「多額の費用をかけて新製品を開発したが、市場の反応が鈍い」「営業部門からは『顧客ニーズとズレている』と不満が上がり、開発部門は『仕様通りに作っている』と反発する」。こうした部門間のすれ違いは、多くの中堅・大企業が直面する深刻な課題です。
この問題の根底には、単なるコミュニケーション不足ではなく、より構造的な「データの分断」が存在します。
Sansan株式会社が2023年に実施した調査では、実に8割以上がマーケティング部門と営業部門の連携に課題を感じていると回答しています。また、ワンマーケティング株式会社の調査(2025年発表)でも、営業部門とマーケティング部門の連携課題として「システム連携不足」や「情報共有の不足」が共通して上位に挙げられています。
本記事は、自社の製品・サービスと市場ニーズのズレに悩む、中堅・大企業の決裁者層に向けて執筆しています。
この記事を最後までお読みいただくことで、部門間の壁を生む「データサイロ化」の正体を理解し、Google CloudとGoogle Workspaceを活用して「顧客インサイト」を「製品仕様」に直結させる、データドリブンな連携基盤を構築するための具体的な道筋を描けるようになります。
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製品開発部門と営業・マーケティング部門。両者は「顧客に価値を届け、ビジネスを成長させる」という共通のゴールを持っているはずです。しかし、現実には両者の間に深い溝が存在し、市場のニーズと乖離した製品・サービスが生まれ続けるケースが後を絶ちません。
この問題の最大の原因は、各部門がそれぞれのミッションに基づき、個別に最適化されている点にあります。
営業・マーケ部門: 彼らのミッションは「顧客ニーズの把握」と「販売」です。CRM(顧客関係管理)やSFA(営業支援システム)、MA(マーケティングオートメーション)ツールを駆使し、日々の営業日報や顧客アンケート、Webアクセスログといった定性的・定量的な顧客データを蓄積しています。彼らの関心は「顧客が何を求めているか」にあります。
製品開発部門: 彼らのミッションは「仕様通りの製品開発」と「品質担保」です。PLM(製品ライフサイクル管理)システムやプロジェクト管理ツールを用い、製品仕様書、部品構成表、開発進捗といった技術データを管理しています。彼らの関心は「いかに効率よく、高品質なモノを作るか」にあります。
この結果、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が「DX白書」で指摘するように、部署ごとに個別でDXに取り組んでおり「データサイロ化」が組織全体で発生します。
「うちはツールを導入して連携している」と考える企業でも、実態は「連携しているつもり」に過ぎないケースが散見されます。
最も多い失敗パターンは、「営業のSFA」と「開発のプロジェクト管理ツール」をAPIで形式的に連携させただけのケースです。
一見、データは繋がっているように見えます。しかし、営業が入力する「顧客の声(定性データ)」と、開発が管理する「仕様(構造化データなど)」では、データの定義も粒度も異なります。結果として、「データはあるが、開発部門は解釈できず活用できない」「営業部門は自分たちの声がどう反映されたか追跡できない」という、データが流通するだけの「死んだ連携」に陥ってしまうのです。
市場とのズレを生む根本原因は、コミュニケーションの量ではなく、「顧客インサイトを導き出すためのデータが統合・分析されていない」という点にあります。
営業部門が掴んだ「もっとシンプルなデザインが良い」という顧客の定性的なフィードバックは、そのままでは開発部門の「仕様書」には落とし込めません。
開発部門が必要としているのは、「どの顧客セグメントが、どの機能の、どの部分を、なぜシンプルにしたいのか」という分析・翻訳されたインサイトです。この「翻訳」プロセスが分断されているため、営業は「声を上げても反映されない」と感じ、開発は「具体性のない要求ばかりだ」と感じるのです。
データが分断されたままでは、市場の変化を察知できません。競合が顧客ニーズを的確に捉えた製品をリリースする傍ら、自社は的外れな機能開発にリソースを投下し続けることになります。これは明白な「機会損失」です。
さらに深刻なのは、リリース後に市場とのズレが発覚し、大規模な「開発手戻り」が発生する事態です。これは開発コストの増大だけでなく、市場投入の遅れという致命的なビジネスインパクトをもたらします。決裁者層にとって、このROI(投資対効果)の著しい悪化は、 看過できない問題のはずです。
この根深い「データサイロ化」を解消し、顧客ニーズと製品開発を直結させる鍵となるのが、Google Cloudの柔軟なデータ基盤です。目指すのは、単なるツールの連携ではなく、「全社共通の顧客インサイト基盤」の構築です。
最初のステップは、サイロ化したデータを一箇所に集約することです。ここで中核となるのが、スケーラブルなデータウェアハウスである BigQuery です。
営業・マーケ部門のCRM/SFAデータ
サポート窓口の問い合わせ履歴(テキストデータ)
開発部門のPLMデータ、品質管理データ
Webサイトのアクセスログ
これらの構造化データ(仕様など)と非構造化データ(顧客の声など)を、BigQueryに一元的に集約します。これにより、初めて全社横断的なデータ分析の土台が整います。
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データが集まったら、次に「翻訳」プロセス、すなわちインサイトの抽出を行います。ここで威力を発揮するのが、Google CloudのAIプラットフォーム Vertex AI です。
特に、生成AI(大規模言語モデル)の活用は目覚ましい進展を見せています。例えば、Vertex AIを活用することで、以下のような高度な分析が可能になります。
定性データの構造化: 営業日報やサポート窓口に寄せられる大量の「顧客の生の声(テキスト)」をAIが分析。
インサイトの自動抽出: 「どの製品機能に対する不満が多いか」「次に求められている新機能のトレンドは何か」といったインサイトを自動で要約・分類します。
開発部門への「翻訳」: 抽出したインサイトを、「製品AのUI改善要求(優先度:高)」「新機能Bの仕様案(顧客セグメントX向け)」といった、開発部門が理解・実行可能な形式に変換します。
これにより、これまで属人的な経験や勘に頼りがちだった「顧客ニーズの解釈」を、データに基づき客観的かつ高速に行えるようになります。
インサイトが得られても、それが日々の業務で活用されなければ意味がありません。データ基盤(Google Cloud)と、日常のコラボレーションツール(Google Workspace)のシームレスな連携こそが、Googleソリューションの最大の強みです。
多くの企業が既に導入している Google スプレッドシート は、コネクテッドシート機能により、BigQueryに保存された数十億行もの膨大なデータに、使い慣れたUIから直接アクセス・分析できます。
【具体的な活用シナリオ】
部門横断の定例会: 開発と営業の責任者が、BigQueryに接続された単一のGoogle スプレッドシート(ダッシュボード)をリアルタイムで参照。
データ起点の議論: 「Vertex AIが抽出した次期ニーズTop5」や「現行製品の機能別不満点(SFAデータと品質管理データを突合)」といった客観的データに基づき、次の開発優先順位をその場で議論・決定します。
アクションへの連携: 決定事項は即座に Google Chat の専用スペースに共有され、開発タスクとして関連部署に割り当てられます。
このように、データが「分析のためだけ」で終わらず、日々の「意思決定とアクション」に直結し、循環する仕組みが実現します。
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Google Cloudという強力な武器を手に入れても、それを使いこなせなければ意味がありません。多くの中堅・大企業のDX支援を行ってきた経験から、プロジェクトを成功に導くためには、技術(ツール)と同時に、組織とプロセス(人)の変革が不可欠であると断言できます。
部門横断のデータ基盤を構築する際、最大の障壁は「データの定義」です。営業部門の「顧客」と、経理部門の「顧客」の定義が異なる、といった事態は日常茶飯事です。
まずは、「重要顧客とは何を指すか」「製品カテゴリのマスターデータはどれか」といった全社共通の「言葉(データ定義)」を定めるデータガバナンスの確立が必須です。この地道な作業を怠ると、せっかく集めたデータが信頼性を失い、誰も使わない基盤になってしまいます。
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部門間連携がうまくいかない組織は、往々にして部門別の「個別KPI」に縛られています。営業は「売上高」、開発は「開発納期遵守率」だけを追っていては、利害が対立するのは当然です。
市場とのズレをなくすという共通目的のためには、「顧客満足度(NPSなど)」や「新製品の市場投入リードタイム」「開発手戻り工数の削減率」といった、両部門が共同で責任を負うKPIを設定することが極めて重要です。
完璧なデータ基盤を一気に構築しようとするのは賢明ではありません。市場ニーズは常に変化しています。
まずは「営業日報の分析」と「開発のバグ修正」の連携など、最も課題となっている領域から小さく始め(スモールスタート)、分析と活用のサイクルを短期間で回すアジャイルなアプローチが有効です。現場の成功体験を積み重ねながら、データ活用の範囲を徐々に拡大していくことが、組織に変革を根付かせる現実的な進め方です。
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ここまで、製品開発と営業・マーケの連携不足を解消するためのデータ基盤構築について解説してきました。しかし、中堅・大企業において、これら「データ基盤の構築」「組織間のプロセス調整」「共通KPIの設定」を自社リソースだけで完遂するのは容易ではありません。
多くの企業が、Google CloudやGoogle Workspaceのライセンスは導入したものの、部門間の調整やデータ活用のノウハウ不足により、その価値を最大限に引き出せていないのが実情です。
私たち『XIMIX』は、単なるツールの導入ベンダーではありません。Google CloudとGoogle Workspaceの両方に精通し、多くの中堅・大企業の課題解決を支援してきた経験豊富な専門家集団です。
私たちは、貴社のビジネス課題を深く理解した上で、以下のようなご支援を提供します。
現状アセスメントとロードマップ策定: 貴社のデータサイロ化の現状を可視化し、目指すべきデータドリブンな連携体制に向けた現実的なロードマップを策定します。
データ基盤構築(BigQuery/Vertex AI): 散在するデータをBigQueryへ統合し、Vertex AIを活用した「顧客インサイト分析基盤」を迅速に構築します。
業務プロセスへの組み込み(Workspace): 分析結果をGoogle スプレッドシートやGoogle Chatと連携させ、データが日々の意思決定に活かされる業務フローを設計・定着化させます。
組織変革・伴走支援: データガバナンスの確立や、部門横断のワークショップ開催など、ツール導入に留まらない組織変革そのものを伴走支援します。
「開発と営業の壁」という根深い組織課題を、技術と組織の両面から解決し、真に市場から求められる製品・サービスを生み出す体制づくりをご支援します。
部門間のデータ連携や、Google Cloudを活用したデータ基盤の構築にご関心をお持ちの企業様は、ぜひお気軽にお問い合わせください。貴社の課題に合わせた具体的な解決策をご提案します。
XIMIXのGoogle Workspace 導入支援についてはこちらをご覧ください。
XIMIXのGoogle Cloud 導入支援についてはこちらをご覧ください。
本記事では、中堅・大企業において「市場とズレた製品」が生まれ続ける根本原因が「データ分断(データサイロ化)」にあることを指摘しました。そして、その解決策として、Google Cloud (BigQuery, Vertex AI) と Google Workspace を活用し、「顧客インサイト」を「製品仕様」に直結させるデータドリブンな連携基盤の構築法を解説しました。
課題: 営業・マーケと開発の部門最適化が「データサイロ化」を生み、顧客ニーズが製品仕様に反映されない。
解決策:
BigQueryで全部門のデータを一元管理する。
Vertex AI(生成AI)で営業日報などの定性データを分析・翻訳し、開発向けインサイトを抽出する。
Google Workspace(コネクテッドシートなど)で、全社共通のデータを基にリアルタイムな意思決定を行う。
成功の鍵: ツール導入だけでなく、「データガバナンス」「共通KPI」「アジャイルなプロセス変革」が不可欠である。
顧客の声をデータとして捉え、迅速に製品開発へフィードバックする体制を構築することは、変化の激しい現代市場において必須の経営戦略です。この記事が、貴社の部門間の壁を乗り越え、市場競争力を強化するための一助となれば幸いです。