コラム

【入門編】事業部門がIT部門に相談する前に整理すべき5つのこと

作成者: XIMIX Google Cloud チーム|2025,08,12

はじめに

「全社的にDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進せよ」という号令のもと、新しいツールの導入や業務プロセスの改革を検討している事業部門の責任者や担当者の方は多いのではないでしょうか。しかし、いざIT部門に相談を持ちかけても、「具体的に何がしたいのか分からない」「費用対効果が見えない」といった反応が返ってきて、話が前に進まないというケースは少なくありません。

DXの成功は、技術的な側面だけでなく、事業部門とIT部門がいかに強固なパートナーシップを築けるかにかかっています。そして、その第一歩は、事業部門が「自分たちの課題と目的」を明確に言語化し、整理することから始まります。

本記事では、数多くの企業のDX支援を行ってきた専門家の視点から、事業部門がIT部門に相談する前に最低限整理しておくべき「5つの必須項目」を分かりやすく解説します。

この記事を最後まで読めば、IT部門との対話を円滑に進め、DXプロジェクトを成功に導くための具体的な準備方法が分かります。単なる根性論ではなく、明日から実践できる思考のフレームワークを手に入れてください。

なぜ事業部門による「事前整理」がDX成功の鍵なのか?

「専門家であるIT部門に任せた方が早いのでは?」と考える方もいるかもしれません。しかし、結論から言えば、事業部門による「事前整理」なくしてDXの成功はあり得ません。その理由は、大きく3つあります。

「IT部門に丸投げ」が失敗を招く理由

DXプロジェクトで最も陥りやすい失敗の一つが、事業部門がIT部門に「何か良い感じに効率化できるツールを入れてほしい」といった漠然とした依頼をしてしまう、いわゆる「丸投げ」です。

業務の現場を最も深く理解しているのは、事業部門の皆様自身です。現場のどのような点に非効率があり、どのような状態になれば生産性が上がるのかを解像度高く描けるのは、事業部門をおいて他にありません。この最も重要な部分をIT部門に丸投げしてしまうと、導入されたシステムが現場の実態にそぐわず、「使われないツール」として放置されてしまうリスクが非常に高くなります。

"共通言語"が部門間の壁を壊す

事業部門は「顧客満足度向上」「売上拡大」といったビジネス言語で語り、IT部門は「サーバー構成」「セキュリティ要件」といった技術言語で語ります。この言語の違いが、両者の間に見えない壁を生み出します。

事業部門がビジネス上の課題や目的を事前に整理し、明確な言葉で伝えることは、この壁を壊すための「共通言語」を作ることと同義です。目的が明確であれば、IT部門もその目的を達成するための最適な技術的選択肢を提案しやすくなり、建設的な対話が生まれます。

目的の明確化がROI(投資対効果)を高める

DXには当然ながら投資が伴います。特に中堅・大企業においては、その投資額も決して小さくありません。決裁者を納得させ、必要な予算を獲得するためには、その投資がどれだけの効果(ROI)を生むのかを論理的に説明する必要があります。

「業務が楽になる」といった定性的な効果だけでなく、「この改革によって、〇〇の作業時間が年間△△時間削減され、□□円分の人件費抑制につながる」「新しいシステムで顧客単価がX%向上し、年間Y円の増収が見込める」といった定量的な目標を立てることが不可欠です。そして、このROIの根拠となるのが、事業部門による課題と目的の事前整理なのです。

IT部門に相談する前に!事業部門が整理すべき5つの必須項目

では、具体的に何をどのように整理すれば良いのでしょうか。ここでは、IT部門との対話を実りあるものにするための「5つの必須項目」をご紹介します。これらを一枚のドキュメントにまとめるだけでも、議論の質は劇的に向上するでしょう。

項目1:【課題】現状の何に困っているのか?(What/Why)

まず、すべての出発点となる「課題」を明確にします。漠然とした不満ではなく、「誰が」「いつ」「どのような業務で」「何に困っているのか」を具体的に記述することが重要です。

  • 悪い例: 「営業日報の入力が面倒で、みんな不満を持っている」

  • 良い例: 「営業担当者が、外出先からスマートフォンで日報を入力できず、帰社後に平均30分かけてExcelに転記している。この作業が残業の原因となり、本来注力すべき顧客への提案準備の時間を圧迫している。」

このように具体化することで、解決すべき問題の輪郭がはっきりと見えてきます。

項目2:【理想】どうなれば理想的なのか?(To-Be)

次に、現状の課題が解決された「理想の状態(To-Be)」を描きます。ここでは、単なる願望ではなく、具体的な業務フローの変化として記述することがポイントです。

  • 悪い例: 「もっと楽に日報が入力できるようになってほしい」

  • 良い例: 「営業担当者が、訪問先からスマートフォンアプリを使って、音声入力や選択式で5分以内に日報を登録完了できる。登録されたデータは即座に上長や関連部署に共有され、タイムリーな営業戦略の立案に活用される。」

理想の状態を具体的に描くことで、システムが満たすべき要件が自ずと明確になります。

項目3:【効果】ビジネスにどう貢献するのか?(Impact/ROI)

整理した「課題」が解決され、「理想」が実現した結果、ビジネスにどのような良い影響があるのかを説明します。これがROIの根拠となり、プロジェクトの価値を定義する上で最も重要な項目です。

効果は、可能な限り定量的な指標で示すことを目指しましょう。

  • 定量的効果の例:

    • コスト削減: 営業担当者20名 × 1日あたり0.5時間の時間削減 × 年間稼働日数240日 = 年間2,400時間の工数削減

    • 売上向上: 迅速な情報共有により、提案の質が向上し、成約率が5%向上する見込み

    • コンプライアンス強化: 手作業による入力ミスがゼロになり、監査対応コストが削減される

すぐに数値化が難しい場合でも、「顧客満足度の向上」「従業員エンゲージメントの改善」といった定性的な効果を言語化しておくことが重要です。

項目4:【対象】誰が、いつ、どこで使うのか?(Who/When/Where)

新しいシステムやプロセスを実際に利用するのは誰で、どのような場面で使われるのかを明確にします。利用者のITリテラシーや働き方のスタイル(内勤中心か、外出が多いかなど)を考慮することで、より使いやすいシステムの要件定義につながります。

  • 例:

    • 利用者: 全国の営業担当者(約50名)。ITリテラシーは様々。

    • 利用シーン: 主に顧客訪問の合間や移動中に、個人のスマートフォンから利用する。オフライン環境でも一部機能が使えると望ましい。

    • 関連する部署: 営業企画部、マーケティング部が登録されたデータを分析・活用する。

項目5:【制約】譲れない条件と懸念点は何か?(Constraints)

最後に、プロジェクトを進める上での制約条件や、事前に分かっている懸念点を洗い出します。これらを正直に共有することで、後々の手戻りを防ぎ、IT部門も現実的な解決策を検討しやすくなります。

  • 制約条件の例:

    • 予算: 今回の取り組みにかけられる予算の上限は〇〇円。

    • スケジュール: 〇〇年〇月までには稼働を開始したい。

    • セキュリティ: 個人情報を扱うため、弊社のセキュリティポリシーに準拠する必要がある。

  • 懸念点の例:

    • ベテラン社員が新しいツールの利用に抵抗を示す可能性がある。

    • 既存の顧客管理システム(CRM)とのデータ連携は可能か。

"整理"を効率化する技

これらの5項目をゼロから考えるのは大変だと感じるかもしれません。ここでは、その思考プロセスを加速させるためのプロの技をご紹介します。

生成AIを「壁打ち相手」に活用する

現在、生成AIはアイデア出しの優れた「壁打ち相手」になります。例えば、Gemini for Google Workspace のようなツールを使えば、以下のような活用が可能です。

  • アイデアの拡張: 「営業部門の非効率な業務を10個挙げてください」と入力すれば、自分では気づかなかった課題のヒントが得られます。

  • 思考の整理: 箇条書きにした課題やアイデアをAIに与え、「これらの情報を、先ほどの5つの必須項目に沿って整理してください」と指示すれば、ドキュメントの骨子を自動で作成してくれます。

  • 多角的な視点の獲得: 「このDX企画について、IT部門の立場から考えられる懸念点を挙げてください」と質問すれば、自分たちだけでは見落としがちな視点に気づくことができます。

生成AIは万能ではありませんが、思考の初速を上げ、整理する時間を大幅に短縮する強力な武器となります。

関連記事:
Gemini for Google Workspace 実践活用ガイド:職種別ユースケースと効果を徹底解説

課題整理シートを作ってみよう(テンプレート例)

以下は、5つの必須項目をまとめるためのシンプルなテンプレートです。このフォーマットに沿って記述するだけで、IT部門との対話の質は格段に向上します。

項目 内容
プロジェクト名(仮) (例:スマートフォン日報システム導入による営業プロセス改革)
1. 課題 (What/Why) (例:営業担当者の帰社後における日報作成業務が、平均30分/日の負担となっている…)
2. 理想 (To-Be) (例:営業担当者が外出先から5分以内に日報登録を完了できる状態…)
3. 効果 (Impact/ROI)

【定量的効果】 年間2,400時間の工数削減、成約率5%向上
【定性的効果】 営業担当者のモチベーション向上、迅速な経営判断

4. 対象 (Who/When/Where) 【利用者】 全国の営業担当者50名
【利用シーン】 外出先、移動中にスマートフォンから
5. 制約 (Constraints) 【予算】 〇〇円
【スケジュール】 〇〇年〇月稼働開始
【連携】 既存CRMとの連携が必須
 

整理の次へ - IT部門との連携を成功させるポイント

5つの項目が整理できたら、いよいよIT部門との対話です。ここでも成功のための重要な心構えがあります。

完璧な資料より「叩き台」で相談する勇気

ここまで整理した資料は、あくまで「叩き台」です。100%完璧な提案書を作る必要はありません。むしろ、早い段階でIT部門に「私たちはビジネスの観点からこのように考えたのですが、技術的な観点からアドバイスをいただけませんか?」と相談を持ちかける姿勢が重要です。

この「叩き台」があることで、IT部門は課題解決に向けたパートナーとして議論に参加しやすくなります。

IT部門の視点も理解する(セキュリティ、運用、既存システム)

IT部門は、新しいシステムの導入において、事業部門とは異なる視点を持っています。全社的なセキュリティポリシーの遵守、導入後の安定的な運用体制の構築、そして既存の社内システムとの連携・整合性などです。

これらの視点を尊重し、「セキュリティ面で懸念はありますか?」「運用はどのような形が考えられますか?」といった質問を投げかけることで、IT部門は自分たちの専門性が尊重されていると感じ、より協力的な姿勢を示してくれるでしょう。

専門家の視点を取り入れ、DXを加速させる

事業部門が主体となって課題を整理することは極めて重要ですが、社内のリソースや知見だけでは限界がある場合も少なくありません。特に、最新技術の動向や他社の成功事例、そしてプロジェクト推進のノウハウといった点では、外部の専門家の力を借りることが有効な選択肢となります。

陥りがちな罠と成功への近道

多くの企業を支援してきた経験から、DXプロジェクトにはいくつかの「陥りがちな罠」が存在します。

  • ツール選定が目的化してしまう: 課題整理が不十分なまま、「どのツールが優れているか」という機能比較から始めてしまい、本質的な課題解決につながらない。

  • 効果測定の仕組みがない: プロジェクトが走り出したものの、その効果を測る指標(KPI)が設定されておらず、投資対効果を説明できない。

  • 部門間のサイロ化: 事業部門とIT部門の連携不足から、プロジェクトの途中で要件の齟齬が発覚し、大幅な手戻りが発生する。

独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が発行する「DX白書」においても、DXの成果が出ている企業では、事業部門とIT部門の連携が密であることがデータで示されています。しかし、この部門間連携自体が多くの企業にとっての課題であることも事実です。

XIMIXによるDX推進支援

私たち『XIMIX』は、単にGoogle Cloudの技術を提供するだけではありません。お客様のビジネスに深く寄り添い、事業部門とIT部門の「翻訳者」として、両者の橋渡し役を担うことを得意としています。

今回ご紹介した「5つの必須項目」の整理から、具体的な課題解決のためのGoogle CloudGoogle Workspaceを活用したソリューション提案、さらには生成AIの業務活用に関するワークショップやPoC(概念実証)の支援まで、お客様のDXジャーニーのあらゆる段階で伴走します。

もし、「課題整理の段階から専門家のアドバイスが欲しい」「IT部門との連携を円滑に進めたい」とお考えでしたら、ぜひ一度XIMIXにご相談ください。

XIMIXのGoogle Workspace 導入支援についてはこちらをご覧ください。
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まとめ

本記事では、事業部門がDXを成功させるために、IT部門に相談する前に整理しておくべき5つの必須項目について解説しました。

  • 【課題】現状の何に困っているのか?

  • 【理想】どうなれば理想的なのか?

  • 【効果】ビジネスにどう貢献するのか?

  • 【対象】誰が、いつ、どこで使うのか?

  • 【制約】譲れない条件と懸念点は何か?

これらの項目を整理し、「共通言語」となる叩き台を用意することで、IT部門との対話は飛躍的にスムーズになります。DXの主役は、あくまでビジネスを動かす事業部門の皆様です。IT部門を強力なパートナーとして巻き込み、ビジネス価値の最大化を実現するために、まずはこの「思考の整理」から始めてみてはいかがでしょうか。