その確実な一歩を後押しします。

セキュリティは「コスト」ではなく、ビジネスの継続と成長を支える「投資」です。本記事が、貴社のゼロトラスト導入を次のステージへ進める一助となれば幸いです。