「ビジネスの成長を加速させるため、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進したいが、開発スピードが思うように上がらない」 「画期的な新サービスを迅速に市場投入したいが、サイバー攻撃のリスクを考えると慎重にならざるを得ない」
企業の意思決定を担う方々にとって、このような「スピード」と「安全性」のジレンマは、深刻な課題ではないでしょうか。この課題を解決するアプローチとして、今まさに注目を集めているのが「DevSecOps(デブセックオプス)」です。
しかし、言葉は聞いたことがあっても、「DevOpsと何が違うのか?」「具体的にどのようなメリットがあるのか?」を正確に理解されている方はまだ少ないかもしれません。
本記事では、DevSecOpsの本質とは何か、なぜ今ビジネスリーダーが知るべきなのかを、以下の観点から分かりやすく解説します。
DevSecOpsが求められる背景と、従来の開発体制の限界
DevOpsとの決定的な違いと、核となる「シフトレフト」の考え方
企業にもたらされる具体的なビジネスメリット(ROI)
Google Cloudを活用した実践的な導入モデル
導入を成功に導くための、組織面での重要なポイント
この記事を最後までお読みいただくことで、DevSecOpsが単なる技術トレンドではなく、企業の競争力を左右する重要な経営戦略であることをご理解いただけます。
DevSecOpsの重要性を理解するために、まず現代のビジネス環境が直面している3つの課題を整理します。
市場の変化はかつてなく速く、顧客のニーズも多様化しています。この環境で勝ち抜くためには、新しいサービスやアプリケーションを迅速に開発し、市場に投入し続ける「俊敏性(アジリティ)」が不可欠です。 しかし、開発スピードを優先するあまりセキュリティ対策が後手に回れば、重大なインシデントを引き起こしかねません。結果として、開発部門とセキュリティ部門が対立し、リリース遅延や手戻りが発生する、というジレンマに多くの企業が陥っています。
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DXの進展は、企業の攻撃対象領域(アタックサーフェス)を拡大させました。クラウドサービスの利用、API連携、サプライチェーンの複雑化など、あらゆるポイントがサイバー攻撃の標的となり得ます。 IPA(情報処理推進機構)が発行する「情報セキュリティ10大脅威」でも、サプライチェーンの弱点を悪用した攻撃やランサムウェアによる被害が毎年上位に挙げられており、セキュリティ対策はもはや情報システム部門だけの問題ではなく、事業継続を左右する経営リスクそのものとなっています。
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従来のウォーターフォール型の開発プロセスでは、開発の最終段階でセキュリティ部門がチェックを行うのが一般的でした。しかし、この「後付け」のセキュリティ対策では、現代の迅速な開発サイクルに対応できません。 開発の最終段階で脆弱性が発見されると、修正には膨大な手戻りコストと時間がかかります。これが開発のボトルネックとなり、ビジネスチャンスを逃す原因にもなっているのです。
これらの課題を乗り越えるために生まれたのがDevSecOpsです。その本質を、すでにご存知の方も多い「DevOps」との比較から紐解いていきましょう。
DevOpsは、開発(Development)チームと運用(Operations)チームが密に連携し、ツールの活用によって開発・リリースのプロセスを自動化・高速化する考え方です。これにより、アプリケーションの迅速な市場投入を目指します。
DevSecOpsは、このDevOpsの考え方に、セキュリティ(Security)を統合したものです。しかし、単にチームにセキュリティ担当者を加えるだけではありません。「開発の初期段階から、開発者、運用者、セキュリティ担当者など、関わる全員がセキュリティに責任を持つ」という文化(カルチャー)そのものを指します。
観点 |
DevOps |
DevSecOps |
目的 |
開発・リリースの高速化 |
安全性を確保した上での開発・リリースの高速化 |
セキュリティ |
主に開発の最終工程で実施(後付け) |
開発ライフサイクル全体に組み込む |
責任の所在 |
セキュリティは専門チームが担当 |
関係者全員がセキュリティを自分ごととして捉える |
考え方 |
スピードと効率性 |
スピード、効率性、そしてセキュリティの鼎立 |
DevSecOpsを理解する上で最も重要な概念が「シフトレフト(Shift Left)」です。 これは、開発プロセス(左から右へ進む工程図をイメージしてください)において、従来は右側(最終工程)で行われていたセキュリティ対策を、できるだけ左側(初期工程)に移行させるという考え方です。
例えば、プログラマーがコードを書いている段階で脆弱性診断ツールを自動実行したり、設計段階でセキュリティ要件を組み込んだりします。これにより、問題が小さいうちに発見・修正できるため、後工程での手戻りを劇的に削減し、開発全体のスピードと質を向上させることができるのです。
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では、DevSecOpsを導入することで、企業は具体的にどのようなビジネスメリットを享受できるのでしょうか。決裁者として注目すべき3つの価値を解説します。
セキュリティチェックが開発プロセスに統合・自動化されることで、従来のような「セキュリティ部門の承認待ち」といったボトルネックが解消されます。手戻りが減ることで開発はスムーズに進み、結果として新しいサービスや機能をより早く顧客に届けることが可能になります。これは、競合他社に対する大きな優位性となります。
開発の初期段階から継続的にセキュリティを確保することで、脆弱性のあるソフトウェアがリリースされるリスクを大幅に低減できます。これにより、情報漏えいやサービス停止といった重大なセキュリティインシデントから企業を守ります。顧客や取引先からの信頼性が向上し、企業ブランドの価値向上にも繋がります。
「シフトレフト」の最大のメリットは、コスト効率の改善です。一般的に、開発の後工程で脆弱性を修正するコストは、初期工程で修正する場合の数十倍にもなると言われています。DevSecOpsは、この無駄なコストを削減し、開発リソースをより価値のある機能開発に集中させることを可能にします。これは、投資対効果(ROI)の観点から非常に大きなメリットです。
DevSecOpsは文化的な側面が強い一方で、その実現にはテクノロジーの活用が欠かせません。ここでは、Google Cloud が提供するサービス群を活用して、セキュアなソフトウェアサプライチェーンを構築する実践モデルをご紹介します。
Google Cloudは、コード作成からデプロイ、運用に至るまでの開発ライフサイクル全体をカバーする、強力なセキュリティサービスを提供しています。これらを組み合わせることで、DevSecOpsの理念を具現化できます。
開発者がコードを書き、ソースコード管理リポジトリに保存すると、CI/CDパイプラインが自動的に作動します。
Cloud Build: コードのビルド、テスト、コンテナイメージの作成を自動化します。
Artifact Registry: ビルドされたコンテナイメージを安全に保管し、自動的に脆弱性スキャンを実行。既知の脆弱性が含まれていないかチェックします。
脆弱性スキャンをクリアした、信頼できるコンテナイメージのみが本番環境へデプロイされるように制御します。
Binary Authorization: 信頼できる認証局によって署名されたイメージのみデプロイを許可するポリシーを強制します。これにより、承認されていないコードや改ざんされたコードが本番環境で実行されるのを防ぎます。
本番環境で稼働するアプリケーションやインフラのセキュリティ状態を、一元的に可視化し、脅威を継続的に監視します。
Security Command Center: Google Cloud環境全体のセキュリティリスク(脆弱性、設定ミス、脅威など)を単一のダッシュボードで可視化し、管理します。
最新のトレンドとして、生成AIの活用も進んでいます。
Gemini for Google Cloud: セキュリティイベントの分析、脅威インテリジェンスの要約、インシデント対応手順の自動生成などを支援します。これにより、セキュリティ担当者の負荷を軽減し、より迅速で高度な対応が可能になります。
DevSecOpsは非常に強力なアプローチですが、その導入は平坦な道のりではありません。多くの企業が直面する「陥りがちな罠」と、それを乗り越えるための成功の鍵を、私たちの支援経験から解説します。
前述のGoogle Cloudのような強力なツールを導入すれば、すぐにDevSecOpsが実現するわけではありません。ツールはあくまで手段です。それを使いこなし、開発プロセスに定着させる「文化」がなければ、宝の持ち腐れとなってしまいます。
長年の慣習から、開発部門は「スピード」、セキュリティ部門は「安全性」をそれぞれ優先し、対立構造が生まれているケースは少なくありません。「セキュリティは開発のブレーキ」という意識が根強いままでは、協力体制は築けません。
例えば、開発者の評価が「機能の開発量」のみに偏っていると、セキュリティ品質の向上に対するインセンティブが働きません。DevSecOpsを推進するには、個人の評価だけでなく、チームとして「安全で高品質なソフトウェアを迅速に提供できたか」を評価する仕組みへの変革も必要です。
これらの壁を乗り越える鍵は、「スモールスタート」と「継続的な文化醸成」です。 最初から全社一斉に導入しようとせず、まずは意欲の高い特定のチームやプロジェクトで小さく始め、成功体験を積み重ねていくことが重要です。その成功事例を社内に共有し、DevSecOpsの価値を徐々に浸透させていくことで、文化としての定着を図ります。
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ここまでお読みいただき、DevSecOpsの導入が単なるツール導入に留まらない、組織文化の変革を伴う複雑なプロジェクトであることをご理解いただけたかと思います。
技術的な知見はもちろん、上記のような組織間の壁を乗り越え、文化を醸成していくプロセスには、高度なノウハウと客観的な視点が不可欠です。 特に、中堅・大企業特有の複雑な組織構造や、既存システムとの連携といった課題を乗り越えるには、同様の課題を多数解決してきた経験豊富な外部パートナーの活用が、成功への最短距離となります。
私たちXIMIXは、Google Cloudのプレミアパートナーとして、数多くの中堅・大企業のDX推進を支援してまいりました。 その豊富な経験に基づき、お客様の現状の課題や組織文化を深く理解した上で、最適なDevSecOpsの導入ロードマップを策定します。Google Cloudのテクノロジーを最大限に活用した技術支援はもちろんのこと、組織の壁を乗り越え、新しい文化を醸成するための伴走支援まで、一気通貫でご提供できるのが私たちの強みです。
XIMIXのGoogle Workspace 導入支援についてはこちらをご覧ください。
XIMIXのGoogle Cloud 導入支援についてはこちらをご覧ください。
本記事では、現代のビジネス環境における必須戦略ともいえる「DevSecOps」について、その本質からビジネスメリット、成功のポイントまでを解説しました。
DevSecOpsは、ビジネスの「スピード」と「安全性」を両立させるためのアプローチである。
核となるのは「シフトレフト」思想と、「全員がセキュリティに責任を持つ」という文化の醸成。
市場投入までの時間短縮、リスク低減、コスト最適化など、経営に直結するメリットをもたらす。
成功には、ツールの導入だけでなく、組織的な壁を乗り越えるための戦略的な取り組みが不可欠。
DevSecOpsは、もはや一部の先進企業だけのものではありません。企業の持続的な成長を実現するために、すべてのビジネスリーダーが理解すべき重要な経営戦略です。 自社の開発プロセスやセキュリティ体制に課題を感じていらっしゃる場合は、第一歩として、専門家の視点を取り入れてみてはいかがでしょうか。