「また、同様のシステム障害が起きてしまった…」 「インシデント対応は完了したが、場当たり的な対策で根本的な解決になっていない気がする…」 「障害報告書は作成しているが、形式的で次の改善に活かせていない…」
企業のDX推進を担う皆様にとって、システムの安定稼働は至上命題です。しかし、どれだけ万全な対策を講じても、インシデント(システム障害やセキュリティ事案など、正常なサービス提供を妨げる出来事)を完全にゼロにすることは現実的ではありません。
重要なのは、インシデント発生後にいかにしてそこから学び、同じ過ちを繰り返さない仕組みを構築するかです。その鍵を握るのが、今回解説する「ポストモーテム(Postmortem)」です。
ポストモーテムは、単なる「反省会」や「犯人探し」の場ではありません。インシデントを組織全体の貴重な学習機会と捉え、システムの信頼性を継続的に向上させていくための極めて重要なプロセスです。
この記事では、ポストモーテムとは何か、その本質的な重要性から、具体的な進め方、成功させるためのポイントまで、入門者の方にも分かりやすく網羅的に解説します。Googleが提唱するSRE(Site Reliability Engineering)の考え方にも触れながら、皆様がインシデントを「コスト」から「未来への投資」へと変えるための一助となれば幸いです。
ポストモーテム(Postmortem)とは、直訳すると「事後検証」を意味し、インシデントが発生した際に、その事象を振り返り、体系的に分析・記録する一連の活動を指します。
多くの企業で作成される「障害報告書」と混同されがちですが、その目的と文化において本質的な違いがあります。
従来の障害報告書 | ポストモーテム | |
---|---|---|
主な目的 | 関係者への説明責任、事態の収束報告 | 組織的な学習、根本原因の特定、再発防止 |
焦点 | 「誰が」ミスを犯したか | 「なぜ」その事象が起きたか(システムやプロセスの欠陥) |
文化 | 個人の責任追及、非難 | 非難なき文化(Blameless Culture)、心理的安全性 |
成果物 | 報告・謝罪のための文書 | 未来のアクションに繋がる学習資産としてのドキュメント |
ポストモーテムを成功させる上で、最も重要かつ根幹となるのが非難なき文化(Blameless Culture)です。
これは、インシデントを引き起こした個人を責めるのではなく、「なぜその人がミスをせざるを得ない状況だったのか」「それを許容してしまったシステムやプロセスに問題はなかったか」という視点で原因を分析する考え方です。
人間は誰でも間違いを犯すという前提に立ち、個人の責任を追及する雰囲気は、インシデントの根本的な原因解明を妨げます。担当者は萎縮し、保身のために正確な情報共有をためらうようになり、結果として表面的な対策に終始してしまうからです。
非難なき文化を醸成し、誰もが心理的安全性を感じられる場でオープンに議論することではじめて、事象の全体像が明らかになり、真の根本原因にたどり着くことができるのです。
ポストモーテムを実践することは、企業に多くのメリットをもたらします。
その場しのぎの応急処置では、類似のインシデントが形を変えて再発するリスクが残ります。ポストモーテムでは、「なぜなぜ分析」のような手法を用いて事象を深掘りし、表面的な原因のさらに奥にある根本原因(Root Cause)を特定します。この根本原因にアプローチするからこそ、恒久的で効果の高い再発防止策を立案できるのです。
一回のインシデントから得られる教訓は、対応した当事者だけのものではありません。ポストモーテムを通じて得られた分析内容や対策、議論のプロセスをドキュメントとして記録・共有することで、インシデントは特定のチームの「失敗談」から、組織全体の「貴重な学習資産」へと昇華します。これにより、組織全体の技術力やインシデント対応能力の底上げが期待できます。
Googleが提唱・実践するSRE(Site Reliability Engineering)においても、ポストモーテムはシステムの信頼性を維持・向上させるための核となるプラクティスと位置づけられています。SREでは、インシデントをシステムの改善点を発見する絶好の機会と捉えます。ポストモーテムを回し続けることで、システムは継続的に強化され、より堅牢で信頼性の高いものへと進化していくのです。
「失敗しても非難されない」という安心感は、エンジニアが新しい技術や手法に挑戦する意欲を引き出します。ポストモーテを正しく運用することは、組織の心理的安全性を高めることにも直結します。オープンな議論を通じて互いの理解が深まり、チームの結束力や問題解決能力の向上にも繋がるでしょう。
では、実際にポストモーテムはどのように進めればよいのでしょうか。ここでは、基本的なステップを解説します。
インシデントが収束したら、可能な限り迅速にポストモーテムの準備を開始します。
集めた情報を元に、関係者で会議を実施します。
ポストモーテムは会議をやって終わりではありません。
ポストモーテムを形骸化させず、真に価値あるものにするためには、いくつかのポイントがあります。
本記事では、インシデントを組織の成長の糧に変える「ポストモーテム」について、その本質から実践方法までを解説しました。
インシデントは、起きてほしくないものです。しかし、それを避けて通れない以上、いかにして未来の価値に変えるかが、企業の競争力を左右します。
ポストモーテムは、そのための最も効果的なアプローチの一つです。まずは小さなインシデントからでも、今回ご紹介した「非難なき」振り返りを試してみてはいかがでしょうか。その一歩が、より強く、しなやかな組織とシステムを築くための確かな礎となるはずです。
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