「マーケティング部門が獲得するリード(見込み客)の数は増えたが、なかなか成約に結びつかない」
「営業部門からは『質の低いリードばかりだ』と不満の声が上がり、部門間の連携がうまくいっていない」
こうした課題は、特に組織が細分化されがちな中堅・大企業において、DX推進の大きな障壁となりがちです。不特定多数に向けた従来のマーケティング活動が限界を迎える中、解決策として今あらためて注目されているのがABM(アカウントベースドマーケティング)です。
ABMは、単なるマーケティング手法の一つではなく、自社にとって最も価値のある「企業(アカウント)」にターゲットを絞り、営業とマーケティングが一体となって組織的にアプローチする経営戦略です。
本記事では、ABMの導入を検討されている中堅・大企業の経営層や各部門の決裁者の皆様に向けて、以下の点をら分かりやすく解説します。
ABMとは何か? なぜ今、重要なのか?
ABMを成功させるための具体的な「始め方」のステップ
導入プロジェクトで陥りがちな失敗と、決裁者が押さえるべき「成功のポイント」
ABMの効果を最大化する「Google Cloud活用術」
この記事を通じて、ABMの本質的な価値と、貴社で実践するための明確なロードマップをご理解いただければ幸いです。
まず、ABMの基本的な概念と、従来の手法との違いを明確にします。
ABM(Account-Based Marketing:アカウントベースドマーケティング)とは、不特定多数の「個人」を対象とする従来のマーケティングとは異なり、自社にとって最も価値の高い特定の「企業(アカウント)」をターゲットとして定義し、その企業に最適化されたアプローチを集中的に行うマーケティング戦略です。
例えるなら、従来のマーケティングが「広い海に網を投げる」漁だとすれば、ABMは「最も価値のある特定の魚群(企業)」を見つけ出し、「一本釣り(最適なアプローチ)」を行う、あるいは「その魚群専用の養殖場(長期的な関係構築)」を作るようなものです。
ABMとしばしば比較されるのが、MA(マーケティングオートメーション)です。MAは、獲得した多くのリード(個人)をスコアリングし、有望なリードを営業に引き渡す「リード(個人)ベース」の手法です。これは効率化に大きく貢献しますが、一方で「個人のスコアは高いが、その人が所属する企業全体の導入意欲は低い」といったミスマッチも起こりがちです。
ABMは、この視点を逆転させます。
| 比較軸 | 従来のMA(リードベース) | ABM(アカウントベース) |
| ターゲット | 個人(リード) | 企業(アカウント) |
| プロセス | 多くのリードを獲得し、絞り込む(漏斗型) | 特定の企業を選定し、関係を深める |
| 主なKPI | リード獲得数、コンバージョン率(CVR) | アカウント内での商談化率、契約単価、LTV |
| 部門連携 | マーケティング → 営業 への「引き渡し」 | マーケティングと営業の「一体運営」 |
中堅・大企業が相手にするBtoBの取引では、決裁プロセスが複雑で、複数の関係者(決裁者、情報システム部、利用部門など)が関与します。ABMは、この「企業」という単位で攻略対象を捉え、関係者全体(バイイングセンター)に網をかけるアプローチであり、高単価で長期的な取引を目指す企業にとって極めて合理的な戦略なのです。
ABMは新しい概念ではありませんが、近年のテクノロジーの進化、特にデータ活用の高度化により、その重要性が再認識されています。決裁者として押さえておくべき、ABM導入の戦略的意義は3つあります。
従来のマスマーケティングでは、予算の多くが、最終的に顧客にならない層にも投下されていました。ABMは、最初から「最も成約確度が高く、取引価値(LTV:顧客生涯価値)の大きい企業群」にリソースを集中させます。
営業部門も、確度の低いリードに振り回されることなく、有望なアカウントへの深耕活動に集中できるため、組織全体の生産性が劇的に向上します。
中堅・大企業では、「マーケティング部門はリード獲得数だけを追い、営業部門は『質の低いリードばかりだ』と不満を持つ」といった組織のサイロ化(縦割り)が、成長の大きな足かせとなります。
ABMは、「ターゲットアカウントをどう攻略するか」という共通の目標(KGI/KPI)を両部門に設定します。マーケティングはアカウントの関心度を高めるための情報を提供し、営業はその情報を基に最適なタイミングでアプローチする。この「One Team」としての連携こそが、ABMの成功に不可欠であり、導入プロセスそのものが組織変革のきっかけとなります。
ABMを実践するには、顧客データや行動データが不可欠です。「どの企業が有望か」「その企業の誰が、今何に関心を持っているか」を把握する必要があるからです。
これは、多くの企業が課題とする「データ活用の推進」と表裏一体です。ABMの導入は、社内に散在するSFA(営業支援システム)、CRM(顧客関係管理)、MA、基幹システムなどのデータを統合・分析する絶好の機会となります。ABMを起点にデータ基盤を整備することで、マーケティングのみならず、経営戦略や製品開発にもデータを活用する「データドリブン経営」への第一歩を踏み出せます。
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データドリブン経営とは? 意味から実践まで、経営を変えるGoogle Cloud活用法を解説
ABM導入は壮大なプロジェクトに見えがちですが、重要なのは「小さく始めて大きく育てる」視点です。決裁者として把握しておくべき、導入の主要ステップと判断ポイントを解説します。
ABMの成否は、最初の「どの企業を狙うか」でほぼ決まります。ここでは、マーケティング部門だけでなく、営業部門、さらには経営層の視点も不可欠です。
分析軸:
過去のデータ(Firmographics): 業種、企業規模、地域、既存の取引実績など。
将来の可能性(Potential): LTV(顧客生涯価値)の高さ、市場成長性、自社の戦略(例:特定の業界を攻略したい)との一致度。
ポイント:
SFAやCRMに蓄積された「過去に成約した優良顧客」の共通項を分析し、類似する企業をリストアップします。
営業部門が持つ「肌感覚としての有望企業リスト」とデータを突き合わせ、客観的な基準で絞り込みます。
決裁者の視点: ここで選定するアカウントリストは、全社のリソースを投下する対象となります。自社の経営戦略と合致しているか、明確な基準で選定されているかを厳しくチェックする必要があります。
ターゲット企業(アカウント)を選定したら、次にその企業内の「誰」にアプローチするかを特定します。BtoB取引では、複数の関係者が意思決定に関わります。
特定対象:
決裁者: 予算を承認する人。
実務担当者: 実際に製品・サービスを利用する人。
情報収集者: 導入にあたり情報を比較検討する人(例:情報システム部)。
インサイト収集:
彼らが今、どのような業務課題を抱えているのか。
Webサイトの閲覧履歴、ウェビナー参加履歴、営業の過去の接触履歴など、あらゆるデータを統合し、彼らの関心事(インサイト)を深く理解します。
ステップ2で得たインサイトに基づき、「その企業(アカウント)だけに響く」メッセージを開発します。
コンテンツ:
「A業界向けの導入事例」といった汎用的なものではなく、「(ターゲット企業名)様の現在お使いのシステムBとの連携事例」「(ターゲット企業名)様の競合C社が成功したDX戦略」といった、極めて個別化(パーソナライズ)されたコンテンツが理想です。
アプローチ:
Web広告、メール、ウェビナー、営業からの直接アプローチなど、複数のチャネルを組み合わせ、最適なタイミングで一斉にアプローチします。
ここがABMの実行フェーズであり、組織力が試される場面です。
役割分担:
マーケティング: パーソナライズドコンテンツを届け、アカウント全体の関心度(アカウントスコア)を高めます。
営業: マーケティングから共有されたアカウントスコアや個人の行動履歴を基に、「今が商談のチャンス」と判断したら、具体的な提案活動を開始します。
ポイント: 両部門が同じデータ(SFA/CRM上の情報)を見ながら、リアルタイムに連携することが不可欠です。
ABMは「やりっぱなし」では意味がありません。決裁者として最も重要なのが、この効果測定です。
測定すべきKPI:
従来の「リード獲得数」ではなく、「ターゲットアカウントからの商談化率」「アカウントあたりの契約単価」「成約までのリードタイム(期間)短縮率」などを計測します。
ROIの算出:
投下したコスト(人件費、ツール費用、広告費)に対し、ターゲットアカウントから得られた売上・利益がどれだけ増加したかを明確に追跡します。
決裁者の視点: このROI測定の結果に基づき、ターゲットアカウントの見直し、アプローチ手法の改善、追加投資の判断を行います。
ABM導入を成功に導くため、決裁者として特に注意すべき「罠」と「成功のポイント」を指摘します。
ABMの本質は「選択と集中」です。しかし、現場部門からの「あそこも重要、ここも捨てがたい」という声に押され、ターゲットアカウントのリストが肥大化してしまうケースが後を絶ちません。これではリソースが分散し、結局は従来の中途半端なマーケティングと変わりません。
成功のポイント: 経営層がコミットし、「戦略的優先度」に基づいて非情なまでの絞り込みを行うことです。まずは「売上の上位5%」や「戦略的に攻略したい特定業界の10社」など、ごく少数からスモールスタートし、成功モデルを確立することが賢明です。
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ABMは、マーケティング部門が主導することが多いですが、最終的に顧客と対峙するのは営業部門です。営業部門の理解や協力が得られなければ、どんなに精緻なデータ分析やコンテンツも「絵に描いた餅」で終わります。
成功のポイント: プロジェクトの初期段階から営業部門のキーパーソンを巻き込むことです。ABMの目標設定(KPI)を、マーケティング部門のKPI(リード数など)ではなく、営業部門のKPI(商談化率、契約額)と連動させることが極めて重要です。
「ABMを始めよう」という掛け声のもと、高機能なMAツールやABM専用ツールを導入したものの、使いこなせない、あるいはデータが整備されておらず機能しない、というケースも散見されます。
成功のポイント: ツールありきではなく、「自社のABM戦略において、どのデータをどう活用したいか」を先に定義することです。まずは既存のデータを統合・可視化する基盤を整えることが、高価なABMツールを導入するよりも優先順位が高い場合があります。
ABM導入は、全社的な変革プロジェクトです。一気にすべてを変えようとせず、まずは特定の事業部や製品、少数のターゲットアカウントに絞ってパイロット(試験的)導入を行うことを強く推奨します。
そこで小さな成功(例:特定の10社からの商談化率が2倍になった)を生み出し、ROIを早期に可視化すること。その実績こそが、懐疑的な他部門を動かし、全社展開への強力な推進力となります。
ABMを「属人的な努力」で実行しようとすると、すぐに限界が訪れます。特にステップ2(インサイト収集)やステップ5(効果測定)は、強力なデータ基盤なしには実現不可能です。
ここで、私たちXIMIXが専門とする Google Cloud が極めて重要な役割を果たします。
中堅・大企業では、SFA、MA、ERP(基幹システム)、Webログなど、顧客データが社内に点在し「サイロ化」しているケースが一般的です。
Google Cloud のデータウェアハウスである BigQuery は、これらの膨大かつ多様なデータを一箇所に集約し、超高速で分析する基盤となります。
実現できること:
SFAの商談データとWebサイトの閲覧ログを突合し、「過去に大型案件を受注した企業の担当者が、今、新サービスのページを見ている」といった重要な兆候を即座に検知できます。
これにより、ステップ1の「ターゲットアカウント選定」の精度が飛躍的に向上します。
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なぜデータ分析基盤としてGoogle CloudのBigQueryが選ばれるのか?を解説
集めたデータを分析するだけでなく、「予測」に活用することで、ABMはさらに進化します。
Google Cloud の AI プラットフォーム Vertex AI を活用すれば、過去の成約データをAIに学習させ、「次に成約する可能性が最も高い企業(アカウント)」をスコアリングする独自の予測モデルを構築できます。
実現できること:
営業担当者の勘や経験だけに頼らず、データに基づいた客観的なターゲティングが可能になります。
最新の生成AIモデルを活用し、ステップ3の「パーソナライズドコンテンツ(例:アカウント別のメール文面)」の作成を効率化することも可能です。
ABMの成功には、ツール導入だけでなく、営業とマーケティングの円滑なコミュニケーションが不可欠です。
Google Workspace (Gmail, Google Chat, Google ドキュメント, スプレッドシート) は、部門間のシームレスな連携を実現します。
実現できること:
例えば、BigQueryで分析した「注目すべきアカウントの動向」を、即座にGoogle Chatで関係者に共有し、Google ドキュメント上で共同でアプローチ戦略を練る、といったスピーディな連携が可能になります。
ABMはツール(MAやSFA)を導入すれば終わりではなく、その根底にある「データをいかに活用し、組織をいかに動かすか」が本質です。Google Cloud は、そのための強力なエンジンとなります。
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なぜGoogle Workspaceは「コラボレーションツール」と呼ばれるのか?専門家が解き明かす本当の価値
ABMを成功に導くには、「戦略(どう攻めるか)」「組織(誰が実行するか)」「テクノロジー(どう支えるか)」の3つが不可欠です。
特に中堅・大企業においては、既存システムに散在するデータを統合・分析する「テクノロジー(データ基盤)」の整備と、部門間の壁を越える「組織」の変革が大きなハードルとなります。
私たち『XIMIX』は、Google Cloud および Google Workspace の導入・活用支援の専門家集団です。私たちは単なるツールベンダーではありません。お客様のDX推進パートナーとして、中堅・大企業特有の課題に寄り添い、ABM実践を強力にバックアップします。
社内に散在するデータをBigQueryに統合し、ABM戦略の核となる「信頼できる唯一のデータ源(Single Source of Truth)」を構築します。さらにVertex AIを活用し、データに基づく高度なターゲティングの実現をご支援します。
(関連サービス:データ分析基盤ソリューション)
Google Workspace を活用した円滑なコミュニケーション基盤の整備はもちろん、ABM導入に伴う業務プロセスの見直しまで、組織変革の側面からもサポートします。
「ABMを始めたいが、どこから手をつければいいか分からない」「データが散在していて活用できていない」——。こうした課題をお持ちの決裁者様は、ぜひ一度XIMIXにご相談ください。
貴社のビジネス価値を最大化する、データドリブンなABM戦略の実現を伴走支援いたします。
XIMIXのGoogle Workspace 導入支援についてはこちらをご覧ください。
XIMIXのGoogle Cloud 導入支援についてはこちらをご覧ください。
本記事では、ABM(アカウントベースドマーケティング)とは何か、その始め方から成功のポイント、そしてGoogle Cloudの活用術までを入門編として解説しました。
ABMは「個社」を狙う戦略であり、従来の「個人」ベースのMAとは根本的に異なるアプローチです。
中堅・大企業にとってABMは、ROIの最大化、組織のサイロ化の打破、データドリブン経営の実現に不可欠な戦略です。
導入のステップは「①アカウント選定」「②キーパーソン特定」「③コンテンツ策定」「④施策実行」「⑤効果測定」です。
成功には、Google Cloud (BigQuery, Vertex AI) のような強力なデータ基盤と、Google Workspace による部門間連携が鍵を握ります。
「スモールスタート」と「ROIの早期可視化」が、全社展開を成功させる秘訣です。
ABMは、単なるマーケティングの流行語ではなく、営業とマーケティングが一体となり、限りあるリソースを最も価値ある顧客に集中投下するための、現代のBtoB企業における必須戦略です。
この記事が、貴社の次なる一手としてのABM導入を検討するきっかけとなれば幸いです。