コラム

「SaaSで十分」は本当か?競争優位性を生むスクラッチ開発の価値をGoogle Cloudで再定義する

作成者: XIMIX Google Cloud チーム|2025,09,29

はじめに

多くの企業でデジタルトランスフォーメーション(DX)が進む中、「まずはSaaS(Software as a Service)を導入しよう」という動きは、もはや定石と言えるでしょう。確かに、SaaSは迅速な導入とコスト抑制に優れ、多くの業務課題を解決します。しかし、その手軽さゆえに、「SaaS導入がDXのゴール」となってしまい、企業の成長をかえって阻害してしまうケースも少なくありません。

「自社の競争力の源泉となる業務プロセスまで、汎用的なSaaSに合わせてしまって良いのだろうか?」 「蓄積される重要なデータを、外部のプラットフォームに預けきりで本当に安全か?」 「市場の変化に迅速に対応したいが、SaaSの機能制約が足かせになっている…」

もし、このような課題意識をお持ちであれば、今こそ「スクラッチ開発」の戦略的価値を再評価すべきタイミングです。本記事では、多くの中堅・大企業のDX推進を支援してきた専門家の視点から、SaaSとスクラッチ開発を単に比較するのではなく、いかにしてGoogle Cloudのような最新技術を活用し、スクラッチ開発の投資対効果(ROI)を最大化させ、持続的な競争優位性を築くか、その具体的な道筋を解説します。

なぜ、改めて「スクラッチ開発」が重要になるのか?

SaaS全盛の時代に、あえて時間とコストがかかるイメージの強いスクラッチ開発を検討するのは、なぜでしょうか。それは、ビジネス環境の複雑化と、SaaSが持つ本質的な限界が明らかになってきたからです。

SaaS導入の普及とその「限界」

SaaSはベストプラクティスを手軽に導入できる反面、本質的に「汎用的な最大公約数の業務フロー」に合わせて作られています。そのため、以下のような限界に直面することが少なくありません。

  • カスタマイズの壁: 自社独自の強みである業務プロセスをシステムに反映させようとしても、SaaSの仕様上、根本的な変更は不可能です。結果として、システムに業務を合わせる「守りのDX」に留まってしまいます。

  • データ活用の制約: SaaS内に蓄積されたデータは、企業の最も重要な資産です。しかし、そのデータを自由に抽出し、他のシステムと連携させて高度な分析を行おうとすると、APIの制約や追加コストといった壁に突き当たります。これでは、データドリブンな経営の実現は困難です。

  • ベンダーロックインのリスク: 特定のSaaSに業務が深く依存してしまうと、将来的な料金体系の変更やサービス方針の転換があった際に、容易に乗り換えられなくなります。経営の柔軟性が損なわれるリスクと言えるでしょう。

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予測不能な時代に求められる「ビジネスの俊敏性」

現代は、市場のニーズや競合の状況が目まぐるしく変化する、予測不能な時代です。このような環境で勝ち抜くためには、ビジネスの変化に迅速かつ柔軟に対応できる「ビジネスの俊敏性(アジリティ)」が不可欠です。

例えば、新たな顧客ニーズに応えるサービスを素早く市場に投入したり、サプライチェーンの混乱に対応して即座に業務プロセスを変更したりする場面を想像してください。汎用的なSaaSの機能アップデートを待っていては、ビジネスチャンスを逃してしまいます。自社の戦略に合わせて、システムを自由自在に進化させられる能力こそが、競争優位性の源泉となるのです。

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スクラッチ開発 vs SaaS:意思決定を誤らないための比較フレームワーク

では、どのような基準でスクラッチ開発とSaaSを比較検討すればよいのでしょうか。多くのプロジェクトで陥りがちなのは、初期コストや開発期間といった目先の指標だけで判断してしまうことです。決裁者として本当に重視すべきは、長期的な視点に立ったビジネス価値です。

比較軸1:カスタマイズ性と業務適合性

自社のビジネスプロセスの中でも、競合との差別化に直結する「コア業務」については、スクラッチ開発の優位性が際立ちます。独自のノウハウや企業文化を反映したシステムは、業務効率を最大化し、従業員のエンゲージメントを高めます。

比較軸2:データ主権と戦略的活用

スクラッチ開発では、データの所有権(データ主権)は完全に自社にあります。収集したデータを制約なく活用し、AIによる需要予測や、顧客一人ひとりに最適化されたサービス開発など、データから新たな価値を創造する取り組みを無限に広げることが可能です。

比較軸3:長期的なROIとTCO(総所有コスト)

初期投資(イニシャルコスト)はスクラッチ開発の方が高額になる傾向があります。しかし、長期的な視点で見ると、SaaSのライセンス費用は継続的に発生します。また、SaaSでは対応できない要望を外部ツール連携や手作業で補うコスト(隠れたコスト)も無視できません。

スクラッチ開発は、自社の成長に合わせてシステムを拡張・改修できるため、TCO(Total Cost of Ownership:総所有コスト)を最適化しやすいという側面があります。重要なのは、「短期的なコスト削減」ではなく「長期的な利益創出」というROIの視点で評価することです。

【表で解説】SaaSとスクラッチ開発の戦略的比較

比較軸 SaaS スクラッチ開発
(特にGoogle Cloud活用)
ビジネスへの適合性 △:システムに業務を合わせる ◎:独自の強みをシステム化し、競争優位を築く
カスタマイズ性 △:基本的に提供された機能の範囲内 ◎:制約なく、自社の戦略に合わせて自由に構築・改修可能
データ主権・活用 △:ベンダーの規約やAPIに依存 ◎:完全に自社でコントロール。高度なデータ活用やAI連携も自由自在
ビジネスの俊敏性 ×:ベンダーのロードマップに依存 ◎:市場の変化や新たなニーズに対し、迅速なシステム改修で対応可能
初期コスト ◎:低い △:比較的高額
TCO / 長期的ROI △:ライセンス費用が永続。
隠れコストも
○:最適化すればTCOは抑制可能。ビジネス創出によるROIが期待できる
 

Google Cloudが変えるスクラッチ開発の常識

「スクラッチ開発の戦略的価値は理解できたが、やはり開発期間の長さとコスト、そして運用の負担が懸念だ」という声は少なくありません。しかし、その懸念は、Google Cloudのような最新のクラウドプラットフォームを活用することで、大きく払拭されつつあります。

①「高コスト・長時間」は過去の話へ:PaaS/サーバーレスの活用

従来、スクラッチ開発のコストを押し上げていた大きな要因は、サーバーの構築やOSの管理といったインフラ運用にかかる手間と人件費でした。

しかし、Google Cloudが提供するCloud RunApp EngineといったPaaS(Platform as a Service)やサーバーレス環境を活用すれば、アプリケーションの実行環境が自動で管理されるため、開発者は本来注力すべきビジネスロジックの実装に集中できます。これにより、開発スピードは飛躍的に向上し、インフラ管理コストも大幅に削減。もはや「スクラッチ開発=高コスト・長時間」という常識は過去のものとなりつつあります。

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②競争優位性の源泉:Vertex AIによる自社データ×生成AIの活用

ビジネスにおけるAI活用は、企業の競争力を左右する重要な要素です。特に生成AIのインパクトは計り知れません。

Google Cloudの統合AIプラットフォームであるVertex AIを活用すれば、自社が保有する顧客データや販売データ、技術文書などを基に、独自の生成AIアプリケーションを開発できます。例えば、以下のような、汎用SaaSでは決して実現できない価値創出が可能です。

  • 超パーソナライズされた顧客対応: 過去の購買履歴や問い合わせ内容から、顧客一人ひとりの状況に合わせた最適な提案を自動生成するAIチャットボット。

  • 熟練者のノウハウ継承: 社内に蓄積された膨大な技術文書や過去のトラブル事例を学習し、若手技術者からの専門的な質問に回答する社内向けAIアシスタント。

このようなAI活用は、まさにスクラッチ開発だからこそ実現できる、模倣困難な競争優位性の源泉となります。

③既存システムとの連携と段階的なモダナイゼーション

「長年使ってきた基幹システムをすぐに全て刷新するのは現実的ではない」というのも、大企業に共通する悩みです。Google CloudのApigeeのようなAPI管理プラットフォームを活用すれば、既存システムと新しく開発するシステムを安全かつ効率的に連携させることが可能です。

全てを一度に作り変えるのではなく、まずは競争力に直結する領域から新しいアプリケーションを開発し、APIを通じて既存システムと連携させる。このような段階的なシステム刷新(モダナイゼーション)は、ビジネスへの影響を最小限に抑えつつ、着実にDXを推進する現実的なアプローチです。

【ユースケース別】スクラッチ開発が戦略的優位性を生む領域

では、具体的にどのような領域でスクラッチ開発は真価を発揮するのでしょうか。ここでは代表的な3つのユースケースをご紹介します。

ケース1:基幹システムの刷新と業務プロセスの最適化

長年の改修を重ねて複雑化した「技術的負債」を抱える基幹システムは、DXの大きな足かせです。これをGoogle Cloud上で再構築することで、システムの維持コストを削減するだけでなく、データ連携を容易にし、経営状況のリアルタイムな可視化や、AIによる需要予測の精度向上といった、攻めのDXを実現します。

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ケース2:顧客データを活用した新たなサービス開発

自社に蓄積された顧客データを核として、新たなデジタルサービスを開発するケースです。例えば、製造業が機器の稼働データから故障予知サービスを提供したり、小売業が顧客の購買動向から新たな商品レコメンドサービスを開発したりといった事例が挙げられます。これは、SaaSでは実現不可能な、新たな収益源の創出に直結します。

ケース3:サプライチェーン全体のデータ可視化・最適化基盤

複数のSaaSや社内システムに散在する販売、在庫、生産、物流のデータを統合し、サプライチェーン全体を可視化・最適化するプラットフォームを構築します。これにより、急な需要変動や供給網の混乱にも迅速に対応できる、強靭なサプライチェーンを構築することが可能になります。

プロジェクトを成功に導く3つの要諦

Google Cloudを活用することで、スクラッチ開発のハードルは格段に下がりました。しかし、プロジェクトを成功させるためには、技術選定以上に重要なポイントがあります。

要諦1:ビジネス価値から逆算する要件定義

最も陥りやすい失敗は、技術的な実現可能性からシステム要件を考えてしまうことです。重要なのは、「このシステム投資によって、どのようなビジネス価値を生み出すのか」「ROIをどのように測定するのか」を最初に定義し、そこから逆算して必要な機能を考えることです。

要諦2:アジャイルな開発とスモールスタート

最初から完璧なシステムを目指すのではなく、まずは価値が最も高いコア機能に絞って開発し、早期に市場やユーザーからのフィードバックを得る「アジャイル開発」のアプローチが有効です。これにより、手戻りのリスクを減らし、投資対効果を最大化できます。

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要諦3:技術とビジネスを繋ぐパートナーの選定

スクラッチ開発の成功は、構想策定から設計、開発、運用に至るまで、一貫してビジネスと技術の両面を深く理解したパートナーと伴走できるかにかかっています。特に、Google Cloudのような進化の速いプラットフォームを最大限に活用するには、最新技術への知見と、それを企業の課題解決に結びつける豊富な経験が不可欠です。

XIMIXが提供する価値:開発、運用まで一気通貫で支援

ここまで述べてきたように、戦略的なスクラッチ開発は、もはや単なるシステム構築に留まりません。ビジネスモデルの変革そのものであり、成功には高度な専門性と経験が求められます。

私たち『XIMIX』は、長年にわたり中堅・大企業の基幹システム構築を支援してきたSIerとしての豊富な実績と、Google Cloudの専門知識を融合させた独自のサービスを提供しています。

  • Google Cloudの技術を最大限に活用した開発: Cloud RunやVertex AIといった最新技術を駆使し、俊敏性と拡張性に優れたアプリケーションを構築します。

  • 安定稼働を支える運用・保守: 構築して終わりではなく、システムの安定稼働と継続的な改善まで、責任を持ってサポートします。

「SaaSの限界を感じている」「自社のデータを活用して新たな価値を創造したい」「スクラッチ開発のROIについて、より具体的に相談したい」といった課題をお持ちでしたら、ぜひ一度XIMIXにご相談ください。貴社のDXを成功に導く、最適なパートナーとなることをお約束します。

XIMIXのGoogle Workspace 導入支援についてはこちらをご覧ください。
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まとめ

SaaSは多くの企業にとって有効なツールですが、すべての課題を解決する万能薬ではありません。企業の競争力の源泉となる領域においては、自社の戦略に合わせて自由にシステムを構築・進化させられるスクラッチ開発が、他社には真似できない決定的な優位性を生み出します。

そして、Google Cloudをはじめとするクラウド技術の進化は、スクラッチ開発をより低コスト、短期間、かつ高価値なものへと変貌させました。

重要なのは、SaaSかスクラッチかという二者択一で考えるのではなく、それぞれの特性を理解し、自社のビジネス戦略に応じて最適な手法を使い分けることです。本記事が、貴社のDXをもう一段階先へ進めるための、意思決定の一助となれば幸いです。