コラム

マルチクラウドとシングルクラウド、それぞれのメリット・デメリットと選定のポイントを解説

作成者: XIMIX Google Cloud チーム|2025,05,11

はじめに:そのクラウド戦略、自社の成長に本当に貢献していますか?

デジタルトランスフォーメーション(DX)が企業存続の必須要件となった今、その心臓部ともいえるクラウドサービスの戦略的選択は、経営の最重要課題の一つです。しかし、中堅〜大企業のDX推進を担当される決裁者層の方々から、次のような切実な声をお聞きします。

  • 「話題のマルチクラウドと、堅実なシングルクラウド、結局どちらが自社に最適なのか判断できない」

  • 「各事業部門で異なるクラウドを使い始め、ガバナンスが効かずコストも不透明になっている(シャドーIT化)」

  • 「一度選んだクラウドに縛られ、新しい技術や他社の優れたサービスを柔軟に採り入れられないのでは、と不安を感じる(ベンダーロックイン)」

特に、事業規模が大きく、多様な既存システムを抱える中堅〜大企業にとって、クラウド戦略の策定は極めて複雑です。

本記事では、このような課題意識を持つ決裁者・担当者の皆様に向けて、クラウド戦略の核心を徹底的に解説します。シングルクラウドとマルチクラウドの根本的な違いから、近年注目されるハイブリッドクラウドとの関係、そして自社に最適な戦略を導き出すための実践的な選定フローまで網羅的にご紹介します。

この記事を読み終える頃には、貴社のビジネス目標達成に貢献する、確かなクラウド戦略を描くための羅針盤を手にしているはずです。

シングルクラウド vs マルチクラウド:基本定義と全体比較

まず、基本となる2つの戦略アプローチ「シングルクラウド」と「マルチクラウド」の定義と、それぞれの特徴を明確に理解しましょう。

シングルクラウド戦略とは?

特定の単一クラウドプロバイダー(例: Google Cloud, AWS, Microsoft Azureなど)のサービスで、自社のITシステム基盤の大部分を構築・運用するアプローチです。

マルチクラウド戦略とは?

複数の異なるクラウドプロバイダーのサービスを、目的や用途に応じて適材適所で組み合わせて利用するアプローチです。例えば、基幹システムはA社のIaaS、AI開発基盤はB社のPaaS、データ分析はGoogle CloudのBigQueryといった使い分けがこれに該当します。

一目でわかる比較表

どちらの戦略が優れているかではなく、特性が異なります。

比較観点 シングルクラウド戦略 マルチクラウド戦略
全体像 1社のベンダーに集約 複数社のベンダーを併用
運用管理 容易。 ツールやUIが統一され、学習コストが低い。 複雑。 スキルセットが分散し、管理が煩雑化しがち。
コスト管理 容易。 請求が一元化され、ボリュームディスカウントも期待できる。 困難。 請求が分散。環境間のデータ転送料など予期せぬコストも。
セキュリティ 比較的容易。 統一ポリシーを適用しやすい。 高度な知見が必要。 環境ごとに個別の対策と一元監視が求められる。
リスク 集中。 ベンダーロックインのリスク。障害時の影響範囲が広い。 分散。 ベンダーロックインを回避。障害影響を局所化できる。
機能 ベンダーの提供範囲に依存。 最適化(ベストオブブリード)。 ワークロード毎に最適な機能を選択可能。
適した企業 クラウド導入初期、運用内製化を目指す企業。特定ベンダーと強固な関係を築きたい企業。 DXが高度に進み、多様なニーズを持つ企業。規制対応やBCPを最重要視する企業。

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クラウドの「ベンダーロックイン」とは?回避戦略とDX推進における基礎知識

シングルクラウド戦略の深掘り:メリットとデメリット

メリット:シンプルさと専門性の深化

  • 運用管理のシンプルさ: 管理ツールやインターフェースが統一されており、運用チームの学習コストを抑制できます。クラウド運用を内製化したい初期フェーズの企業様には、このシンプルさが高く評価されています。

  • 専門性の深化: 特定のプラットフォームに特化することで、その機能を最大限に引き出す最適化ノウハウが蓄積しやすくなります。

  • コスト管理の容易さ: 請求が一元化され、ボリュームディスカウント等の恩恵を受けやすいため、コスト予測が立てやすい点が魅力です。

  • 強力なパートナーシップ: プロバイダーとの関係が深まることで、手厚い技術サポートや最新情報を優先的に得られる可能性があります。

デメリット:依存とリスクの集中

  • ベンダーロックインのリスク: 特定ベンダーへの依存度が高まり、料金改定やサービス終了の影響を直接的に受けます。将来的なシステム移行の自由度も著しく低下する可能性があります。

  • 障害時の広範囲な影響: プロバイダー側で大規模障害が発生した場合、自社のシステム全体が停止するリスクを抱えます。事業継続性の観点からは、大きな懸念点です。

  • 機能の制約: 単一ベンダーのサービスだけでは、全ての業務要件に対して最適な機能(ベストオブブリード)が見つからない場合があります。

マルチクラウド戦略の深掘り:メリットとデメリット

近年、多くの企業がマルチクラウド戦略を採用しています。信頼できる調査機関のレポート(2024年 Flexera調べなど)によれば、企業の8割以上が何らかの形でマルチクラウドを利用しているとされ、これは「適材適所」の考え方が主流になったことを示しています。

メリット:柔軟性とリスク分散

  • 最適な機能の選択(ベストオブブリード): 各社の強みを活かせます。例えば、データ分析ならGoogle CloudのBigQuery、エンタープライズ領域ではAzureといったように、ワークロードごとに最適なサービスを選択し、競争優位性を構築できます。

  • リスクの分散: 単一障害の影響を最小限に抑え、システムの可用性を高めます。これは、堅牢なBCP(事業継続計画)対策の根幹となります。

  • ベンダーロックインの回避: 特定ベンダーへの依存を避け、健全な競争原理を働かせることで、価格交渉力や将来の選択肢を確保します。

  • コンプライアンス要件への対応: データの保管場所を国内に限定したい場合(データ主権)や、業界特有の規制に対応するため、特定の要件を満たすクラウドを柔軟に組み合わせられます。

関連記事:
【システム導入】ベストオブブリード vs スイート|自社に最適な環境の選び方
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デメリット:管理の複雑化という大きな壁

  • 運用管理の高度化: 複数の管理体系を扱うため、運用が複雑になり、各クラウドに精通した高度なスキルを持つ人材が不可欠です。多くの中堅〜大企業が、この「運用負荷」と「スキル不足」を最大の課題として挙げています。

  • セキュリティ管理の煩雑さ: 各環境で個別のセキュリティ対策が必要となり、一貫したポリシーの適用と維持が大きな挑戦となります。設定ミスによる情報漏洩リスクも高まります。

  • コスト管理の難易度向上: 請求体系が分散し、全体のコスト把握が困難になる場合があります。特に、異なるクラウド間の「データ転送費用」が想定外に膨らむケースは注意が必要です。

  • システム間連携の課題: 異なるクラウド間のデータ連携には、追加の開発や専用ソリューションが必要になるケースがあります。

【重要】マルチクラウドとハイブリッドクラウドの違い

ここで、多くの担当者様が混同しがちな「ハイブリッドクラウド」との違いを明確にしておきましょう。この2つは排他的な関係ではなく、両立する概念です。

  • マルチクラウド: 「誰が」提供するクラウドか、という視点。複数のベンダーパブリッククラウドを組み合わせて利用すること。

    • 例:AWSとGoogle Cloudを併用する。

  • ハイブリッドクラウド: 「どこに」インフラがあるか、という視点。パブリッククラウドと、自社で保有・管理するプライベートクラウドオンプレミス環境を連携させて利用すること。

    • 例:オンプレミスの基幹システムと、Google Cloud上のデータ分析基盤を連携させる。

つまり、「オンプレミス環境とAWS、Google Cloudを連携させている」システムは、ハイブリッドクラウドであり、かつマルチクラウドでもあると言えます。自社の現状を正しく把握するために、この違いを理解しておくことが重要です。

どちらを選ぶべきか?企業タイプ・目的別ユースケース

最適な戦略は、企業のフェーズや目的によって異なります。

シングルクラウドが適しているケース

  • クラウド導入初期の企業: まずは1つのプラットフォームでクラウドの知見を素早く蓄積し、運用を内製化したい場合に適しています。

  • 特定ベンダーと強固な関係を築きたい企業: 特定ベンダー(例: Google Cloud)の技術スタックに統一し、手厚いサポートや最新技術(特にAI関連など)をいち早く活用したい場合に有効です。

  • システムが比較的シンプルな企業: アプリケーション間の連携が少なく、管理をシンプルに保ちたい場合に適しています。

マルチクラウドが適しているケース

  • DXが高度に進んでいる大企業: 事業部ごとに異なるニーズ(例: AI開発、大規模EC、IoT基盤など)があり、それぞれに最適な機能を求める場合に必然的に選択されます。

  • 厳格なBCP・DR要件を持つ企業: 金融機関や社会インフラ系など、単一ベンダーの障害が事業停止に直結するリスクを絶対に避けたい場合に適しています。

  • M&A(合併・買収)が多い企業: 被買収企業のシステムが異なるクラウドを利用している場合、それらを無理に統合せず、マルチクラウドとして管理する方が現実的な場合があります。

  • グローバル展開・規制対応が必要な企業: 各国のデータ主権規制に対応するため、その国で強みを持つクラウドベンダーを使い分ける必要があります。

【実践】自社に最適なクラウド戦略を選ぶ5つのステップ

理論を理解した上で、いよいよ自社に最適な戦略を選ぶための実践的なステップに進みましょう。

ステップ1:ビジネス目標とIT戦略の明確化

最初に、「クラウドを使って何を成し遂げたいのか」を具体的に定義します。漠然とした「DX推進」ではなく、「新規顧客向けアプリの市場投入期間を半年から2ヶ月に短縮する」「AI需要予測で在庫ロスを30%削減する」といったレベルまで具体化しましょう。この目標が、全ての判断の揺るぎない基準となります。

ステップ2:既存システムの評価(アセスメント)

次に、現状のIT資産を客観的に評価します。各アプリケーションについて、以下の点を棚卸し、クラウド移行の適合性や要件を整理します。

  • ビジネス上の重要度: 会社の収益にどれだけ直結しているか?

  • 技術的な特性: 特定のOSやミドルウェアへの依存度、パフォーマンス要件は?

  • セキュリティ・コンプライアンス要件: 個人情報や機密データを扱っているか?

  • システム間の連携: 他のどのシステムと、どの程度の頻度でデータ連携しているか?

この評価を通じて、どのシステムからクラウド化すべきか、どのクラウド環境が最適かの仮説を立てます。

関連記事:
DX戦略策定前:IT資産と業務プロセスの棚卸・評価・分析【入門ガイド】

ステップ3:社内の技術スキルと運用体制の評価

理想の戦略を描いても、実行できる体制がなければ意味がありません。

  • 技術スキル: 社内に特定のクラウド(例: Google Cloud)の専門家はいますか?あるいは、複数のクラウドを横断的に監視・管理できるスキルセットを持つ人材(クラウドアーキテクト)はいますか?

  • 運用体制: 24時間365日の監視体制、インシデント対応プロセス、セキュリティガバナンスを維持できますか? マルチクラウドでは、これらの負荷が確実に増大します。

不足しているスキルやリソースを正直に評価し、内製化するのか、あるいはXIMIXのような外部パートナーの支援をどの範囲で活用するのかを検討します。

ステップ4:TCO(総所有コスト)とROI(投資対効果)の試算

目先の利用料金だけでなく、長期的な視点でコストを比較します。

  • TCOの試算: 初期移行費用、月額利用料、運用人件費、将来の拡張費用を総合的に試算します。特にマルチクラウドでは、環境間のデータ転送コストや、複数環境を管理するための追加ツール費用人材育成コストが見落とされがちなので注意が必要です。

  • ROIの分析: ステップ1で立てたビジネス目標に対し、各戦略がどれだけ貢献できるか(売上向上、コスト削減効果など)を分析し、投資対効果を評価します。

ステップ5:将来の拡張性と柔軟性の検討

ビジネスは常に変化します。3年後、5年後の事業展開を見据えた上で、戦略を評価します。

  • ビジネスの成長: 将来の海外展開やM&Aの可能性はありますか?マルチクラウドは、こうした変化に柔軟に対応しやすい利点があります。

  • 技術革新への追随: 今後登場するであろう革新的なAIサービスなどを、迅速に取り込める柔軟性を確保できていますか?特定のベンダーにロックインされると、この機動力が失われる可能性があります。

これらのステップを踏まえて総合的に判断することで、自社だけの最適解が見えてくるはずです。

マルチクラウドの複雑性を乗り越える鍵:Google Cloud Anthos

多くの企業がマルチクラウドのメリットに魅力を感じつつも、その「運用管理の複雑さ」に二の足を踏んでいます。特に中堅〜大企業では、ガバナンスの欠如が深刻なセキュリティリスクやコスト増大に直結します。

この大きな課題に対する一つの強力な答えが、Google Cloudが提供する「Anthos」です。

Anthosは単なるツールではなく、オンプレミス環境、Google Cloud、さらにはAWSやAzureといった他のパブリッククラウド上にあるアプリケーション基盤(Kubernetes)を、一貫したプラットフォームで統合的に管理・運用することを可能にする「戦略的プラットフォーム」です。

Anthosが実現するマルチクラウド管理の標準化

マルチクラウドで企業が直面する最大の壁は「環境ごとのサイロ化」です。Anthosはこれを解消します。

  • アプリケーション開発とデプロイの標準化: どこで動かすか(オンプレミス、AWS、Google Cloud)を問わず、同じ手法でアプリケーションを開発・デプロイできます。

  • 一元的なセキュリティポリシーの適用: 複数の環境にまたがるコンプライアンスとセキュリティポリシーを一元管理し、ガバナンスを強制できます。

  • 複数環境にまたがるサービス稼働状況の可視化: 環境全体を単一のダッシュボードで監視し、運用のサイロ化を防ぎます。

このように、Google Cloudは単体で高性能なシングルクラウド基盤として機能するだけでなく、Anthosを通じてマルチクラウド戦略のハブ(中心)としても機能し、企業のクラウド活用を次のステージへと引き上げる力を持っています。

ロードマップ策定から実行まで、XIMIXが伴走します

ここまで、クラウド戦略の考え方から具体的な選定ステップまで解説してきました。しかし、実際にこれらの分析や評価を自社だけで行うには、多大な工数と高度な専門知識が求められます。

「自社のビジネス目標に本当に最適なクラウド構成が知りたい」

「既存システムからの移行計画を、リスクを抑えて進めたい」

「マルチクラウドに挑戦したいが、ガバナンスと運用体制の構築に不安がある」

XIMIXは、Google Cloudのプレミアパートナーとして、長年にわたり中堅〜大企業様のDXをご支援してきた豊富な実績と知見があります。私たちは単なる技術の提供者ではありません。お客様のビジネスに深く寄り添い、戦略策定(PoC支援)から設計・構築、導入後の運用保守そしてクラウド活用の内製化支援まで、あらゆるフェーズで一貫して伴走するパートナーです。

クラウド戦略は、一度決めたら終わりではありません。ビジネスの成長に合わせて常に見直し、進化させていくものです。その長く重要な旅路において、お客様が安心して本業に集中できるよう、私たちが技術的な課題の解決を全面的にサポートします。

クラウド戦略に関するお悩みやご相談がございましたら、ぜひお気軽にXIMIXまでお問い合わせください。

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まとめ

本記事では、企業のDXを支えるクラウド戦略について、「シングルクラウド」と「マルチクラウド」を軸に、その違い、メリット・デメリット、そして自社に最適な戦略を選ぶための実践的な5ステップを解説しました。

  • シングルクラウドは、運用のシンプルさと専門深化に優れる一方、ベンダーロックインのリスクを抱えます。

  • マルチクラウドは、機能の最適化(ベストオブブリード)とリスク分散に強い反面、運用管理が複雑化します。

  • ハイブリッドクラウドは、オンプレミスとパブリッククラウドを連携させる形態であり、マルチクラウドと両立する概念です。

どちらか一方が絶対的に優れているわけではなく、自社のビジネス目標、IT資産、組織体制(スキル)、そして将来のビジョンに基づいて、最適なバランスを見出すことが何よりも重要です。

クラウド戦略の策定は、DX成功の第一歩であり、最も重要な意思決定の一つです。この記事が、皆様にとってその一歩を踏み出すための一助となれば幸いです。