パスキー(Passkey)とは、パスワードを入力することなく、指紋や顔認証などの生体情報とデバイス自体を利用して安全にログインを行う次世代の認証技術です。
本記事では、このパスキーの基本的な仕組みから、従来のパスワードや多要素認証(MFA)との決定的な違いを解説します。そして何より、情報漏洩リスクの低減や、ヘルプデスクの対応コスト削減といった「企業がパスキーを導入すべきビジネス上の価値(ROI)」について深く掘り下げます。
パスワード運用の限界を感じている経営層やIT部門の皆様にとって、本記事が次世代のセキュリティと生産性を両立するための羅針盤となれば幸いです。
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が発表した「情報セキュリティ10大脅威」において、組織向けの脅威として「ランサムウェアによる被害」や「標的型攻撃による機密情報の窃取」が上位を占めています。
これらのサイバー攻撃では、初期侵入経路として「窃取されたパスワード」が悪用されているケースが見受けられます。
複雑なパスワードを要求し、定期的な変更を強いる運用は、従業員にとって負担です。結果として、複数サービスでのパスワードの使い回しや、覚えきれずに付箋に書いてPCに貼るといった本末転倒な事態が、多くの現場で常態化しています。
近年、IDとパスワードの入力に加えて、スマートフォンへのSMS通知などを組み合わせる多要素認証(MFA)の導入が進みました。
しかし現在では、正規のログイン画面を精巧に偽造し、入力されたパスワードとMFAのワンタイムコードをリアルタイムで中間傍受する「AiTM(Adversary-in-the-Middle)攻撃」など、MFAすら突破する高度なフィッシング詐欺が急増しています。
人の「認知」や「注意力」に依存するセキュリティ対策は、すでに限界を迎えていると言わざるを得ません。
パスキーは、FIDOアライアンスとW3Cによって策定された国際的な標準規格に基づいています。
パスワードが「自分だけが知っている秘密の文字列」をサーバーと共有する仕組みであるのに対し、パスキーは「公開鍵暗号方式」を利用します。
利用するサービス側に「公開鍵(鍵穴)」を、ユーザーのデバイス(スマートフォンやPC)側に「秘密鍵(鍵)」を保管します。ログイン時には、デバイス側で顔認証や指紋認証を行い、デバイス内にある秘密鍵を使って認証を完了させます。
パスキーの最大の特長は、サービスを提供するサーバー側に、パスワードや生体情報といった「漏洩しては困る秘密の情報」が保存されない点です。
万が一、利用しているクラウドサービスがサイバー攻撃を受けてデータベースが情報漏洩したとしても、そこにあるのは公開鍵(鍵穴)だけです。攻撃者は対となる秘密鍵(デバイス)を持たないため、あなたのアカウントに不正ログインすることは困難です。
単なるセキュリティ強化策にとどまらず、エンタープライズ企業がパスキーを導入することは、明確な投資対効果(ROI)を生み出します。
パスキーは、ユーザーがアクセスしているウェブサイトのドメイン(URL)と紐付いて動作します。つまり、精巧に作られた偽のフィッシングサイトに誘導されたとしても、デバイス側が「これは登録した本物のサイトではない」と自動的に判断し、認証情報(鍵)を一切送信しません。
従業員のITリテラシーに依存することなく、システムレベルでフィッシングを無効化できることは、事業継続性を脅かす重大なインシデントを未然に防ぐ強力な盾となります。
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中堅・大企業のIT部門や情報システム部において、日常業務の一定割合を占めているのが「パスワード忘れによるリセット対応」と「アカウントロックの解除」です。
これらにかかるヘルプデスクの人的工数と、従業員が業務に復帰するまでのダウンタイムは、企業全体で見ると莫大なコストの損失です。パスキーによるパスワードレス化は、この非生産的な業務を根本から消滅させます。
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「セキュリティを強化するほど利便性が下がる」というのは過去の常識です。
パスキーを導入すれば、従業員は複雑なパスワードを記憶したり、定期的に変更したりするストレスから解放されます。デバイスを開き、顔を向けるか指を触れるだけで、社内の各種クラウドサービスへ瞬時にアクセスできるようになり、日々の業務生産性が飛躍的に向上します。
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メリットの多いパスキーですが、企業で全社展開する際には特有の考慮事項が存在します。
「スマートフォンやPCを紛失したらログインできなくなるのでは?」という懸念は、多くの企業がパスキー導入時に直面する最初の壁です。
エンタープライズ環境においては、個人のApple IDやGoogleアカウントに紐づくクラウド同期型のパスキーをそのまま業務利用するのではなく、組織が管理するデバイスバウンド(特定の端末に紐づく)の運用ルールや、物理的なセキュリティキーを利用するなど、自社のガバナンス要件に応じたアーキテクチャの設計が不可欠です。
紛失時のリカバリー手順を事前に確立しておくことが、プロジェクト成功の絶対条件となります。
長年現場に染み付いたパスワードの文化を、ある日突然ゼロにすることは現実的ではありません。
プロジェクトを円滑に進める秘訣は、まず特権アクセスを持つIT管理者や、機密情報を扱う経営層など、ハイリスクなユーザーから先行して導入することです。
その後、既存のパスワード認証や多要素認証と並行稼働させながら、段階的に社内教育を進める「ハイブリッド運用」の期間を設けることで、業務の混乱を最小限に抑えることができます。
Google Workspaceは、いち早くパスキーに対応したエンタープライズプラットフォームの一つです。
管理者は、Google管理コンソールを通じて、組織全体のユーザーに対してパスキーによるログインを許可したり、特定のユーザー群に対して強力な認証を強制するといった柔軟なポリシー設定が一元的に行えます。
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単に「パスキーという新しい機能を有効化する」だけでは、企業のセキュリティ変革は完遂しません。
既存のID管理基盤(Active Directory等)との連携、退職時のアカウント管理プロセスの見直し、そして何より従業員への適切な啓蒙が一体となって初めて、パスワードレスの価値が発揮されます。
『XIMIX』は、多数の大規模組織におけるDX推進とセキュリティガバナンスの構築を支援してまいりました。単なるツールの導入にとどまらず、貴社のビジネス環境や既存のセキュリティポリシーを深く理解した上で、最適なロードマップをご提案いたします。
より安全で快適な社内システムを構築したいとお考えの際は、ぜひ一度、XIMIXまでご相談ください。
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パスキーは、数十年にわたりインターネット社会を支えてきたパスワードの脆弱性を克服する、重要な技術的ブレイクスルーです。
企業にとってパスキーの導入は、巧妙化するサイバー攻撃から自社の機密情報を守る強固な盾となるだけでなく、ヘルプデスク業務の削減と従業員の生産性向上という、明確なビジネス価値(ROI)をもたらします。
自社のセキュリティ戦略を一段上のステージへ引き上げ、ビジネスの競争力を高めるために、今こそパスワードレス化への第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。