従業員の心身の健康は、企業の持続的な成長を支える重要な経営資本です。多くの企業が「健康経営」への関心を高める一方で、「従業員のコンディションを把握したいが、日々のアンケート運用に手間がかかる」「集めたデータを有効活用できていない」といった課題に直面しているのではないでしょうか。
本記事では、多くの企業が既に導入している Google Workspace を活用し、追加コストを抑えながら「従業員の健康アンケート」を自動で実施・記録し、将来的にはデータを可視化・活用していくための仕組みを構築する方法を解説します。
単なるツールの使い方に留まらず、中堅・大企業が導入を成功させるための実践的なポイントまで、ステップバイステップでご紹介します。この記事を読めば、健康経営推進の第一歩を具体的に踏み出すことができるでしょう。
具体的な手法に入る前に、なぜ従業員の健康アンケートがビジネス価値に繋がるのか、その戦略的な重要性を確認しておきましょう。
従業員の健康状態は、業務パフォーマンスに直結します。経済産業省も「健康経営」を推進しており、従業員の健康維持・増進が、組織の活性化や生産性の向上をもたらすという認識は広く浸透しています。
日々の簡単な健康アンケートを通じて従業員のコンディションを把握することは、不調の早期発見や適切なケアに繋がります。これにより、プレゼンティーズム(出社しているが業務効率が低下している状態)やアブセンティーズム(欠勤)を防ぎ、組織全体の生産性を高いレベルで維持することに貢献します。
企業が従業員の健康に関心を持ち、具体的な取り組みを行うことは、従業員エンゲージメント(仕事への熱意や貢献意欲)の向上に繋がります。「会社が自分たちのことを大切にしてくれている」という意識は、組織への信頼感と帰属意識を高める重要な要素です。
定期的なコンディションチェックは、従業員が抱えるストレスや課題を可視化するきっかけにもなります。これらのデータに基づいた適切なフォローアップは、エンゲージメントの向上だけでなく、貴重な人材の離職を防ぐ上でも極めて有効です。
Google Workspace の各種ツールを連携させることで、健康アンケートの作成から通知、データ蓄積、可視化までの一連のフローを効率的に自動化できます。
特別なシステム開発は不要です。主に以下の4つのツールを組み合わせて仕組みを構築します。
ツール名 | 主な役割 |
Google フォーム | アンケートフォームの作成 |
Google スプレッドシート | 回答データの自動蓄積・管理 |
Google Apps Script (GAS) | アンケートの定時自動通知(メールやChat) |
Looker Studio (旧データポータル) | 蓄積したデータのダッシュボード化・可視化(応用) |
全体の流れは以下のようになります。
作成 (Forms): 「今日の体調は?」「気分は?」といった簡単なアンケートを作成します。
自動通知 (GAS): 毎日決まった時刻(例:始業前の午前8時半)に、GASが起動し、全従業員へGoogle ChatやGmailでアンケートURLを自動送信します。
回答・蓄積 (Forms → スプレッドシート): 従業員は受け取ったURLから数秒で回答。回答内容はリアルタイムで自動的にGoogle スプレッドシートに記録されます。
可視化・分析 (Looker Studio): 蓄積されたデータをLooker Studioに接続し、部署別や時系列でのコンディション変化をグラフなどで可視化します。(応用ステップ)
まずは、アンケートの器となるフォームを作成します。シンプルで回答しやすいことが継続の鍵です。
従業員の負担にならないよう、質問は3〜5問程度に絞り込みましょう。選択式を基本とすることで、数秒で回答が完了するように設計するのがポイントです。
質問項目例:
氏名: (自動収集または選択式)
今日の体調はいかがですか?
選択肢: とても良い / 良い / 普通 / 少し悪い / 悪い
現在の気分に近いものは?
選択肢: ポジティブ / 普通 / ネガティブ
何か気になることや伝えたいことはありますか?
記述式(任意)
フォームが完成したら、回答を記録するためのスプレッドシートを作成します。
Google フォームの編集画面で「回答」タブをクリックします。
緑色のスプレッドシートアイコン(「スプレッドシートにリンク」)をクリックします。
「新しいスプレッドシートを作成」を選択し、任意の名前(例: 従業員健康アンケート回答)を付けて「作成」をクリックします。
これで、フォームへの回答が自動的にこのスプレッドシートにタイムスタンプ付きで記録されるようになります。
次に、作成したアンケートを毎日決まった時間に自動で通知する仕組みを作ります。ここで活用するのが Google Apps Script (GAS) です。
Google Apps Script(GAS)は、Google Workspace の各サービスを連携・自動化できるプログラミング言語です。JavaScriptをベースにしており、Gmailの送信、カレンダーへの予定登録、スプレッドシートの操作などを自動化する際に強力なツールとなります。今回は、このGASを使って「毎日定時にアンケートURLを通知する」という処理を実装します。
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【基本編】Google Apps Script (GAS) とは?機能、業務効率化、メリットまで徹底解説
ここでは、先ほど作成したスプレッドシートからGASを起動する手順を紹介します。
アンケートの回答が記録されるスプレッドシートを開きます。
メニューから「拡張機能」>「Apps Script」を選択します。
エディタ画面が開くので、既存のコードを削除し、以下のような通知用のコードを記述します。(※これはGmailで通知する一例です)
function sendHealthCheckForm() {
var formUrl = "ここにGoogleフォームのURLを貼り付け";
var recipient = "通知先のメールアドレス or メーリングリスト";
var subject = "【定時連絡】本日の健康アンケートご回答のお願い";
var body = "おはようございます。\n\n本日も業務お疲れ様です。\n以下のURLから、今日の体調についてご回答をお願いいたします。\n\n" + formUrl;
MailApp.sendEmail(recipient, subject, body);
}
コードを保存した後、左側のメニューから「トリガー」(時計のアイコン)を選択します。
「トリガーを追加」ボタンをクリックし、以下のように設定します。
アンケートを実施するだけでは意味がありません。蓄積されたデータを適切に管理し、活用への道筋をつけることが重要です。
Googleスプレッドシートには、回答者、タイムスタンプ、各質問への回答が時系列で自動的に蓄積されていきます。関数や条件付き書式を使えば、「『悪い』という回答があった行をハイライトする」といった簡易的なアラート設定も可能です。まずはこのデータを定期的に確認し、従業員のコンディション変化に気を配ることから始めましょう。
データが蓄積されてきたら、次のステップとして Looker Studio を用いたデータの可視化をおすすめします。Looker Studioは、スプレッドシートやBigQueryなどのデータを、グラフや表を用いたインタラクティブなダッシュボードに変換できる無料のBIツールです。
可視化の例:
体調ステータスの割合を円グラフで表示
部署ごとのコンディション平均を棒グラフで比較
特定の従業員のコンディション変化を時系列の折れ線グラフで確認
これにより、個別の回答を追うだけでなく、組織全体の傾向や特定の部署での変化などを直感的に把握できるようになり、より戦略的な人事施策やマネジメントに繋げることができます。
ツールを導入するだけでは、プロジェクトは成功しません。特に組織が大きくなるほど、運用面での配慮が重要になります。ここでは、多くの企業を支援してきた経験から見えてきた3つの成功のポイントをご紹介します。
最も陥りやすい失敗は、「アンケートの実施」自体が目的化してしまうことです。導入前に「何のためにデータを集め、どう活用して、どのような状態を目指すのか」という目的を関係者間ですり合わせることが不可欠です。「生産性指標との相関を見る」「1on1ミーティングの補助情報として活用する」など、具体的な活用イメージを持つことが重要です。
また、最初から全社で大規模に始めるのではなく、特定の部署やチームで試験的に導入する「スモールスタート」を推奨します。運用上の課題や従業員からのフィードバックを反映させながら、自社に最適な形へと改善していくアプローチが、結果的に全社展開の成功確率を高めます。
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従業員の健康情報は、非常にデリケートな個人情報です。誰がそのデータにアクセスできるのか、データの管理責任者は誰か、といったルールを明確に定め、周知徹底する必要があります。
Google Workspace の管理者機能を使えば、回答が記録されるスプレッドシートへのアクセス権限を厳密に管理できます。人事担当者や特定のマネージャーのみが閲覧できるように設定するなど、企業のセキュリティポリシーに準拠した運用設計が必須です。このようなガバナンス設計は、従業員の安心感に繋がり、正直な回答を促す土台となります。
自動でアンケートが送られてきても、回答する従業員側が「この回答が何かに活かされている」と感じられなければ、回答率は下がり、形骸化してしまいます。
例えば、部署全体のコンディション傾向を匿名化した上で定例会議で共有したり、コンディションが低下している従業員に対して上長や人事から「最近どう?」と声をかけるきっかけにしたりと、データを具体的なアクションに繋げていることを示すことが重要です。データに基づいたコミュニケーションが、従業員のエンゲージメントをさらに高める好循環を生み出します。
ここまでご紹介した仕組みは、Google Workspace の標準機能で実現可能です。しかし、中堅・大企業での本格的な導入においては、
より高度な自動化(例:「体調が悪い」と回答した際に、上長に自動でアラート通知する等)
全社展開を見据えた厳密なセキュリティと権限設定
Looker Studioを用いた高度なデータ分析ダッシュボードの構築
既存の人事システムとのデータ連携
といった、より複雑な要件が求められるケースも少なくありません。
私たち『XIMIX』は、Google Cloud・Google Workspace の専門家集団として、数多くの中堅・大企業のDX推進を支援してまいりました。お客様のビジネス課題やセキュリティ要件を深く理解した上で、最適なツールの組み合わせやシステム設計、導入後の運用までをトータルでサポートします。
自社だけでの構築や運用に不安を感じる、あるいは収集したデータをさらに高度に活用していきたいとお考えの場合は、ぜひ一度私たちにご相談ください。
XIMIXのGoogle Workspace 導入支援についてはこちらをご覧ください。
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本記事では、Google Workspace を活用して、従業員の健康アンケートを自動化・効率化する具体的な方法と、その導入を成功させるための重要なポイントを解説しました。
Google Workspace(Forms, GASなど)を使えば、低コストで健康アンケートの仕組みを構築できる。
日々のコンディションを把握することは、健康経営の推進、生産性やエンゲージメントの向上に繋がる。
成功の鍵は、目的の明確化、セキュリティへの配慮、そして集めたデータを活用する姿勢にある。
従業員のウェルビーイングは、もはや福利厚生の一環ではなく、企業の競争力を左右する戦略的な投資です。まずは本記事を参考に、できる範囲でのスモールスタートから、健康経営への第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。